その5 マイナーキャラこそ使いこなせ


「もう一度確認しますね、沙織さん。

ケイオスビーストの手からイーグルとハルマ君を守る方法は二つです。

一つは、二人をずっと仲間から外さないこと。

もう一つは、ケイオスビーストがマイスに侵攻する前までに、奴を倒すことです」


私は自作のケイオスビースト討伐予定表を沙織さんに差し出した。攻略サイトを参考に、イーグル救出の為に作ったタイムテーブルだ。

それを見て案の定、沙織さんの目が点になる。


「あ、あんたコレ……何?

業務予定表よりよっぽどびっちり予定詰まってるじゃん」


そんなツッコミも無視して、私は説明を始めた。


「ケイオスビーストを倒すには、超初期段階からの準備が必要なんです。

まずは2日以内に、シャオ村の失踪事件を解決すること。それが必須です」

「2日以内!?」

「あ。勿論、ゲーム内での2日って意味ですよ」

「それは分かってるわよ。だけど2日って……

このゲーム、一度戦闘しただけで半日ぐらい余裕で過ぎちゃうんだけど!?」

「だからなるべく、戦闘は避けるようにして動くんです。出来るだけ敵が出現するフィールドでの無駄な動きは避けて、色々考える時は町にいてください。町の中なら時間経過はしませんから」

「じゃ……じゃあどうやって、キャラ鍛えたらいいのよ!?

シャオ村の失踪事件って、あそこのボスだって結構強かったじゃない!」

「2周目では、まだ難しいかも知れませんが……

1周目で仲間にしたキャラなら、少しずつ強くなっているはずです。勿論、イーグルやハルマ君も。

可能な限り戦闘は避けて、かつ、限られた戦闘回数でキャラを強くしていく。それが、ケイオスビースト討伐なんです」


そんな私と、スケジュール表を交互に眺めていたが──

沙織さんは再び画面に向き直る。


「分かった。

あんな風にみなとを落ち込ませるのは、現実だけで十分よ」


2周目を開始した沙織さんは、改めてコントローラを握りしめた。

そしてかなり初期の段階で、イーグルとハルマ君を仲間に入れることに成功したが──





「あー!! やっぱり駄目ぇ!!」

きっかり3日後。崩壊したマイスの街を前に、彼女は絶叫していた。


「イーグルはそこそこ役に立つようになってきたけど、ハルマがさぁ……とにかく鈍足で……

回復役にしてもあれだけトロいと、回復の前にやられてマジ役立たずなんだけど!?」


肩を落とす沙織さん。それでも終盤までイーグルとハルマ君を外さずにプレイしたのは、彼女の意地か。

悠季がぼそりと呟く。


「あまり大声でハルマの愚痴言うんじゃねぇよ……

あいつ今でも必死で、あんたの部屋大掃除中なんだぞ」

「分かってるわよそんなこと!

だからどんなにノロくても紙装甲でも、あんたたちだけは絶対パーティから外さなかったじゃない!」


そんな彼女に、悠季は何故かふっと微笑んだ。


「へ。少しは分かってきたみたいじゃねぇか……

あんたも、ハルマの気持ち」


その言葉に、沙織さんはちょっとだけ頬を膨らませて横を向く。

そしてもう一度コントローラを取り上げると、すぐに3周目を開始した。

──何だか、昔イーグルを助ける為に必死だった自分を見てるみたいで、すごく嬉しくなる。

私がどれだけケイオスビースト撃破の動画を上げても──


『イーグルとかハルマなんて雑魚モブに、何必死になってんのww』

『イーグル美味しかったです>ケイビ』

『ハルマは不味いから助かったw』


など、酷いコメントを寄こされることもあったから。

でも、沙織さんは違う。ちゃんとハルマ君と、イーグルの身を考えてくれている。


「沙織さん。

タイムテーブルにもある通り、ケイオスビースト侵攻阻止にはシャオ村の事件解決以外にも、周辺に発生する20件以上のクエストを解決しないといけません。

一つでもしくじれば、それだけビーストの覚醒は早まります。

最低でも、ケイオスビースト封印柱は7日以内に破壊しないといけませんが──

2周目の沙織さんだと、9日かかってましたよね」

「無茶言わないでよ……

封印柱って、6つもあるアレでしょ? 1つあたり4匹ものドラゴンゾンビと、セイレーンとかが出てくる奴。

あいつらに一発食らったらイーグルなんか一撃死だし……ハルマも回復術の前にやられるし!! そもそも初手でセイレーンに全体術撃たれたら、一発で全滅なんだけど!? 

