十二話 夕暮れにはまだ間に合う。




「……」

「……」


「…………」

「…………」





「……いや、黙ってないでなにか言って欲しいにゃん」

「……はっ」


 いかん、あまりのことに完全に茫然自失してしまっていた。


「え、あ、え、えぇぇ……流石にこの展開はちょっと……えー、まじで?」

「マジだよハっちゃん。あんたも夕声ちゃんと付き合ってそろそろ長いんだし、いい加減慣れにゃよ。というかそっちから話しかけといてその反応はなんにゃの?」

「いや、そう言われると返す言葉もないけど……僕が期待してたのはこう、動物と人間の絆が何かご都合主義的な奇跡を起こすとか、その程度が関の山でして……」


 僕の言い訳にマサカドが、やれやれ、と首を振る。猫のくせに、村上春樹的に。


「あの、あらためてだけど……君って、なんなの?」

「猫。生後二ヶ月のオス。普通の三毛よりも黒毛の色素が薄いパステル三毛の」

「いやそういうのじゃなくて」

「ねこまたですけどにゃにか?」


 ですよねー。


「いやでも、猫又って、二十年以上生きた猫がなるもんでしょ? 君生後二ヶ月じゃ」


 僕の指摘に、またもやれやれとマサカド。

 まるでこちらの無知を嘆くかのように。


「猫には九つの魂があるって、ハッちゃん知らにゃいの? 猫には九回生涯があって、おいらはこれが三回目の人生(※猫生)にゃの。一回目で十三年、二回目で十八年生きてるから、二回目の途中からもうバッチリねこまたやってるにゃん」

「えー……そんな計算方法オッケーなの?」

「じゃなきゃ二十年生きるなんてとてもじゃないけど無理ゲーでしょ?」


 無理ゲーなんて言葉知ってるんだ、猫なのに。

 というか、待てよ。今の話がマジだとしたら、もしかして世の中の猫ってかなりの割合で猫又なのでは?

 道理で人間を籠絡する術に長けているはずだよ……我々は冗談抜きで猫に支配されかけていたのだ。


「もちろんこの話はトップシークレットなのにゃ。人間はもちろん、人間じゃない人たちにも言ったらダメにゃ。暴露 バラしたら七代祟るにゃ」

「人間には話したところで信じないだろうから関係ないとして、夕声にも秘密なの?」

「絶対秘密にゃ。だってバレたら今までみたいには可愛がってもらえなくなるににゃ。ツナ缶もらったり気持ちいとこ撫でてもらったりできなくなっちゃうにゃ。夕声ちゃんは撫でるの超お上手だから、そうなったら大変な損失だにゃ」

「ええと……だったら、なんで僕には正体を明かしたの?」


 僕が当然の質問をぶつけると、マサカドはわざとらしいクソデカため息で応じた。


「それもなのにゃ? それも説明してやらないとわからないにゃ?」

「あ、はい、すいません……」


 生後二ヶ月の子猫相手に下手に出て謝る僕である。


「ハッちゃんがさっき自分で言ってた通りだにゃん。あんたのせいで夕声ちゃんは来なくなっちゃったにゃ。だからとっととくだらない痴話げんかに終止符打ってまた元通りにして欲しいのに、ハッちゃん無能だから全然呪い解ける気配ないにゃん。

 それでもう黙っちゃおれんと思って、実際黙ってるのやめて話しかけてやったのにゃん」

「お気遣いありがとうございます」


 わかればいいのにゃん、とマサカド。


「ということで、呪い解いてあげたら、なにしてくれるにゃん?」

「えー、見返り求めるの? 僕が夕声連れ戻したら君の利益にもなるのに?」

「そりゃそうにゃんだけど、でももらえるもんはもらっときたいにゃん」


 猫って図太いなぁ。


「じゃあ、君は僕に大きな貸しを作った、そして僕はそれを忘れない。そういうことでどうだろう? ついでにチュール(いなばペットフード社)を箱で買うと約束する」

「美しい友情はここからはじまるってわけだにゃ。それにチュール(いなばペットフード社)の魅力にはあらがいがたい……わかったにゃ、それで手を打つにゃん。


 それじゃハッちゃん、早速呪いをやっつけるから、歯ぁ食いしばるにゃん」


 言われるまま僕は背筋を伸ばす。

 どんな痛みでも耐えるつもりで、身構えて待った。


 そんな僕に、実に二回、マサカドの肉球が炸裂した。


 いわゆる猫パンチである。


「バッチリ解けたにゃん」

「え、そんだけで?」

「にゃに? 信じてにゃいの?」


 だったらコロッケ屋の蛇女にチェックしてもらってくるといいにゃ、とマサカド。

 いや別に疑ってるわけじゃないんだけど、こうも呆気ないとそれもショックで……。


「でもハッちゃん、わかってると思うけど、あんたの勝負はここからだよ? 夕声ちゃんの心を解きほぐせるか。なんといっても、一番の呪いは人の心にゃんだから」

「いきなりキャラ崩壊したみたいに真面目なアドバイスしてくるなぁ……」


 でも、わかってる。

 親分にも同じ事を言われたし、もとより自分でも理解してる。


 呪いはただの前哨戦で、ラスボスはあのキツネ娘の心だ。


「ところで、さっきの恥ずかしいポエムについてにゃんだけど。あのかくれんぼの」

「……猫が嫌いになりそう」

「まぁまぁ。それで、あのポエムが物のたとえだってことはわかってるんにゃけど、一応言うにゃ。


 今すぐに出発すれば、夕暮れにはまだ間に合うんじゃにゃいの?」


 指摘されて時間を確認する。

 時刻は四時半を回ったところだった。


「……ありがとう! 行ってくる!」


 一生恩に着るにゃー、という見送り(?)の声を背中に、僕は駆け出した。

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