その6 推し二人が起こした「奇跡」


 沙織さんのケイオスビースト討伐、3周目。

 結果から言うと、マイスはやっぱりケイオスビーストに襲われ、破壊された。

 しかしこれまでと違うのは、襲われた後のマイスではなく、ケイオスビースト襲撃最中のマイスに到着出来たことだ。

 勿論、イーグルやハルマ君を外してはいない。

 陥没した街道の上、でんと居座る巨大な蛙にも似た怪物を前に──

 沙織さんはごくりと唾を呑み込む。


「や、やっぱりね……

 どうしても間に合わないクエストが2つあったし、もしやと思ったけど……

 出来れば元いた洞窟内で仕留めたかったけどねぇ」

「落ち込まないで下さい!

 ここで何とかやっつけられれば、これ以上の被害は阻止できます」


 沙織さんがケイオスビーストと対峙するのは、初めてだ。

 どこまでやれるのか──まずは戦ってもらってみたが。




「む……無理いぃいいぃい!!」

 5戦全戦惨敗したところで、沙織さんは諦めの絶叫を響かせた。


「時間停止術を使おうとしても、その前にイーグルがぶっ飛ばされて終わるし!

 というかビーストの素早さがとんでもなくて、誰も先手取れないし! 10秒足らずで何回攻撃してくるのよあのク〇ガエル!?

 ちまちま体力削ってってもカオスストリームなんて全体攻撃やられたら、確実に全員終わるんだけど?!」


 そんな彼女を、何故か悠季は楽しそうに眺めている。


「5戦程度で何音ぇ上げてんだよ。

 葉子なんて、俺とハルマの二人だけでケイオスビーストに挑戦したことだってあるんだぜ? その時は多分30戦以上はしてたよな?」

「そうだったね。ステータス吟味にそれ以上の時間かかったけどね。

 でも本当にあの時は、イーグルもハルマ君も頑張ってくれたよね!」


 一瞬、化け物を見る目つきで私と悠季を見る沙織さん。

 それでも彼女は、決してコントローラを手離そうとはしなかった。


「ハルマもイーグルも、自動蘇生術は覚えさせてる。

イーグルが先手取れれば、時間停止術と同時に全員に自動蘇生をかけられるんだけど……」


 自動蘇生術。つまり、体力が尽きて倒れても自動的に全回復して立ち上がれる術だ。


「イーグルにはあまりお勧めできない方法ですけどね。

 自動蘇生術は術者の生命力を大幅に削ります。時間停止術の後に仲間全員に術をかけたら、イーグルだと生命力がそれだけで半減しちゃうんです。

 他の仲間が生存しているのにイーグルの生命力が尽きて、実質ゲームオーバーになった戦闘もありましたよね?」

「そ、そうね……それに、葉子。

 自動蘇生が発動しないことも結構あったんだけど、あれ何?

 蘇生もだけど、炎の盾や霧隠れが発動しない時もあったよね?」

「多分、時間経過によるものです。

術発動から3分が経過すると、術力によって生み出された盾の効果は切れてしまう。

それは蘇生術でも、自動回復術でも同じです」

「え!? ちょ、それ初めて聞いたんだけど!?

てか、効果が切れたなら分かるように画面で警告してくれてもいいじゃない! 術がかかってるエフェクトも表示もなければ、術が切れるような予兆も何もなかったんだけど!?」


 半ば呆れるように怒鳴る沙織さん。

 気持ちは分かる。この仕様の理不尽さに、私も散々悩まされたから。


「このゲームの戦闘って、それが一番難しいと言っても過言じゃなくて。

 基本的に、炎や氷の盾を張っていても、自動蘇生術をかけていても、そのエフェクトは一切出ません。何故か毒などの状態異常は表示されるんですけどね。

 だから、今キャラクターにどんな術が……つまりバフがかかっているかは、自分で判断するしかないんです」

「……マジか」


 本気の舌打ちが沙織さんの唇から聞こえたが、私は話を進めた。


「今のパーティメンバーは5人。だから5人全員のバフ状況がどうなっているかは、逐一把握しておく必要があります。

 術発動からどの程度時間が経過したか、その都度メモってもいいと思います。私はエクセルで管理しましたから」

「マジで言ってる? ねぇ、マジで言ってるの?」

「大丈夫。戦闘中でもコマンド画面を開いている間は、時間の流れが止まりますから。

 何をするべきか、その時に熟慮して判断してください」


 呆れたように私を凝視していた沙織さんだが、やがてもう一度画面を睨みつけてゲームを再ロードした。


「ったく、どんなマルチタスクよ……

 でも、やってやろうじゃない。少なくとも、電話で業務中断される状況よりはまだマシだからね!」




 そして──

 沙織さんはまず、やり方を変えた。

 イーグルが全員に一度に蘇生術をかけるのではなく、蘇生術を持つ者がそれぞれ自分と、余裕があれば仲間に術をかける。そしてイーグルは時間停止術の後に一気にケイオスビーストに攻撃を叩き込む。

 さらに、ハルマ君には全力で仲間を守ることに専念させた。騎士としての防御があれば、3回ぐらいはビーストの攻撃を直接受けても耐えられることも利用し、彼にはイーグルに蘇生術も火力アップの術も惜しみなくかけまくってもらった。

 私の忠告どおりエクセルで(かなり雑ではあるが)表を作成した沙織さんは、パソコン画面とゲーム画面を見比べながら、何度やられても諦めようとはしなかった。

 そして、十何度目かの挑戦で──


「よ、葉子……

 ケイオスビーストって、HPいくらぐらいなのよ?

