第10話 おカミ様の祠(2/2)
放課後になって、歯の件を知っている友達三人は「おカミ様のところへ行こう」と俺を誘ってきた。行かないって言うとうっとおしそうだったから「一人で行く」とだけ答えた。
嘘ついてそのまま帰ろうと思ったが、なんとあいつら俺の後をついてきやがった。しょうがないから通学路をそれて山道の方へ向かうと、あいつらは納得したのか、それ以上ついてはこなかった。
ここまでくると苛立ちの矛先はおカミ様の方へと向かっていた。
こんな迷信なんてあるから面倒な目に遭うんだと。
祠に着いてすぐ、俺は乱暴に観音開きの扉を開けた。歯茎を見せるおカミ様の顔が、俺を煽っているようなムカつく笑顔に見えた。
「くそ。こんなもんがあるから!」
俺は木像が抱えていた壺を取り上げると、それを地面に叩きつけた。
壺はあっさりと割れた。足元に飛び散った破片を見て、少しだけ気分がスッとした。
が、それも一瞬のことだった。余計なことに気づいてしまったのだ。
砕けた壺の破片。足元に広がっているのはそれだけ。
今までに村の子供たちが入れたはずの歯がなかったんだ。一本も。
骨とか歯って自然にはなくならないもののはず。
ってことは誰かが回収しているのか? それとも……。
っていうか前来た時、壺って木像が抱えてたっけ?
おカミ様の木像と目が合った。
壺を割った俺を前にして、コイツはさっき見た時よりも笑っているように見えた。
もちろんそんなはずはない。はずはないんだけど、俺はブルっときて足早にその場を立ち去った。
背中を向けた祠から、なんだか聞いたことのない鳴き声のような……笑い声のようなものが聞こえた気がした。
その晩はずっとうわの空で、父親ともほとんど会話をせず布団に潜った。
疲れてたからだろうな。すぐ寝てしまった。
その直後のことだ。地獄を見たのは。
誇張でもなんでもなく、あの出来事は地獄としか言いようがない。
真夜中に俺は歯の痛みで目を覚ました。
虫歯とは全く性質の違う、表現もしようのない激痛だった。
目を開けたら、木像じゃなくて生身の“おカミ様”がニタニタ笑いながら俺の口に手を突っ込んでいた。
姿は木像そのまま。しかし皮膚はぶよぶよして生ぬるく、大きさは俺の背丈の倍くらいあった。
ソイツは指が二本しかなく、しかしそれが異様に長く細い。そのペンチみたいな指で、俺の歯を引っ張っていたのだ。
頭が浮くんじゃないかってくらいの力で引っ張られ、歯茎からは血が噴き出た。俺は思い出したくもないが、麻酔抜きで健康な歯を引き抜かれたのをイメージしてもらうといい。
洒落にならない恐怖と痛みで、俺の悲鳴は声にならなかった。
そんな俺の表情を肴に、おカミ様は抜けた歯を口に放り込んで飲み込んだ。
それからバタつく俺の頭を押さえ込み、またあのペンチみたいな指が口に迫ってきた。
もう殺されるって思った。コイツが殺すつもりかどうかは知らないが、次いかれたらもう痛みで死ぬ。リアルにそう思った。
その時、襖の向こうから父親の声が聞こえた。
するとおカミ様は笑いながら消え、その場には汗と涙と血でぐしゃぐしゃになった俺だけが残った。
俺の姿を見た父親は顔面蒼白になって、すぐに俺を乗せて車を走らせた。田舎すぎて救急車が来るにも時間がかかると考えたのだろう。
夜中に開いている病院が村にはなく、1時間くらい走った二つ隣の町の病院へと俺は搬送された。
止血と麻酔で痛みは消えたが、俺は永久歯を一本失った。
俺が真っ白になってガタガタ震えているもんだからか、医者もあれこれ事情を聞いてはこなかった。ひとまず俺は一晩入院することに。しかし当然落ち着くはずもなく、父親が夜通し俺の手をずっと握ってくれていた。
朝日が昇るくらいになって、ようやく俺は父親にあの夜の出来事を話した。
