第11話 ゆのや観光ホテル(1/2)
死ぬとこだったかも。そう思うくらいヒヤッとした出来事ってある?
俺にもいくつかはある。けど、その中でぶっちぎりのやつがひとつ。
もう何年も前の話だ。
当時、大学生だった俺は一人旅が好きで、全国の温泉地をめぐってた。
現地のグルメを楽しんで、風呂に浸かる。そんで近場の観光地を回る。そんな旅だった。
で、ある温泉街に行った時のこと。
俺の泊まった宿は客もそこそこいたんだけど、街そのものが観光地として落ち目だったのか、廃業してるホテルが近くに結構あったんだ。
そこは山間の温泉街で、川を挟んでエリアが二つに別れてた。
俺の泊まったホテルは川沿いの南側にあったんだけど、橋の向こう側にはでかいホテルの廃墟があった。
屋上には錆びついたネオンで「ゆのや観光ホテル(や、の部分が外れてた)」と書かれていた。
ネットで調べてみると、昭和の終わりまでは結構有名なホテルだったのだそうだ。
けど年間の観光客がピークの半分を切ったあたりで廃業し、今に至るのだという。
川に面した壁面は錆びついて、何室かの縁側が崩れていた。
放っておくと危険そうな感じだけど、予算やら権利問題やらで、解体できない事情があるのだろう。よく聞く話だ。
しかし廃墟っていうのは不思議な魅力がある。退廃的な美しさっていうのかな。
暇だったのもあって、俺は橋を渡ってそのホテルを見にいくことにしたんだ。
ホテルは車道に面しているにもかかわらず、周囲に灯りがほとんどなかった。
よっぽど橋のこっち側に来る車が少ないんだろう。侵入しても見つかることはなさそうに思った。
腐りかけたロープを跨いで、雑草の生えたアスファルトの駐車場を横断。正面玄関へと向かう。
“関係者以外立入禁止“の張り紙が壁に貼られていた。しかしガラスの割れた部分はそのままになっており、打ち付けられたトタンは釘が錆びて外れていた。これでは入ってくださいと言わんばかりだ。
侵入した場所はロビーだった。スマホのライトで照らすと「フロント」とカタカナの文字が浮かんだ。
カウンターの奥にはルームキーを管理するために使われていたような、間仕切りの細かい棚が見える。いかにも昭和といった趣。
「政府登録 国際旅館」と書かれたボードには、剥がれかけた壁紙がかかっていた。
散らかっているが落書きなどは見当たらない。侵入が簡単な割には荒らされていない印象。
別館へ向かう廊下を進もうとしたが、途中で崩落していて先へ進めなかった。
仕方なく本館へ戻り、今度は階段を降りることに。↑6F、↓4Fという表記を見て、フロントが5Fであったことを初めて知った。川沿いの絶壁に建てられていることもあり、下に伸びている構造のホテルらしい。
4階・3階は客室が並んでおり、中を見て回ることができた。ベッドとか灰皿とか、まあ普通の旅館にありそうなものが転がっていた。
2階は小さな宴会場。ステージの上部に掲げられた「歓迎」の文字が、今となっては皮肉に思える。
最盛期はたくさんの団体客がここを訪れたのだろう。そんな風に思った。
まあここまでは、普通にノスタルジーを感じる廃墟探訪で良かったんだが……問題は1階のあの部屋だった。
景観がよくないせいだろう。このフロアはほとんどの部屋が物置のように使われていたんだが、一番奥に“従業員室”なる部屋があったんだ。
その部屋には妙な違和感があった。
他の部屋と違うところは、まずやたら残留物が多いこと。
散乱したファイルにノート。個人情報だから詳しくは言えないけど、顧客の氏名や住所が書かれていた。中には従業員の映った写真を含むアルバムまである。
こういうものを建物に残していくことは少ないだろう。何か持っていけない事情があったのだろうか。
そして部屋の片隅には錆びた鉄パイプや角材などの資材も残されている。
従業員室なのになんでこんなもんが?
まぁそこまでは、経営者がいい加減だったということで説明がつかなくもないんだけど。
問題はこっちだ。壁にかかったカレンダー。
1991年の8月で更新が止まっている。
その時期はホテルが廃業した時期より2年以上も後のことだったのだ。
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