夏が燻る~学者峯岸浩太郎の休日パート2~

達見ゆう

アメリカにも夏は来る

 アメリカにも夏はやってくる。ちょっと違うのはセミのシーズンが日本とは少しずれていること、素数ゼミと呼ばれる十七年セミや十三年セミという変わったセミがいることだ。名前の通り十七年または十三年土に住み、最後に地上に出でくる。日本のそれよりかなり長い。


 ちょうど今年はその十七年セミのシーズンで五月くらいに成虫が現れてラッキーと思ったら、あっという間に木にびっしりと止まって盛大に鳴き、足の踏み場もないくらい死骸が道路に落ち、現れた時と同じくらいあっという間に寿命を終えて消えてしまった。


 虫大好きな僕としてはなんとなく寂しい。せめて標本を作ろうと道路の死骸からきれいなものを拾って樹脂で固め、残りはお墓を作って埋めるという作業を繰り返していたら、ルームメイトのボブに気味悪がられてしまった。


「なあ、コータロー。その樹脂は何ガロン買ったんだ? 標本がどんどん増えてくが標本屋でも始めるのか?」


「安かったから一ガロンほど。あと、知り合いや欲しがってる人に配るけど、実費くらいは貰わないとさすがに赤字だ」


「お前、本当にお人好しだな。しかもインドアなんだかアウトドアなんだかわからん。せっかくの夏なのにグズグズと燻っているようにしか見えん」


「しょうがないだろ、ワクチン打ってもまだ行動制限あるし」


「本当に日本人は生真面目だな、周りがマスク外してるのにキッチリ付けるし」


「仮にもウイルス研究者なら当然……あ、しまった。樹脂に空気が入った」


「ったく、どうせ燻るなら楽しく燻ろうぜ」


「?」


 ***


「で、BBQ兼燻製作りパーティか」


 休日、出かけるから付いてこいと言ったボブに従ったら、BBQ会場に着いた。


「クラスター発生したらどうするのだよ」


「安心しろ、参加者は皆ワクチン二回接種済だ。それから3Cは厳守、会話の時はマスク着用と言い渡している。厳しい日本人がいるから破ると怖いぞってな」


「勝手に鬼軍曹にするなよ。それに僕、あまり飲めないけど」


「安心しろ、コーラもウーロンティーもグリーンティーもある」


「で、他の参加者は?」


「ラボ仲間のジョージにマイケル、スーザンとその友達のエミリーだ」


「はあ……」


 そういうとボブは車からドリンクや肉などの材料、燻製器まで用意し始めた。僕のことは口実で単にBBQしたかったのではないか。


「おっ! ボブにコータロー、早いな。手伝うぜ」


 ジョージとマイケルが到着して僕達の手伝いを始めた。ジョージが仕分けしながら疑問を口にした。


「なんか、BBQより燻製の材料が多くないか? チーズにゆで卵に茹でたササミ、豚バラ肉にナッツ」


「そりゃ、滅多にできねぇからな。ちょっと奮発したよ」


 僕はラーメン用に作ってストックしてた大量の味たまを見つけて思わずムンクになった。


「ボブ、これって僕の作り置き味たま! しかも一ダース全部持ってきたのか!」


「ああ、味付きゆで卵がちょうどあったからこれを燻製すると美味いぞ」


「ああっ! 味たまだけじゃない! ホタテにタコまで! その前にアメリカ人はタコ食べないだろっ!」


「いやあ、コータローが美味そうに食べてるから試そうかと」


 やられた、いろいろとやられた。こうなったら生まれ変わった食材を食べて食べて元を取るしかない。

 諦めの境地になったころ、女性陣が到着したようだ。


「ハァイ、ボブ。お誘いありがとう。言われた通りマスク着用してきたわ。鬼軍曹ジャパニーズいるというから」


「やあ、スーザン。こちらが鬼軍曹のコータローだ」


「初めまして、コータロー・ミネギシです」


「うーん、鬼軍曹というから怖い顔を想像してたけどベビーフェイス通り越してベビー(赤ちゃん)みたい」


 うぐっ! 初対面の人にまで赤子認定されてしまった。隣の女性がくすくす笑っている。日系人っぽい人だ。


「ほら、エミリー、笑ってないで挨拶しなさいよ」


「あ、失礼しました。スーザンが面白いこと言うから。初めまして、スーザンの友人のエミリー・ニイガキです。父が日本人なの」


 ニイガキ? 日系人? しかも名前にガッキーが入る! 黒髪ショートもなんとなく推しのあの人に似てるような!!


 よし! 今回のBBQ兼燻製作り張り切るぞ!


 ***


「ほら、マイケル。俺の言った通りだろ。スーザンに日系人のショート美人連れてきてくれと頼んだんだ。顔広いからな」


「でも、コータローは固まってるぞ」


「そういう時はとにかく体を動かさせる! コータロー、材料の大半はお前のだから燻製作り手伝ってくれ」


「お、おう」


「あら! タコがある! 嬉しいわ。うちは父が好物だから平気で取り寄せて食べるけど周りは変な顔するのよ」


「ああ、燻製にすると美味しいと聞いたから初めて作るけど」


「しかも、麺つゆの味たままで! 嬉しいわアメリカでは高いから」


 エミリーが嬉しそうに言う。ボブ、食材持ち出してくれてありがとう。


 こうして、僕達はBBQ係と燻製係に分かれて調理を始めた。燻製係にエミリーを入れてくれたのはいいけど、3Cとマスク着用のためかなかなかうまく会話出来ない。


(うーん、燻製だからマスクは必須だがちょっと失敗したな)


 ボブはぎこちなくエミリーと話す浩太郎を見て心配になったけど、それは杞憂に終わった。


 BBQはできたそばから食べていき、程よく時間が経った頃、燻製も出来上がった。

 これは一斉に食べることになる。

 黙食を心がけていたが、食べた瞬間に皆して「oh!」と声が出てしまった。流石に感想言う時には慌ててマスク着用したが。


「この卵、スゲェ! ソイソースだけではない複雑な美味さに燻製の美味さが入ってる!」


「このホタテもタコもすごい! デビルフィッシュがこんなに美味しいなんて!」


「ベーコンもソーセージも桁違いだ!」


「やっぱり日本人はグルメだな」


 なんか僕が褒められてるような錯覚がしてこそばゆい。エミリーさんも本当に美味しそうに食べている。良かった、この笑顔だけでも今日来た甲斐はあった。


 こうして楽しく会はお開きとなった。僕が逡巡してるとボブがひじで突っついた。


「連絡先くらい交換しとけ。味たま分けるからとか口実はあるだろ」


「で、でも」


「峯岸さん。よろしければ連絡先交換していいですか? 父のためにもあの味たまなど作り方教えてください」


 うおおおおぉ! ただ麺つゆに付けただけの味たまがこんなに効果あるとは! 本日のラッキーアイテムは味たまだ!


 こうしてぎこちなく、連絡先を交換してお開きとなった。


 ボブの言う通り、こういう燻り方もいいものだ。


 ***


「なあ、コータロー。せめて換気はしっかりしてくれ。換気扇だけでなく窓も全開にしろ」


「冷房が逃げるじゃないか」


「毎日この室内で燻製作られる身になってくれ。今日なんか『服を燻製したのか?』と笑われたぞ」


「着る前に洗濯したらいいじゃないか」


「ダメだこりゃ」


 あれから僕は彼女に美味しい燻製卵のレシピの完成を目指し、日々試作に挑んでいる。あ、セミの標本にも匂い移ったら困るからビニールか何かで保護しないと。

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