痣
新戸
第1話
私は愛されている。愛されているんだと自分に言い聞かせる。
カーテンをしめた薄暗い部屋で必死になって身体を重ねる。蝉の声と扇風機の音なんて少しも聞こえない。地球上に私と彼しかいないのではないか、そんなことを思いながら彼の背に手を回す。彼は愛おしそうな顔をして私の首に手をかけ、首を絞める。いつからだろうか、首を絞めるという行為は私たちのセックスには欠かせなくなった。初めは理解できなくて、なぜそんなことをするのか彼に聞くと、相手を支配して、君の全てを僕のものにした気がするんだよね。痛かったよね、ごめんね。と優しく抱きしめながら言うので断れなくなってしまった。そういう私も、いまでは首を絞められないと何か物足りないのだけれど。
彼と出会ったのは大学1年生の夏手前くらいだった。サークルの飲み会で初めて彼を見た時、少し怖そうな人だなと思った。傷んだ金色の髪は高校の時からブリーチを繰り返していたせいだと教えてくれた。女子校出身の少し過保護な親に育てられた私にとって、その金髪はとても印象に残った。それから何回か友達やサークルの人たちと遊び、連絡先を交換してからは早かった。彼は私が初めに思ったように怖い人ではなくて、とても優しい人だった。彼と付き合って、初めて髪を染めた。ブリーチはとても痛かったけれど彼と同じ髪になれたのは嬉しかった。彼もおそろいだねと言ってくしゃくしゃと私の頭を撫でてくれた。
私と彼は毎週金曜日に必ず会う。一緒に金曜ロードショーを見て、しばらくしてからコンビニに行く。今日はどれにしようかななんて言いながらアイスを選ぶ。手を繋いで、さっき見た金曜ロードショーの感想を言い合いながら彼の家へと帰る。彼が少し溶けかけたアイスを冷凍庫に運ぶ。その背中から腕を回し、抱きしめる。彼の匂いが好きだった。いつも甘い匂いがした。甘えてるの?なんて彼に聞かれたりして、2人でベッドに潜る。そんなルーティン化した金曜日が大好きでとても大切だった。
付き合ってどれくらいたった頃だろうか、彼からの連絡が少なくなった。金曜日にも会わなくなった。今思うと私は強がっていたんだと思う。彼にLINEで、「最近冷たいよね。私の事好きじゃなくなった?」と送った。そして、「私も忙しいしさ、私に気がなくなったなら別れよっか。別にそういうんじゃなければ別れなくてもいいけど。どっちでもいいよ」と送った。すぐに既読は着いたけど、彼からの返信はなかった。3日後、彼から返信があった。開くと、「直接だと緊張してちゃんと言えないかもしれないからLINEで言うね。しばらく前から好きなのかわからなくなってた。別れてほしい。」と来ていた。まあ、そうだろうなと思った。大体は想像できていた。想像と違ったのはこの胸の痛みくらいだった。首を絞められているわけでもないのに息がしにくかった。「わかった。」と震える手で打ち、送信する。これで終わった。終わってしまった。冷たい指がスマートフォンをなぞる。アルバムには彼との写真が沢山あった。写真を見ながら別れたくないと泣き脅しでもなんでもすればよかったかなと後悔する。きっと優しい彼のことだから別れたりしなかったはずだ。でももう遅い。アルバムにあった写真を一気に消した。インスタグラムの投稿も消した。それと同時に私の周りから彼の影がなくなって少し悲しくなった。
別れてからは特に連絡することもなかったし、彼と関わることもなかった。彼と別れた時の胸の痛みをたまに思い出す。まるでいつまでたっても消えない呪いの痣みたいだ。別れる時、最後に痣が残るくらい首を絞めてもらえばよかった。そうすれば痣が消えるのと同時にこの胸の痛みも消えていたかもしれないのに。
痣 新戸 @tensi_
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