その2 俺とあいつで何が違う
「なぁ、葉子。
何で、俺が覚えられる技、流星撃と真空薙ぎの2つしかないんだ?」
「……このゲームの仕様だから」
「元の世界じゃ、俺、もっと色々技、覚えてたよな?」
「……だから、その……
うん、そうだよね」
ゲーム開始から約1時間。
早くも悠季の目の輝きは、半分以上消え失せていた。
「あとさ。
何で俺が持てる武器、短剣だけなんだ? 元の世界じゃ体術も剣も槍も弓も、時には重火器だって使ってたよな?
俺、葉子に鍛えられてからさ。両手大剣が一番馴染んでるんだが」
「……短剣構えてるイーグルも、私、好きだよ?」
これが今言える、私の精一杯の励ましの言葉。
「それからさ……俺の使える術なんだけど」
「分かってる。分かってるから、それ以上言わないで……」
「これだけは言わせてくれよ。
何で属性『土』なんだ? 風でも水でも闇でもなく?」
「私もそう思う」
「ていうか、元の世界じゃ術系統が相反しない限り、火でも水でも光でも闇でも自由自在に覚えられただろ。
何で俺の覚えられる術、土術だけなんだよ?」
「私もそう思う。
イメージ違いすぎて、運営に抗議しようか本気で考えたくらいだから」
「つーか、俺のタグに『術士』ってあるの、何?
俺、術士だったの? シーフじゃなく?」
「ほら、あの、元の世界でも、術士になって術無双することは出来たでしょ。
多分、その名残じゃないかなぁ……?」
「土術しか使えない術士……ねぇ……ハハ」
それ以上言っちゃダメ。
乾いた笑いと共に大きくため息をつきながら、丸テーブルにがっくりうつぶせてしまう悠季。心なしか、頭頂部のアホ毛までげんなりと垂れ下がったように見える。
あぁ……こうなると分かっていたから、教えたくなかったのに。
ソシャゲで酷い扱いをされているキャラをその本人に見せるのが、ここまで無惨なことだったなんて。
力を失った悠季の愚痴はまだ続く。
「しかも俺の支援スキルって、3ターン敵攻撃力20%ダウンなんだけどさ。
このゲームってHP最大999なのに、相性悪いと一撃2000以上食らうんだけど。そいつをたかだか2割減らしたところで……」
「せめて5割減か、そうでなくても重ねがけが出来れば良かったんだけどね」
「通常スキルじゃなくて支援スキルだから、5ターン経過しないと再使用出来ないしなぁ……
同じ支援スキルでも、味方攻撃力アップか敵防御力ダウンの方がよっぽどマシだったぜ」
「ボスのHPは平気で10万超えてるのに、1ターンで500削るのがやっとの猛毒付与スキル(しかも3ターン限定)よりは……まだマシじゃないかなぁ?」
テーブルに頭を乗せたまま、首を振り続ける悠季。
栗色の髪がモップみたいに、虚しくテーブルを拭き続けていた。
「しかもさぁ……
アガタの奴は何で、俺と違って☆5があれだけ何人も実装されてんだ?
水着だのメイドだのハロウィンだのバレンタインだの」
アガタというのは──
マイスの隣町、オルディンのシーフギルドに属する、シーフの女の子。
イーグル率いるマイスのシーフギルドとは一応協力関係を築いてはいるが、当人同士はライバルと思っている──というのが、元の世界の設定だった。
「おまけに、それを全部組み合わせて最強キャラ作れるシステムなんてもんまであるじゃねぇか。色んな世界の奴ら集めて軽く100人以上キャラがいるのに、それが出来るのはせいぜい10人ぐらい。そんな中になんであいつが……」
うん、そうだよね。私だって花魁イーグルとか滅茶苦茶見てみたいのに。
などとうっかり言いかけて、慌てて口を噤んだ。
「俺だってさぁ……俺だってなぁ……!
