エピローグ
「探偵所なんて探せば山ほど見つかるのに、どうしてうちみたいなところを選んだんですか?」
夢村は最後に、依頼を受けた当初からずっと気になっていたことを質問した。
「ここの探偵ともあろうお方が、そんな言い方をすることはないでしょう」
宏平がおかしそうに笑う。普通なら自分の事務所に自信を持ち、宣伝をする位じゃないとやっていけない。けれど夢村はそんな様子を少しも見せず、それどころかどうして来たんですかと質問をしてきたのだ。きっと宏平でなくても笑ってしまうだろう。
「そうですね……わたしはこの辺が地元で、小さい頃はここらにもよく入り込んで遊んでいたんですよ。だから探偵所があること自体は前々から知っていました」
「よく……来ていた?」
「ええ。そうです。貴方のお父様、
初めてここに来た時は、ただ単に迷ってしまったというだけで本当に偶然に過ぎなかったのですが、京助さんのハーモニカに聞き惚れてしまって、その後は自分の意志で通うようになりました」
「父と知り合いだったんですか?」
夢村は驚いた。
「はい。いつも決まった時間に窓辺でハーモニカを吹き、その後には必ずわたしの相手をしてくれました。貴方のことも知っています。貴方はその頃まだ五歳くらいの子供で、相当かわいらしかったんでしょうね、京助さんはいつも自慢をしていましたよ。でも……」
「―――僕が小学校に上がる頃、事故に巻き込まれて死んでしまった」
夢村の言葉に、宏平が黙って首を縦に振る。
「……人づてに聞いて驚きました。貴方もどこか親戚の家に引き取られたということでしたし、以来一度もここへは訪れませんでした」
「それなのに、どうしてまた?」
夢村が宏平へ話の続きを促す。
「貴方が京助さんの子供だから、と言う訳ではありません。第一この探偵所が再開したことすらわたしは知りませんでした。ただ娘の面影を追い、さまよう日々を過ごしていたんです。
しかしそんな中、町で偶然貴方を見かけました。京助さんに瓜二つだったので初めは本人かと思いましたが、京助さんのはずがありません。外見からしてもずいぶん若く見えましたし、きっと以前親戚に引き取られていった京助さんの子供なのだろうと思いました。そして暫く見ていると細い小道に入っていったので、これはもう確実だと思いました。
けれど最初に言った通り、わたしは京助さんの子供だからと言う理由から、貴方を選んだわけではないのです。
お金が無くて月に一度しか買うことの出来ないたいやきを、猫にほとんどあげてしまう。そんな貴方を見て、依頼をしようと思ったんです」
「……そんな恥ずかしい場面を目撃して、それでここに決めたんですか?」
夢村が恥ずかしさと驚きが入り混じった複雑な心持ちで問う。そんな夢村に宏平はきれいな笑顔を向けた。
「そんな場面を見たからこそ、決めたんです」
「そうですか……」
夢村は苦笑し、いたたまれない思いで頭を掻いた。
「ともかく、話を聞かせてくれてありがとうございます。父のことはよく覚えていないですし、父のことを話してくれる人も少ないので、今日は宏平さんからその話が聞くことができて良かったです」
「いや、とんでもない。こちらこそ、本当にありがとうございました。夢村さんのおかげでとてもすっきりしました。依頼したのが貴方で良かったです」
「父から受け継いだ大切な仕事ですからね」
夢村が微笑む。
「でも、それよりこの人形……本当に僕が貰っていいんですか?亜利紗ちゃんの大切な人形なんでしょう?」
父親が持っているほうがいいのではと思うのだが、宏平は「どうしても貴方に持っていて欲しいんです」と言って聞かなかった。そうして催促もしていないのに、後日お礼も兼ねて改めてたいやきを差し入れにきますと言って去っていった。
内心、たいやきという言葉にかなり心惹かれていて、今からすでに楽しみで仕方がない。宏平はきっと袋いっぱいのたいやきを持ってきてくれることだろう。
(そうしたら猫たちに分けに行ってやろう)
夢村の頭の中に一瞬だけそんな考えが浮かんだが、直ぐにかき消した。また猫にほとんどを食べられてしまうに違いないからだ。
(猫たちには、今度安いパンでも持っていこう……)
夢村は、机に置かれた少女の人形をそっと見つめた。
「……男一人の探偵所にかわいらしい人形が置いてあるって、どうなんだろう」
そう言いながらも夢村は大事そうに人形を抱えてから棚に移動させ、にっこりと笑いかける。開いた窓からは気持ちのよい風が流れ、カーテンが静かに揺れていた。夢村は窓に近づき、顔を半分ほど外に出して存分に風を受ける。いつもは狭苦しく感じる赤茶色の壁も今はそれほど窮屈に感じない。
「気持ちのいい風だね」
語りかけるようにそう言った夢村の視界の先では、宏平が意気揚揚と大通りに向かって歩いていた。
二年越しのレクイエム 遊一(Crocota) @crocota
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