 あとどれくらいやれば、こいつ、倒れるの!?」


 画面上で生き残っているのはイーグルと、ハルマ君だけ。

 しかも、イーグルの残り生命力は1。一撃でもビーストの拳を食らえば、そのまま死亡してしまう。

 でも──

 沙織さんも確実に、ケイオスビーストを追い詰めているはずだ。


「周回した分、敵も強くなっているので……

 多分、現時点でのビーストのHPは6万ぐらいかと」

「ろ……くっ!!?

 こちとらだいぶ火力バフかけても、一撃1000ぐらいがせいぜいなのに!?」

「でも、恐らく5万以上はもう削れてます。だから、もう少しのはずです!」


 とはいえ、画面内のイーグルは両肩でぜいぜいと息をし、目の輝きを失っている。最早虫の息である証拠だ。

 そんな自分を悠季自身が冷静に見守っているのが、何だか不思議な状況ではあったが──


「ここまで来たら、どう動くのが最善かは正直、私にも判断出来ません……

 イーグルの攻撃力に賭けて、ハルマ君にバフってもらうか。

 それともハルマ君の防御力を信じて、小さくてもダメージを重ねていくか。

 いずれにせよ、イーグルが死亡する危険が大なのは間違いありませんが」

「…………」


 沙織さんは自作のエクセル表で現状を確認した。

「蘇生術は一応イーグルにかかってはいるけど、残り生命力が1じゃ意味がない。

 だったら二人とも、一旦炎の盾を自分に張って──

 それから、ハルマは技ゲージアップのアイテム持ってたわよね」

「あ。竜火酒ですか?

 確かにあれがあれば、ハルマ君も一気に技ゲージを上げられますが」


 画面上では沙織さんの目論見通り、二人の周囲に炎の壁が張り巡らされ──

 その直後に来襲したビーストの轟炎が、見事に防がれていた。

 すぐさまハルマ君は自分に竜火酒を使用し、さらにイーグルがエンカレッジ──攻撃力大幅アップ術をかけた。イーグル自身ではなく、ハルマ君に。

 つまり沙織さんは、イーグルではなくハルマ君に攻撃させるつもりだ。


「これで、ハルマの最大火力技・昇竜飛翔撃を叩き込む!

 うまく行けば、あと一撃で終わるはず!!」


 一心に画面を見据える沙織さんに、私は思わず警告していた。

「その技は確かにダメージも大きいですが、体術技だからハルマ君の防御が大幅に落ちますし、生命力も削ります。

 それでもやりますか?」

「やるわよ。

 多分これしか、イーグルの命をもたす方法はないっ!!」


 沙織さんがそう叫ぶと同時に、画面内でハルマ君が拳を構えて大きく飛びあがり、巨獣の脳天に一撃を食らわせた。

 そのダメージは、おおよそ2000近く行っていた。沙織さんのこれまでのプレイの中では、恐らく最高値に近い。

 だがそれでも、ケイオスビーストは倒れず──


「なっ……!?

 嘘でしょ、これでもまだ駄目なの!?」


 そんな沙織さんを嘲笑うように──

 ビーストはあろうことか、その拳をイーグルに叩きつけてきた。

 思わず私も叫んでしまう。「や、やめてぇえ!!」


 しかし、その瞬間。

 既に立っているだけで精一杯なイーグルの前に、敢然と立ちはだかった小さな影──ハルマ君。

 その剣が思いきり、ビーストの拳を弾き飛ばした。

 この光景に、沙織さんは叫ぶことすら忘れて息を飲んでしまう。


 そう。この現象があるから、ハルマ君を使うのはやめられないのだ。

 ハルマ君がこうして庇ってくれたことによって、体力のないイーグルが何度救われたことか。

 そんな彼の行動に怒り狂ったのか。巨獣の拳が、熱線が、呪いの目玉が、次々にハルマ君とイーグルに炸裂する。

 しかしそれでも、その苛烈な魔の手からイーグルをハルマ君は守り切り──

 彼自身のHPも一桁台まで削られたが、ハルマ君はまだちゃんと立っていた。


「す、す、凄い……凄いけど……

 ど、どうすりゃいいの、この状況……?」


 あまりのことに、すっかり動揺を隠せない沙織さん。

 イーグルどころか、ハルマ君まであと一撃食らったら倒れてしまうところまで追い詰められた。

 二人とも、HPも技ゲージもスッカラカン。

 さすがの私も、悠季自身でさえも、もう駄目かと互いに顔を見合わせた──

 その時だった。


「ええい、こうなりゃ一か八か!

