5-結果報告

「お久しぶりです夢村さん」

 宏平が笑顔で挨拶をする。初めて会ったとき、宏平を怪しみ、その笑顔に違和感があると感じていたが、今ならそれがどうしてなのか容易に理解できる。

 これは夢村を騙す為の作り笑いではなく、自分を騙す為の作り笑いだったのだ。亜利紗がまだ生きていると信じ込むための、偽りの笑顔。今まで「亜利紗は生きている」と口にするたびに、その偽りの表情を幾度となく浮かべてきたに違いない。

 ならばこれほど悲しい笑いはないだろう。

 無理に笑わなくて良いから、どうか亜利紗ちゃんの死を認めてあげて欲しい。夢村は心の底からそう感じていた。


「それで……何か進展はありましたか?」

 宏平が、遠慮がちに夢村へ質問する。

「ええ。亜利紗ちゃんが見つかりました」

 そう言った瞬間、宏平の顔がかすかに強張った。夢村は優しく微笑んで、指差しながら言う。

「ここに」

「……ここ?」

 宏平は夢村の指の先にある、自分の胸を見下ろした。

「ええ。ここです」

 夢村が指を下ろし、静かに言葉を続ける。

「亜利紗ちゃんは確かにその中に存在しています。だからこそ貴方はこの探偵所を尋ねた。亜利紗ちゃんの存在があまりにも大きすぎて、耐えられなくなったからでしょう。……でもね、宏平さん」

 夢村は優しく、そして同時に悲しげな笑みを浮かべた。


「もうそろそろ、事実を受け止めても良いのではないですか?

 それはとても辛いことかもしれません。けれど、同じように亜利紗ちゃんも辛い思いをしているはずです。愛ゆえの行動とはいえ、自分の大好きなお父さんが、自分の死を受け入れてくれないあまり一度も会いに来てくれないのですから……」

 どれくらいの時間が過ぎたのか、重々しい沈黙が続き、やがて宏平がゆっくりと口を開いた。宏平は涙を堪えるように歯を食いしばり、絞り出すような声で言葉を零していく。

「どうして……そんなことを言うんですか?わたしはただ、亜利紗を探してくれと、そう言っただけだったのに……」

「そうです。僕は依頼通りに亜利紗ちゃんを探して、そして見つけたんです」

 夢村は穏やかに答えた。


「亜利紗ちゃんは貴方の中に居ます。これは確かです。だけど貴方は突然突きつけられた事実にどうして良いかが分からなくなり、がむしゃらに動いているうち、ついにどうしようもなくなってしまった。

 だから、今になってこんなところにまで足を運んできたんですよね?

 貴方は亜利紗ちゃんのことをとても大切に想っている。それは最近知り合ったばかりの僕にも充分わかりました。しかしそれゆえに、死という概念が随分と遠くに行ってしまった、いえ、実際はとても近くにあったのに、そんなものは知らないと払いのけてしまったのです。

 宏平さん、貴方は自分がどうするべきなのか、ちゃんとわかっているはずです。そろそろ自分の“心”に正直になりましょう?亜利紗ちゃんのためにも、しっかりと真実と向き合ってください。亜利紗ちゃんもきっとそれを望んでいるはずです」

 宏平は静かに夢村の言葉を聞いていた。夢村は宏平が話し出すのをじっと待つ。宏平はしばらくのあいだ俯いて口をきつく閉じていたが、段々とその力は緩んでいき、やがてその口が開いた。

「きっと……一番辛い思いをしていたのは、亜利紗なんですよね……。

 突然命を奪われただけでもかわいそうだというのに、さらにわたしがそのことから逃げてしまって……その、今まで一度も、墓参りに行ってやっていないなんて……」

 宏平の顔がゆがむ。

「……人と人の辛さは量れませんよ」

 夢村がそっと声をかける。その顔には憐憫が滲んでいた。


「貴方も亜利紗ちゃんも同様に辛いんです。

 だけど貴方は親として、亜利紗ちゃんの為にもその辛さを乗り越えなくてはならない。そういうことでしょう?きっと亜利紗ちゃん、待っていると思います。だから親として、ちゃんと会いに行ってあげてください。

 そしてまた一人じゃ絶えられなくなるようなことがあれば、誰でも良い、誰かのところに行って貴方の辛さを和らげてもらってください。……僕でもかまいません。僕は大抵ここに居ますからね」

 めったに依頼はきませんしね、と言ってにっと笑う。宏平もつられて唇の端を上げた。すっかり憑き物が落ちたようだった。宏平の顔からは違和感が完全に消え去り、とても爽やかな笑みを浮かべている。

「そうですね……また何かあったときには、ぜひ貴方にお願いしたいです」


 そこからしばらくは二人でお茶を飲み、亜利紗の話をした。

 帰り際になると、宏平は深く頭を下げて何度もお礼の言葉を述べた。それからにっこりと意味ありげな笑みを見せ、そして一度は参考物品として預かり、お茶の最中に返したはずの古い人形を夢村の前へ差し出す。

「……なんですか?」

 探るような目つきで夢村が問う。

「貰ってください。だって、もともとの依頼内容はこの人形の持ち主を捜すことでしょう?だから、夢村さんが貰ってください」

「いやいや、だからって何で僕が……。というか依頼内容の趣旨が変わっている気がするのですが……」

 夢村は断ったのだが、最終的には宏平に押し負け、結局は人形を貰い受けることとなった。

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