1-14 決意
「そろそろ約束の時間じゃないですか? 」
「玲花ちゃん?そうだねー。そろそろ来ていい頃だよね」
事務所のデスクでは二美がノートパソコンのキーボードをカタカタ鳴らし、一香はデスクに置かれた大量の本やファイルを行ったり来たりして何やら調べ物をしている。封戸もティーカップ片手に、何やらファイリングされた資料をじっくりと読んでいた。
事務所の窓からはジリジリとした日差しが差し込んできている。壁にかけられたシンプルなアナログ時計は午後1時を示していた。
「結局彼女はここへ来ることを選んだんですね」
二美はパソコンの画面に向かいながら呟く。
「まぁ当然じゃない?私からすればここへ来る以外の選択肢はないと思うんだけど。所長、どうして彼女に選ばせたんですか? 」
一香は視線をを見ていた資料から封戸のへと移しながら言った。
「いくら私たちが彼女を守りたいからと言って彼女の自由を奪う権利はないさ。ましてや住む場所の問題じゃ、そんなに簡単に決められることじゃないだろう」
「そーいうもんかねー」
「みんながみんな、姉さんみたいにお気楽モードで生きてるわけじゃないんですよ」
二美は冷たく言い放った。
「もー。どうして二美ちゃんは私にそう冷たいの? 」
「まぁまぁ2人とも」
封戸はいつものように姉妹をなだめる。
ピンポーン
屋敷のチャイムが鳴った。
「私行ってきます」
二美は立ち上がり、玄関に向かった。
廊下の方からコロコロとキャリーケースを引っ張る音がしたかと思うと、事務所の扉がギィと開いた。
「所長、玲花さんが見えました」
入り口には大きめのトランクを一つ持った玲花が姿を表した。
「先日は助けていただき、ありがとうございました。今日からよろしくお願いします」
「よくきてくれたね玲花くん。これからはここを我が家と思って使ってくれていいからね」
「どんな奴が来ようが私たちが全力で玲花ちゃんを守ってあげるよ」
封戸と一香は玲花を歓迎した。
「あ、あの……そのことでお話したいことがあるのですが……」
玲花は少々どもりながら答えた。
「どうしたんだい? 」
封戸は優しく聞く。
「私にも……悪い幽霊と戦う力を身につけることはできるでしょうか? 」
「へ? 」
玲花の予想外の言葉に、一香からなんとも間抜けが声が出た。
「どうしてだい? 」
封戸は少し複雑な顔をしているように見えた。
「たしかに私は皆さんに守られていれば安全だと思います。決して皆さんのことを信用していないとかではないんです。でもそれだけでいいのかなって。これは突き詰めれば私の問題です。今は相手のことが何もわからない状況だけど、いずれ私自身が向き合わなきゃいけない相手……そんな気がするんです」
玲花はもやもやとした自身の気持ちをなんとか言葉として紡いだ。
「それに相手は私の両親を殺した奴なんですよね?私、そいつに1発でもお見舞いしてやらなきゃ気がすみません」
「玲花ちゃん、復讐は何も生まないよ? 」
一香が口を挟む。
「でも、相手が話の通じない奴だったら退治しちゃうんですよね?私が1発入れるか入れないかの違いなんて、大したことないじゃないですか」
「うーん、確かに」
「ちょっと姉さん、言いくるめられないでくださいよ」
「これは一香くん、二美くんにも言ったことだが……」
封戸が口を開いた。
「力をつけると言うのは、なかなかに難しいことだ。そんなにすぐにできることではないし、根気もいる。正直言えばただただ守られているだけの方が玲花くんにとってはよっぽど楽な道なはずだ。しかしそちらを選ばず、そ茨の道をわざわざ進みたいと? 」
封戸の言葉は鋭い。玲花は彼に圧倒され怯みそうになった。しかし
「それでもお願いします。これはここで逃げてしまったらなんとなくですが……後悔するような気がするんです」
歯切れは悪いものの、玲花の決意は堅いようだ。封戸はため息を一つついた。
「君が暁優くんの娘である以上、そういうとはなんとなく思っていたよ。そこまで本気なのならこちらも本気でサポートしよう」
「所長の特訓は厳しいですよ、玲花さん」
「言ったからには途中で逃げないでよ!」
3人は口々に言った。封戸は1つ、咳払いをした。
「それじゃあ改めて。ようこそ、封戸探偵事務所へ。玲花くんも今日からこの事務所の仲間だ。よろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
夏の足音が近づいてきたような強い日差しが事務所の中に降り注ぐ。少女は自身の運命に一歩、踏み入れたのだった。
cluster amaryllis 旦開野 @asaakeno73
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