その3 誰も彼もが「人柱」
「ね、悠季。元気出して」
「……なぁ……葉子……
俺らの……てか、☆3キャラの価値って……」
「悠季。ほら、コーヒー淹れてきたよ。
術が駄目でも、今ある技を鍛えればいいじゃない」
温かいコーヒーの香りに。
すっかりぼさぼさになってしまった頭を、悠季はようやく上げる。
「技か……
流星撃は単発技で、真空薙ぎは縦範囲の攻撃技。
こいつを強化するってことか?」
「うん。
全体攻撃ほど強くはないかも知れないけど、それでも何もしないよりは全然いいから!
同じ方法でイーグルの奥義も強化出来るから、頑張ろう!」
「おう!
葉子にそう言われたら、ちょっと元気出てきたぜ……クソ、見てろ」
ぜーはーと、怒りと失望で激しい息をしながらも。
ほんの少しだけ悠季の目が、輝きを取り戻す。
「んで?
技を鍛えるには、どうすりゃいいんだ?」
「そうね。
まずはここの技道場に籠って……あっ」
「ん?
今度は何だ」
「あ、あの……悠季。
この技道場、一つの技の威力を1上げるのに、滅茶苦茶時間かかるんだった……
ごごごごごめんなさい」
「葉子、落ち着け。何を震えてるんだ。
俺なら大丈夫。もう何が来たって……」
「リアル時間で6時間かかるんだよ? たったの1上げるのに、6時間。
1日かけてやっと4しか上がらない」
「……」
「つまり、威力250のイーグルの流星撃をMAXの500まで上げるには、2カ月かかる。
真空薙ぎは威力低いしもうちょっと短いけど、やっぱり1カ月はかかるかな」
「なぁ。まさかその間、道場にぶちこまれてる俺は……」
「鍛えている間は当然、使えなくなるよ?」
「…………。
せめて、他に何かあるだろ?
少しでも効率良く、俺が強くなる方法」
確かに、もっと効率のいい方法はある。
でも、これだけは言いたくなかった。この方法だけは言いたくなかったが──
仕方がない。
「今、悠季の手持ちに、イーグルと同じ流星撃と真空薙ぎを持ってるキャラ、いる?」
「特に見当たらないなぁ」
「じゃあ……悠季。覚悟を決めて。
今、手元にイーグルは何人?」
「5人」
「そのうち二人を、技道場に入れて。
一人は流星撃、もう一人は真空薙ぎをひたすら強化するの。
他のイーグルはとにかく戦闘でステータスを上げて」
「よし、分かった。
……で? こいつらを強化したら、どうするんだ?」
「だいぶ先になるとは思うけど。
一番ステータスが良くなったイーグルを選んで、そのイーグルに技を継承させる」
「技を……継承?」
ぽかんと目を丸くして首を傾げる悠季。
……これを、本人に教えるのが、これほど辛いことだなんて。
「悠季。落ち着いて、よく聞いて。
このゲームには、技継承システムというのがあってね。
同じ技を持つキャラに、自分の技を渡すことが出来るの」
「ん?
同じ技渡してどうすんだ? 意味ないだろ?」
「継承システムを利用すれば、技道場で鍛えた技を、別のキャラに渡すことが出来るでしょう?
だから、一番強くなったイーグルに、道場で鍛えたイーグルの強い技を渡せるの」
「へー! すげぇな、それ!!
じゃあ、強い技を持った俺が二人出来るわけだ! 時間はかかるけど、結構強いパーティ組めるんじゃねぇか?」
うん。まぁ、普通はそう思うよね。
でも──悠季。本当にごめんなさい。
「あのね。
継承システムって、技を渡した方──つまり、道場に籠っていた方のイーグルは。
継承と同時に、消滅しちゃうんだ」
「……んん?」
状況を呑み込めないのか、大きく瞬きする悠季の眼。
「流星撃と真空薙ぎ、両方を継承すると、二人のイーグルが消えることになる。
かなり強いイーグルが一人出来上がるけどね」
「え……な……
何だぁ、そりゃあ?!」
ようやくこの恐怖の現実を理解したのか。悠季は真っ青になってスマホから一歩後ずさりしてしまう。
「5人のイーグルを全員大事にしておきたいなら……
他に誰か、流星撃と真空薙ぎを持ってるキャラを使ってもいいんだよ。
そのキャラを道場に閉じ込めて犠牲にすることになるけど」
「い、いや、いやいやいやいや! それは、それだけは駄目だ!!
他の奴をそんな目に遭わせるぐらいなら、俺自身が消えた方がまだマシだろ!
何だよ、真っ暗な道場にたった一人で何日も閉じ込めて、挙句の果てには消えるしかないって! ふざけるな!!」
激しく首を振りながら、悠季はこのゲームシステムに猛抗議する。
どんな時でも、どんなことであっても、仲間を大切に想うその気持ち──
私は本当に好きだよ、悠季。でもね。
「あと──ごめんなさい。また大事なこと、言い忘れてた」
「……もういい。もう何が来ても構わない、俺は大丈夫、大丈夫だから……」
「技継承って、そのままやろうとすると70%の確率で失敗するんだよね」
「……」
パキンと、悠季の心が折れる音が聞こえた気がしたのは気のせいだと思いたい。
「継承の成功確率を上げるには、継承するキャラとさせるキャラ以外に、サポートキャラが必要なの」
「おいまさか……
サポートって名の人柱じゃないだろうな?」
はい、大正解です。
「サポートは最大10人入れられるけど、それでも確率100%にはならなくて。
継承の大徽章っていう課金アイテム(1個100円)が3個必要になる。
膨大な時間と、自分自身2人+仲間10人の命と、300円。この尊い犠牲を元に──
このゲームのイーグルは初めて、少しだけ強くなれるってわけ」
感情を殺して、私がこの言葉を吐き切った瞬間。
悠季の瞳に僅かに残されていた光が、今度こそ完全に消滅した。
「葉子。
今すぐ会社辞めて、このゲームの運営に転職しねぇか?
二人で一緒に中から変えていこうぜ。このク×ゲー運営をよ」
「悠季、落ち着いて。
お願いだから落ち着いて。ね」
お酒を飲んだわけでもないのに、顔を赤くして膨れる悠季。その頭を撫でる私。
そんな風に二人でテーブルに額をくっつけながら、スマホを前にくどくどくどくど文句を言っていると。
「大の大人が二人揃って、何してんのよ。
大人なら課金すればいいじゃない」
いつの間に聞いていたのか。沙織さんが呆れたように腕組みしながら、背後に立っていた。
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