かといって鍛える為に戦闘すれば時間経過しちゃうし、どうにもならない!」

「だから、攻撃が緩くなるのを祈りながらリセットを繰り返すしかないんです。

このゲームの戦闘って、そのへんのRPGと違って死んで覚えるのが当然ですから」

「そんな無茶な……

よく生き残ってきたわね。みなとも神城君も」


ちらりと悠季を振り返りながら、皮肉っぽく言ってのける沙織さん。

悠季は得意げに鼻を鳴らした。「誉め言葉として受け取っとくぜ♪」

何だかんだで悠季はずっと、私と沙織さんのプレイを見守ってくれている。自分の世界を眺めるのが楽しいのもあるだろうけど──


「それに、やれることはまだあります」

私も沙織さんと一緒に画面を睨む。


「イーグルを術士にすれば、かなり早い段階で時間停止術を使えます。

その分素早さは減少しますが、うまく先手を取って連続で全体攻撃を撃ち込めれば、相当楽に戦闘を進められますよ」

「それはあたしも考えたけど……

時間停止術を覚えさせようと思ったら、ファリアの神殿が閉鎖されてたじゃない。あそこしか覚えさせられるところなかったのに」

「ファリアの街も中盤で襲撃が発生しますから、それを過ぎると時間停止術は覚えられなくなります。だからそれまでに……」

「覚えさせる為のお金がどうしても足りない!」

「そこは他のクエストを可能な限りこなして資金を集めます。勿論、出来るだけ戦闘は避けて……漁船救出クエストや聖地巡礼のクエスト、一見無関係にも見えますけどかなり実入りはいいので、それもタイムテーブルに組み込んでるんです」

「なるほどね……

何でこのクエストが入ってるのか疑問だったけど、ちゃんと理由があったのね」


少しずつではあるが納得していく沙織さん。私はさらに、画面内のハルマ君を指さした。


「沙織さんはハルマ君を、回復術士として使ってますけど……

もしかしたら、騎士にしてパーティを守ってもらった方がいいかも」

「えぇ? ハルマを、騎士に!?」

「確かにハルマ君て、騎士のイメージからはかけ離れているかも知れません。

ただ、騎士職につくと防御力が跳ね上がりますし、時々他の仲間を庇ってくれたりもするんですよ。

このゲーム、『人情』ってステータスありますよね」

「そうね。何の役に立つのかよく分からないステータスだけど」

「ハルマ君、この『人情』の数値が元々高いんです。

そして騎士は『人情』の数値が高ければ高いほど、他の仲間を庇う確率も高くなる」

「……!!

そうか。じゃあもしかしたら、あいつの使い所を間違えてたってこと……?」


悠季もそんな私たちの作戦会議に、さらっと口を出してくる。


「少なくとも今みたいに、重量考えずに無理矢理鉄鎧と鉄下駄つけて、それで回復が遅れて『ハルマ使えねぇ』とかぼやいてるよりは、よほどマシな選択肢だろうな。

騎士が仲間を庇うには素早さも必要だが、ハルマはその遅さをカバーできるレベルで人情深い奴だ。俺だって、何度奴に庇われたか分かんねぇ」

「分かった……

さぁ葉子、もう一度行くわよ! みなとと神城君を助けるまで、あたしは何度だってやってやる!!」


こんな風に──

仕事や勉強の時よりよほど必死に、ゲームにのめりこんでいく沙織さんだった。







沙織さんの部屋をみなと君が掃除していったおかげで、家はだいぶ綺麗になっていた。

最初こそ彼女は、『乱雑に見えるけど置き場所はちゃんと決まってるの! 下手に動かさないで』などと言っていたものの、みなと君はその無茶な要望も出来るだけ受け入れた上で、掃除を進めてくれていた。


いつの間にか、沙織さんは私のことを『葉子』と呼んでくれるようになり。

いつの間にか、彼女が青い扉のこちら側で生活するのが当たり前になっていった。

そして、ある晩──


悠季と私はいつも通り、床に敷かれた二揃いの布団に横になっていた。

何も用事がない時は二人とも、こうやって適当にお喋りしながら眠るのが慣例になりつつあった──

いや。特に何も言葉を交わさなくても、二人で一緒にいられるだけで、私はとても穏やかな気持ちになれた。


「なぁ、葉子。

沙織の奴、思った以上にのめりこんでるな。俺たちの世界に!」


悠季がしてやったりと言いたげに、ニッと笑う。


「そうね。正直、あそこまでやってくれるとは思ってなかった……

今も多分、必死にやってるはずだよね。夜更かしが過ぎるとまた問題だけど」

「葉子の教え方も良かったんだよ。

このクエストを期限までにやらなけりゃどうなるか。このクエストが何故必要で、どのタイミングまでにこなせばいいのか──

適宜、ちゃんと説明してたもんな。

1周目で敢えて殆ど教えずに、そのままやったらどうなるかを体験させたのも良かった」


悠季は寝転がりながらも、真摯に私の目を見つめてくる。

そこで私は──恥ずかしいことに、改めて気づいた。

──よくよく考えたら、私、推しと一緒の布団で寝てるんだなぁ……


「多分沙織さん、モチベーションがあればスケジュール管理だって何だって、出来る人だと思う。2周目で早くも、もうちょっと頑張ってれば何とかなってたかも?ってところまで行ってたから。