元は同じ性能のシーフじゃねぇか」
遂に酔っ払い親父の如く、くだを巻きだした悠季。
「げ……原作のイベントで登場する頻度は、アガタの方が多かったし……
それにこのソシャゲって、男性ファンの方が圧倒的に多いんだよ。
ガチャを回してもらう為に、女性キャラを優先して出すのは仕方がないんだと思う。そうでなきゃ、運営が続かなくなっちゃうし」
「てかあいつ、あんなに胸あったっけ。太ももとかも大分盛られてるよな」
「……気にするのソコ?」
テーブルの上で頭をゆっくり回しながら、悠季はじっと私を見つめた。
あまりに首を振りすぎたせいか、パーカーの右肩がまた少しはだけて鎖骨が覗いている。
「いや、そーゆーのはとりあえず……どうでもいいや。
一番ショックだったのは……」
ここまで弱気になる悠季は、見たくなかった。
よりにもよって、本人が出るソシャゲで、本人がこれほど落ち込むなんて。
「俺……仲間をあんなに冷たく見捨てたこと、あったかな。
仲間を平然と敵の手に晒してトンズラした挙句、自分はあっけなくやられるとかさぁ……」
そう。他にも不満点は無数にあれど、最大の不満は、悠季を──
イーグルをありえないほど酷薄で弱いキャラに書いた、シナリオ。
確かに元々、出番は少な目のキャラだったから仕方がない部分もある。だけど、王や神を前にしても決して諂うことのない豪胆さ、そして誰よりも仲間や弱者を想い、いざとなればその身を擲つ健気さ。それが、少ない出番の中でもはっきり描かれたイーグルの魅力だと思っていたから──
あの酷いストーリーは、出来れば二度と見たくはないレベルだった。勿論本人にも見せたくなかったのに。
「大丈夫、悠季。
私、イーグルをああいう人間だなんて、絶対思ってないから」
俯く悠季の頭に手を触れ、そっと撫ぜてみる。
癖っ毛なのに柔らかい、それでいてさらりとした感触の髪を。
「他にも結構酷い書かれ方してる奴、山ほどいたよな。
妙齢の魅惑の美女だった歌手が、若い娘に嫉妬して年齢馬鹿にされるババアキャラにされたりとか。敵同士でしかなかったはずの奴らが、実は悪友同士でしたとか。
どんな幻惑にも負けなかったはずの王がさ、仲間共々何べんも敵に誘惑された挙句に、敵に回って仲間を全員殺しちまうとか……マジ、わけが分かんねぇ」
「ストーリー担当が、業界でも有名な……コネがどうたらこうたらで色々アレな人なんだって。
だから、しょうがないんだよ。酷い目に遭ってるの、イーグルだけじゃないから」
気を取り直して、私はスマホ画面を見つめる。
「それに、悪いことばかりじゃない。
このゲームのイーグルが使える土術は、きちんと育てればいずれ、滅茶苦茶強い全体攻撃も生み出せるから。
レベルが低くても、ストーンアーマーとかは味方を守る術としても使えるし」
「ふーん……
やっぱ、さっすが葉子だ。どんな状況でも、絶対お前は諦めなかったしな!」
再び笑顔を取り戻した悠季。
意気揚々と、もう一度スマホを掴む。
「そんで?
術を育てるには、どうすりゃいいんだ?」
「そうね。まずはこの術研究所で、覚えられる術を開発する必要があって……
あっ」
「ん?」
不思議そうに私を見る悠季。
あぁ。この純なアメジストの瞳を、このク×ゲーはまたまた傷つけてしまうんだ──
「あ、あ、あの……
ごめんね、悠季。忘れてた」
「な、何だよ?」
「術の開発には、術研究所に……その……
人を、送り込む必要がある」
「人を? 何で?
ゲーム進めていくうちに術も自然に開発されるんじゃないのか」
「残念ながら違うの。
人を埋……いや、送らない限り、術研究は進まない」
「じゃあ、ガチャを出来るだけ引いて、☆3か☆4の弱めの奴を研究所に送ればいいってことか?」
「……うん」
「しょーがねぇなー。
でも、3人ぐらい送ればそれなりの術開発出来るだろ! 今の状態だと3人でも抜けられるとキツイけどさ、1日ぐらい待てばすぐ戻ってくるんだろ?」
駄目だ。やっぱり悠季は分かってない、このゲームの本当のヤバさを。
「いや……その……
戻ってこないよ?」
「へ?」
「術研究所に送ったキャラは、絶対、二度と戻ってこない」
「おい。
まさかそれ、つまり……人ばしr」
「でね。3人ぐらいじゃ、高位の術どころかレベル1から上がることすら無理。
レベル2に上がるには……多分、☆3キャラだと、100人ぐらい必要じゃないかなぁ」
「…………」
「全体攻撃術の開発には……
☆3キャラが1000人以上は……必要になると思う」
その瞬間、悠季の瞳から──
美しい紫の煌めきが、ほぼ消失した。
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