第14話 いのちの同胞 セミナーハウス(2/2)

 17:24





 階段はさほど長くなかった。しかし階段の下にある扉は頑丈に作られており、破壊できそうにない。ネジを一本一本外すしかなく、骨の折れる作業だった。


 やっとのことで開けると、そこには私の期待した「貴重品」などはなく。

 両脇に鉄格子の部屋が並ぶ一本道が伸びていた。


 部屋というよりは座敷牢。それが両脇に二つずつ。部屋の一角には木の板が置いてある。おそらくは用を足すための穴で、そこに乗せた蓋だろう。

 

 壁の窪みには小さな仏壇のようなものがあり、そこにはおなじみのあの心臓が置かれていた。

 他には何もない。地下だからもちろん窓すらない。


 閉じ込められたら一週間と保たずに気が触れてしまいそうな、そんな空間。

 何に使われていたのかを想像するだけで寒気が走った。

 

 よっぽどそこで引き返そうかとも思ったが、しかし廊下の先にはもう一つ扉が見えた。


 木彫りの装飾が施された、欄間のような扉。

 今まで見た扉と比べて豪華な印象。特別な部屋であることがわかる。


 震える手でノブを回すと、扉はあっさり開いた。


 10畳ほどの部屋。中央にタイルばりの四角い窪みがある。


 最初、私にはそれが浴槽に見えた。ここはプライベートの浴室?

 しかしよくよく観察すると、それではおかしいことに気づいた。


 周囲に洗い場のようなものが見当たらない。そもそも浴槽ならば蛇口がついているはず。

 

 では水を入れるものではないのかと思えば、浴槽の底には液体を外に流すための穴がある。


 穴の周囲は水によるものには見えない黒ずんだ錆。カビ臭さに混じる生臭さが鼻をつく。

 

 屠殺場とさつばのイメージが頭に浮かんだ。

 豚や鶏を解体する施設。浴槽と穴は大量の血液を流すためのもの。


 しかし自給自足のために家畜を処理するのなら、隠し部屋なんて必要ないはずだ。


 部屋の外の座敷牢。ここで行われた何らかの作業……あるいは儀式。




 心臓を手にして微笑む教祖の写真が頭をよぎった。

 

 


 私は吐き気を催し、一目散にその部屋を立ち去った。

 頭に浮かんだおぞましい想像。考えすぎならそれが一番よいのだが……


 どうあれ一刻も早く警察に連絡をしなくてはならない。

 

 階段を駆け上がると、西日はオレンジ色の変わっていた。

 車を停めたところまでは歩いて十分もかからないはずだった。しかし非常に長く感じた。


 大して走ってもいないのに動悸が収まらない。心臓がうるさいほど鳴っている。


 やっとの思いで車にたどりつくと、私は乱暴にエンジンを回した。


 ここにくる途中に集落を通りかかった。そこなら携帯の電波も入るだろうし、駐在所もあったはずだ。何かを伝えるならそこに駆け込んだ方が早い。

 

 だが私は焦るあまり、ハンドルの操作を誤った。カーブを曲がる際に脱輪をしてしまった。

 私一人の力ではタイヤを車道に戻すことができない。


 雨がぽつぽつと降り始めた。悪天候で歩くには厳しい距離。

 動かない車の運転席にとりあえず戻る。しばらく待つがやまない。


 現在、途方に暮れながらこの記録を書いている。

 





19:53





 1時間と少し経って、ようやく一台の軽トラックが通った。


 脱輪した様子を見ると、運転手は車を止め、車内の私に「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。

 車が動かなくなった旨を伝えると、麓まで乗せていってくれることになった。

 

 今は助手席でこのタブレットを操作し、記録を書いている。ちらほらと電波が入る瞬間もある。適当な場所で下ろしてもらったら電話をかけよう。


 タブレットをいじる私に「コンピューターのお仕事ですか」と尋ねる運転手。

 私はあの建物で見たことを、運転手の男性に話した。


 男性にとっても耳障りのいい話ではなかったせいだろうか。話を終えると、最初は愛想が良かった男性は黙ってしまった。


 ——しかしこの男性、珍しい服装をしている。

 夏だというのに、濃い紫で襟の詰まった長袖の服。暑いだろうに。


 そしてこの道の先に何の用事があったのだろう。


 道の先には、私の山と、あの施設くらいしかないものと思っていたが……。










 

※クラウド上に自動で保存されたメモはここで途絶えていた。

 脱輪した車両は山道のカーブにて発見。


 本記録の媒体となったタブレットと、記録者の男性は現在のところ見つかっておらず、捜索が続いている。

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