思い出すと恐怖で吐きそうになったが、あれほどの出来事を自分の胸にしまいこんでおくのは無理だった。
というか、今日の夜になったら再びアイツが現れるんじゃないかって思うと、とにかく助かりたい一心だ。
歯を飲み込んだことから、壺を叩き割ったことまで、全てを正直に話した。
話を聞き終わった父親は、ボソッと「村から離れた街の病院に来たのはラッキーだったかもしれないな」と漏らした。
それからこう言った。
まだなんとかなるかもしれない。父さんが聞いた限りでは、と。
俺は父親に手を引かれ、夜間用の出入り口から病院を出た。
眠そうなおじいちゃんの警備員は、フードを深く被った俺と父親をあっさりと通してくれた。
それから父親は車をぶっ飛ばし、村まで向かった。道中で父親はおカミ様の話をしてくれた。
言い伝えでは、あの村には昔から“おカミ様“ってのがいる。昔は村に住む人たちが、生贄のような形で自分の体の一部を供えていた。それと引き換えにおカミ様は村人たちの息災を保障する。いわばギブ&テイクのような関係。
それが時代の流れで廃れ始めた頃に、村人たちが体の一部を失う事件が次々に起きた。恐怖に慄いた当時の村人たちは、供えても支障のないものとして抜けた乳歯を供えるようになり、それが老人世代から村に伝えられているのだという。
おせっかいな村人からたまたま聞いた話だったけど、聞き流さなくてよかったと父親は言った。
それから道中で最も朝早くから開いている薬局に立ち寄り、下剤を購入。飲み込んだ歯は無事にトイレで回収することができた。
割ってしまった壺については似たようなものをホームセンターで見つけた。
そのまま神社に車を止めて、二人して祠へ向かう。
父親と一緒だったが怖くて仕方がなかった。祠に行ったらあいつがいて、また襲われたらどうしようって。
結論から言えば、それについては無用な心配だった。
だってあの木像、祠からいなくなってたんだから。
俺はその場にへたり込んで狂ったように叫んだ。だってあいつがまた俺のところに来るかもしれない。そう思ったんだ。
そんな俺を尻目に、父親は歯を入れた壺を置いて「どうかお納めください。お納めください」と繰り返し、手を合わせた。
俺も同じことをするべき……っていうかしなくちゃいけないと思って、泣きながら「お納めください」って手を合わせた。
その晩はまた父親と一緒に病院へ泊まった。流石に医者には事情を聞かれたが、どうしてこうなったかわからないと答えて押し通した。
ただ親の暴力とか虐待を疑われるのは嫌だから、元々ぐらついていたといい加減なことを言っておいた。
間違ってもおカミ様のことを話そうとは思えなかった。
アイツももちろん怖かったし、時間が経ってくると村そのものも怖くなってきたんだ。噂が耳に入ってはたまらない。
夜中はナースコールに指をかけた状態で、父親と一晩中一緒にいた。
その夜におカミ様が俺のところへ現れることはなかった。
次の日の昼に父親が一人で祠へ向かうと、おカミ様の木像は普通にそこへ戻ってきていたのだそうだ。
——それからすぐ俺たちは引っ越したから、今あの祠と、あの村がどうなっているのかはわからない。村の学校のクラスメイトもほとんど思い出せないくらい時間も経ったことだしな。
それでもあの夜のことだけは今でも鮮明に覚えてる。
抜かれた歯の隙間に舌が触れるたびに……あのニヤついた顔が頭に蘇ってくる。
空っぽだった祠の壺。
じゃああの木像の腹の中には、今まで供えた子供達の歯や、俺の歯が今でもぎっしり詰まってんのかな。
風習とか迷信を甘く見るもんじゃない。
今では本気でそう思うよ。
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