みなと君や悠季を助けたくて、すごく必死にタイムテーブルを理解しようとしてたんだよね。頭の中でロックがかかった感じは、少しもなかった」

「仕事でスケジュールを立ててその管理をするのと、ケイオスビーストの討伐──

そこまで変わらんように思えるんだけどな。ゲームと仕事で何が違うんだ?」

「よく分からないけど……

自分から進んでやるか、周りに流されて仕方なくやるかの違いだと思う」

「仕事って、自分から進んでやるもんじゃねぇのか?」


急に顔を近づけて、不思議な紫の色彩を持つ瞳で私を見つめてくる悠季。

思わずドキリとしながら、反射的に顔を背けてしまう。少し間違えばキスしてしまえそうだ。


「……た、例えば。

悠季。貴方はどうして、義賊になったの?」

「そりゃ……」


私の疑問に、悠季は少しだけ考え込んで答えた。


「あまり考えたことねぇな。

ガキの頃から、自分が生き残る為に必死だったから。気づいたらシーフになってただけさ。

ただ……」

「ただ?」

「力のある奴が弱い奴を踏みつけていくのが、耐えられなかった。

傷つくのが俺の仲間なら、なおさら。

助けたいって願いと、許せないっていう怒り。

俺のモチベが何だって聞かれたら、多分それなんだろうな」


悠季はそういう強い人だって、分かってはいたけど。

私は何となくため息をついてしまった。


「あのね、悠季。

こっちの世界じゃ、そういう強い意思で何かになれる人、どっちかといえば少数派だと思う。

だいたいみんな、学校を出てどこかの会社に就職するのが当たり前で……」

「その事情についちゃ聞いてるよ。

よほど強い意思と運がない限り、絵描きとか詩人とかで食ってくのは難しくて、大概皆妥協して会社に就職するんだってな。

だけど、俺らの世界だってそこまで変わらんさ。武器商人になりたかったのに何故か鉱夫になった奴も、その逆もごまんといたよ」


何かを思い出すように、ゆっくりと眼を瞑る悠季。


「自分のやりたいことが何か分からないうちに世間に揉まれまくるの、俺は普通だと思うけどな。

揉まれまくってるうちに本当にやりたいことを見つけて、そっちの道に進む。

よくある話じゃねぇのかい」

「でも……

この国ってそういうの、難しいから。

事務員やってるけど、やっぱりアニメーターになりたいって思っても……

一旦社会に出てしまったら、全然違う職を目指すのはすごく難しいの。

何で最初からそこ目指さなかったの? 今まで何やってたの? とか言われて」

「ふーん……なるほどな。

どんだけあのクソブラックが合わなくても、葉子も沙織も易々と辞められないのも、それが理由か……

俺らの世界でも、強制労働させられてどうしても合わなくてミス連発する奴隷、いたけどさ。そいつらは主から逃げられなくて──

殴られまくった末にこの世からおさらばするのが、唯一労働から抜け出る道だった。

そこまでは行かずとも、それに近いことがやられてるってわけだ」


そう言ったきり、すうっと息を吐いて枕に頭を乗せる悠季。

シーフたる者の習性か。悠季は眠りにつくのも驚くほど早く、目覚めるのも秒速だ。

スマホを何となく眺めながらでなければ寝られない私とは大違い。ため息をつきながら、少しはだけた彼の肩にそっと毛布をかける。

すぐそばに見える悠季の唇から、微かに漏れる寝息。

その身体からはほんのりと、ミントに似た香り──マイスの街の香りが漂っていた。

『推し』の細い身体が、かなり無防備な状態で目の前に転がっている。

改めてその事実を考えると、頭から湯気が出るほど赤くなってしまうが……


──多分、キスしようとしても。

悠季はすぐに気づいて跳ね起きてしまうんだろうな。

そうでなくとも、そういうことをする私を寝たふりしながらじっと眺めてて、後でからかってくる可能性すらあり。

……どうしても、一歩が踏み出せない。


そもそも悠季にとって、私は、何だろう?

PIP対象者。ゲーム上の話とはいえ、命の恩人。

だから助けてくれるのは間違いないけど──

それ以上の関係には、なれないんだろうか。なるつもりはないんだろうか。

どうしたって悠季は、イーグルという異世界の人間でもあり……



そんなことを考えているうちに、いつの間にか私も眠ってしまう。

それが当たり前の日常となっていた。


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