番外編 とっとと推しを「実装」しろ
その1 守りたかった、その笑顔
※この章は番外編、全編ギャグです。
その為キャラのイメージが一部ぶっ壊れている可能性があります。
ある平日の夕方。
いつも通り、私は定刻5時で帰路につき、電車に揺られていた。
勿論、悠季と一緒に。
何となくスマホを開いてみると、馴染みのソシャゲのゲーム画面が現れた。
大抵の場合、悠季は私がスマホを眺めていてもそのままそっとしておいてくれる。基本的にお喋りが不得手な私にとって、この悠季の対応はとてもありがたかったけど──
その日だけはちょっと、勝手が違った。
「なぁ、葉子。
最近葉子がやってるそのゲーム、何だ?」
ちょうど隣に座っていた悠季は、不意に頭を寄せて画面を覗き込んできた。
反射的に私は画面を隠してしまう。
駄目だ、悠季に──イーグルにこれを見せてはいけない。
そんな私の反応に案の定、悠季はちょっと頬を膨らませてしまった。
「なんだよー。ちょっとぐらい見せてくれたっていいだろ?」
唇を尖らせながら、母親に甘える子供みたいな上目づかいでこっちを見てくる悠季。
何だろう、会社ではあんなにカッコイイのに。こうして甘えられると、何だかすごく年下の男の子っぽい……いや実際年下なんだけど。
──その視線に負けて、私はつい、口を滑らせてしまった。
「あ、あのね。
これ……『エンパイア・ストーリーズ』のソシャゲなの」
「へー!
じゃ、俺も出てくるってことか!?」
一気に目を輝かせ、身を乗り出してくる悠季。
うわぁ。これだけ無邪気に見つめられると、本気で心が痛む……
「うん……ま、まぁ、一応、ね。
エンパイア・ストーリーズって凄い人気だったから、シリーズにもなってるのは知ってるよね。
そのせいでたくさんキャラが出てくるから……イーグルの出番って、ほんのちょっとだけなの。それでもいい?」
嘘は言ってない。言ってないからね。
そして、やっぱり、案の定。
「ぜーんぜん、大丈夫だって!
俺にも教えてくれよ、そのゲーム。俺たちの世界から派生した世界がどんな風だか、見てみたいし!!」
エンパイア・ストーリーズは、イーグルたちの登場する最初のシリーズの他にも2、3……と続編が出ていて、全く別の世界で物語が展開される。
このソシャゲは、それぞれの世界のキャラたちが総登場する──
いわゆるお祭りゲー、という位置づけになっていた。
しかしその実態は、ガチャで強いキャラを集め、月ごとのイベントをクリアしていくという
──まさに典型的な、『基本無料』のガチャゲーである。
悠季の無邪気な笑顔に負けた私は、帰宅してから、彼にゲームの手ほどきをすることになった。
インストールもチュートリアルも問題なく終わり、このゲームの……
というか、大方のソシャゲの最初の関門。レアガチャで可能な限り良いキャラを引き、納得いく結果が出るまでリセットを繰り返す、いわゆるリセマラが始まった。
ガチャを一気に10回引いて、最初の使用キャラを10人揃える作業。
多くのソシャゲは、この最初のガチャが失敗するたびにインストールし直しをすることになるが、幸いこのゲームは最初のガチャに限り、何度でも引き直しが出来るようになっていた。しかも最高レアの☆5キャラを、最低1人は必ず引ける。
そして、3回目ぐらいの引き直しで、悠季は。
「おっ!?
葉子、葉子ぉ! すげー、見てくれよコレ!!」
子供そのものにはしゃぐ悠季。思わず画面を覗いてみると。
「『俺』が5人も引けたぜー!!
なぁ、いいだろ? これで始めていいだろ? な、な?」
……うん、駄目だコレ。
ある程度このゲームを知ってるなら、全く迷わず0.1秒で引き直しをするレベル。
「あのね、悠季。
☆5のキャラが最低3~4人いないと、このゲーム結構キツイって言ったよね?」
「うん」
「悠季──イーグルって、☆いくつだっけ?」
「☆3!」
「だよね。で、☆5のキャラ、何人引けてる?」
「一人!!」
何故そこまで元気な笑顔で答えられるのか分からないが、私はとにかく説明を続けた。
「つまり、引けたのは5人のイーグル含めて☆3キャラが7人。
他は☆4が2人、☆5は1人。
これだと……ちょっと厳しいかなぁ……」
これでも大分優しめに言っているつもりだ。
最初からこの編成では、イベントどころかストーリーの第1章クリアすらおぼつかない。
イーグルがいきなり5人も出てきたのは、結構凄い確率だとは思うけど。
「えぇ!?
だって、葉子。☆3なら俺、結構強いキャラなんじゃねーの?
自分が☆2や☆1じゃなくて良かった!って、思ってたんだけど」
戸惑う悠季から、思わず視線を逸らしてしまう。
この純真な瞳を直視しながら、言えるわけがない。こんな、あまりにも哀しく、情け容赦ない現実を。
「あの……ごめんね、悠季。
このゲーム……☆2と☆1のキャラって、存在しないの」
「えっ」
「つまり、☆3キャラって、……その」
どうしてもこの先を言えず、私は口ごもってしまう。
それでも──悠季は、堂々と言ってくれた。
「葉子。気にすんな、大丈夫」
「え?」
「俺がどんなに弱くても、お前は俺を強くしてくれただろ。
だから、このゲームだって大丈夫だ。お前が一緒なら!」
「うん、ありがとう。
でもね、悠季。世の中って」
「お前がいれば、どこへ行ったって俺は強くなれる。そう信じてる。
だから俺は、この5人の俺と一緒に始めるぜ! このゲームを!!」
「あ、ちょ、待っ……!!」
私が止めるよりずっと早く。
悠季はゲーム開始ボタンを押し、リセマラを確定してしまっていた。
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