 神城君! あんた、両手大剣持ってもらうわよ!!」

「へ?」


 これまで短剣ばかり使わせてきたイーグルに、突然両手大剣を持たせた沙織さん。悠季も目を点にしてしまった。

 確かに──たまたまイーグルに持たせていた両手大剣・クレイモアは、現時点で最高火力を誇る武器だ。ろくな技を撃てない今、これに賭けるしかないのは確かに理にかなってはいる。いるけど──


「慣れない武器を使うのは、ミス率も高いです!

 イーグルの器用さは優秀だけど、それでも……」

「分かってる!

 でも今の最善手は、これしかないでしょ!?」


 そう叫ぶが早いか、沙織さんは容赦なくコマンドを入力した。

 この戦闘が駄目だったら、もう一度この状況に追い込めるまでどれほどかかるのか。私は祈るように画面を凝視してしまった──その時。


 ぜいぜいと肩で息をしていたはずのイーグルの瞳が、不意に爛々と輝いた。

 ほぼ同時に、ハルマ君の糸目もカッと見開かれる。

 一旦二人は息を揃えたかのように、後方に飛びずさる──

 大剣を脇に構え静かに気合を入れるイーグルの周囲に、桜吹雪のように舞い踊る光。

 これ、まさか。



 イーグルの技で私が一番好きな、最大火力奥義──氷晶流星雨。明らかに、そのモーションだった。

 そしてほぼ同時に、拳を構えたハルマ君の周囲にも炎を纏った竜が現れる。それはハルマ君が編み出せる体術最大奥義・爆炎翔龍。

 イーグルとハルマ君の、魂を賭けた刃と拳がビーストの眼前で綺麗な十字を描き、氷と炎が混じり合って大爆発を起こした。


 それは、滅多に出るはずのない超火力連携奥義──

 爆炎流星撃・乱。


 技がここまでうまく連携するというのも珍しいが、二人が同時に奥義を編み出すというのも滅多にない。だが、仕様上決してありえないわけではない。

 滅多に起こらないからこそ、奇跡となりうる──

 命を振り絞った二人の一撃は閃光となって、ビーストの脳天を叩き割り。

 そして遂に、ケイオスビーストは最期の咆哮と共に、その身体を膨張させていく。

 風船の如く膨れ上がった直後、光の中で粉々に弾けていく、巨獣の身体。



 しばらくその光景が信じられなかったのか、沙織さんは呆然と汗だらけのコントローラを握りしめたままだった。


「や……やった、の?

 あたし……みなとと神城君、守れた……?」


 さすがに私も悠季も、奇跡以外の何物でもないこの現象に、一瞬言葉を失っていた。

 結構このゲームはやりこんでいるつもりだったけど──ここまでうまく技が噛み合うなんて、滅多にない。しかも、死線ギリギリまで追いつめられた状態で。


「す……すげぇ!

 沙織。あんた、ちゃんとやり遂げたんだぜ!!」


 ぽかんとしたまま振り向いた沙織さんに、自分も興奮を隠せないまま彼女を労う悠季。

 それとほぼ時を同じくして。


「沙織さ~ん。

 だいぶ部屋、片付いてきましたよぉ~」


 扉を開けて姿を現したのは、エプロン姿のみなと君だった。


「ついでに夕飯も作っときました♪ 今日は簡単ですが甘辛の鶏唐に……

 って、ぶぇっ!?」

「みなとぉぉおおぉ!!!」


 みなと君の姿を見た途端、沙織さんは絶叫しながら駆け出し──

 気が付いた時には、思いきり彼を強く抱きしめていた。


「さ、さささささ、さお、さお、沙織さんっ!!?

 あ、あの、な、何が……」

「みなと! 凄い、凄いよあんた!!

 あんたがこんなに凄いヤツだなんて、全然知らなかった!!」


 沙織さんに抱きつかれ、驚愕のあまり見開かれた糸目は完全に泳いでしまっていたが──

 やがて画面を確認したみなと君は、状況を察した。


「あ、あぁ……おめでとうございます、沙織さん! 

 やっとケイオスビースト、倒せたんスね!!」

「そーよ、あんた本人にも見せたかった!

 ホントにマジ凄かったんだから、あんた!」

「よ、良かったッス……今日はお祝いっスね。

 で、でもちょっとその前に、離して……ぐ、ぐるしい……」

「だーめ、今日は離さない!」


 真っ赤になるみなと君を、構わず強く抱きしめる沙織さん。

 その眦には、涙さえもうっすら浮かんでいた。

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