第13話 いのちの同胞 セミナーハウス(1/2)
8/18 15:03
親父の遺した山を見に来た。全く厄介な遺産を残してくれたものだ。
広いだけで利用価値はほとんどない山。それも、面倒な建物までセットときている。
じいさんの代から山の一部を宗教団体に貸していただって? 聞いていなかった。そんなこと。
「いのちの同胞」。剥げたピンクと紫のペンキで塗られた門にはそう書かれている。
両脇の門柱にはおそらく心臓を表現したオブジェが載っている。その心臓には子供くらいの大きさの手形がついている。何を表現したいのか全く伝わらない。
ひとまず入り口の時点で、関わらない方がいい団体だということは十分に伝わった。
新興宗教「いのちの同胞」。最盛期は1000人を超える信者を抱えたらしいが、今は活動の様子がない。ホームページの更新も6年前に途絶えている。
土地の賃貸契約が終了したのはさらにもう少し前。利用していた人間はとっくに引き払っているはずだが、建物が放置されたままということは、親父もまたこの件を放置したということなんだろう。
撤去の費用を請求するにも手間がかかる。得体の知れない宗教団体が相手となれば尚更だ。
ただ売るにしても貸すにしても、こんな気味悪い建物があっては客がつかない。業者に解体の相談をしたら、建造物の構造がわかる書類がなければ見積もりが取れないと言われた。それでわざわざ足を運んだというわけだ。
私はひとまず建物の構造と、ついでに探索の様子を記録しながら書類を探して歩くことにした。
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門と同じく紫とピンクの外壁。外からはショッピングモールほどの大きさに見える建物は、その大半がハリボテだった。
実際の規模は二階建ての保育園くらいだろうか。それでも数億はかかっているだろう。ある程度の資金力があったことは窺える。
2階はおそらく信者が共同生活をするための空間。一室につき2段ベッドが二つあり、寮のような構造になっている。
作りは至って普通だが、どの部屋にも教祖であろう人物の写真が飾ってあることは目についた。
目の細い小太りの男性。襟の詰まった人民服のような衣装を身に纏っており、右手にはあの心臓のオブジェを載せている。白黒の写真であることは救いだが、やけにリアルで気持ちが悪い。
しかしたびたび目にする心臓は何なのだろう。ご神体のようなものなのだろうか。
他人の思想に口を挟むものではないが、流石にこれは趣味が悪いと感じた。信者はこれをどう思っていたのだろう。
一階は調理場や入浴場など、生活のために必要なフロアが半分。もう半分は巨大な広間になっていた。
4分の3ほどは畳張りで、残りのスペースは小高いステージのようになっている。将軍が家来を集める部屋のような構造。
ステージ奥には紫のメッキを多用したお堂があり、差し込む光も相まって、部屋全体がぼんやり紫色に光っている。
ステージ上部には「心捧昇聖」という見たことのない四字熟語(?)が掲げられていた。
ここで信者たちへの説法が行われていたのだろう。この施設、各部屋の入り口には「食堂」「浴場」のように札がかかっていたのだが、この部屋には「セミナーハウス」という表記が書かれていた。
私が探しているのは建物の構造書だ。探しているものはここにはないだろう。
そう思って部屋を出ようとした時に、私はふと気がついてしまった。
ステージの奥の壁を覆う幕が揺れたのだ。
この部屋と廊下をつなぐ
ステージに上がって幕をめくってみると、そこは壁ではなく襖になっていた。指をかけるところの下に鍵穴のようなものがあり、引いても開けることはできない。
しかし隙間からは微かに風が吹いており、おそらく向こう側が“空間”になっていることは予想がついた。
座布団かなにかをしまっておく倉庫だろうか。
あるいは、何か教団にとって貴重なものを収めている部屋?
隠し部屋のような雰囲気も相まって、私は興味を持った。
負債の塊だと思っていた建物だけに、換金性のあるものが見つかれば、足を踏み入れた甲斐があるというものだ。
車に戻って、積んでいた工具箱を手にセミナーハウスへと戻る。
バールで力を込めると、さほど苦労せずこじ開けることができた。
中は私の予想とずいぶん違った。
幕と襖の向こうは部屋ではなく、幅の広い階段になっていたのだ。
それもこの下へ向かう階段。建物の全体的な雰囲気とはかなり異なる。
このセミナーハウス含め、建物は間違いなく業者によって建てられたもの。しかしこの階段は雑な板張りになっており、壁面は土を押し固めてそのままの状態。頭上の電球はコードむき出しで地下へと続いている。
何というか建物が完成した後に……この階段だけを自力で作ったような。
外部に知られてはまずい増築を、信者たちの手でこっそり行ったような印象だ。
ひんやりかび臭い空気が鼻をついた。
迷ったが、私は懐中電灯を手にその階段を降りることに決めた。
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