第7話 ホテル ムーンシャトー707(1/2)
二度と行きたくない場所がある。俺はそこで、二度と見たくないと思えるものを見た。
とあるラブホでの話だ。よく利用するなら心して聞いて欲しい。
お盆休みも終わりに差し掛かった頃だ。俺は当時付き合ってた彼女を乗せて夜の中央道を走っていた。
——いや、走ってたというよりあれは“前進してた”くらいの感じだったかな。帰省ラッシュも相俟ってひどい渋滞だった。
特にジャンクション付近なんかは30分に1キロも進めない有様で、それが1時間以上も続いた。運転手たちのストレスは半端ないことになってたと思う。俺がそうだったからね。
で、俺は文句言ったりハンドルを指で叩いたりしてて、見かねた彼女が休憩をしようって誘ってくれた。それが丁度ホテル群の脇だったもんだから、俺はけろりと機嫌を治して高速を降りた。高速沿いにラブホが多いのはこういう理由なのかなって思う。
インターから降りた俺たちはいちばん手近なホテルを選んで入った。駐車場は割と空いていた。
けど中に入ったら……わかるかな。部屋選ぶボードみたいなやつ。あれ見たら空いている部屋がひとつしかなくて、彼女と「みんな考えること同じだな」なんて言って笑ってた。
ちなみに笑い話はこれで終わりになる。
俺たちは唯一空いていた部屋、707号室のボタンを押して7階へ向かった。エレベーターを降りたら突き当たりの部屋のルームランプが点滅してて、すぐにこの部屋だとわかる仕組みになってた。
下心に背中を押された俺は意気揚々と中に入ったよ。なんの心がまえも無しにね。
そのとき見た光景を本当にシンプルに言うぞ。
部屋の中央に、真っ赤なドレスが浮いてた。
まあ正確には天井に用途のわからないフックがあって、そこに赤いドレスが赤いスカーフで括られてたんだけどさ。ドアを開けたときに空気が動いたのか、ベージュの壁紙をバックに赤のドレスがゆらゆら揺れてんの。
俺たちは「っ!?」みたいな声にならない声を上げた。彼女に至っては半ばパニック状態になって「何! 何なのこれ!?」とか言いながら抱きついてきた。彼女が見てなかったら俺もそんな感じになったと思う。
とりあえず落ち着かせなきゃってことで彼女をドレスの見えない玄関へ戻し、ベッド脇の受話器を取った。フロントには十数回のコールでやっと繋がった。
苛立ちに混乱までブレンドされた状態の俺は“はい、フロントですけど”の言葉を待つ間もなく「707号室ですけど何かドレスがかかってるんですけど」みたいなことを早口でまくし立てた。
すると答えまでに変な間が空いた。3秒か4秒くらいで長すぎるってことはないけど、不自然な間だった。
「おい聞いてんのか」の声が喉まででかけたくらいになってやっと言葉が返ってきた。女の声だった。女は詳しい事情を聞くことなくこう言った。
「申し訳ありません。降ろしてください」
誠意のない対応にはぁ? って思って何か言ってやろうとしたけど言葉に詰まった。
そしたら「申し訳ありません。よろしくお願いします」と言って相手の方で通話を切りやがったんだ。
話にならないって思って俺は玄関の彼女のところへ向かった。なるべくドレスは見ないようにね。それでさっきの旨を伝えたら、彼女は少し悩んだみたいだけど、早くやることやって出ようという話に落ち着いた。
本当は今すぐにでも出たかったと思うよ。けど金払うのは俺だし気を遣ったんじゃないかな。俺もテンションはだいぶ下がってたけど、彼女も言うことだしってことで提案を受け入れた。
それから彼女をすぐにバスルームに向かわせ、俺はドレスを下ろす作業に移った。
椅子に乗ればフックに手は届くものの、スカーフがやたら硬く結ばれてて外すのに手間取った。
ドレスの重さで結び目がこんな硬くなるのか。とか、俺はよくわからん文句を言いながら、何とか彼女が出てくる前にドレスを降ろしてクロゼットにぶち込んだ。
それで、ね。はじめるわけですよ。まあその話は省くとして、行為の後の俺はドレスのことが割とどうでも良くなってきてた。
だってドレスさえ目の届かないところにしまえば普通の部屋だもんな。心地いい倦怠感も手伝ってか、彼女に至っては腕の中で眠ってしまった。
俺はちょっと変な気もしたけどまあ彼女がいいならってことで、起きるのをぼんやり待った。天井のフックはなるべく見ないようにしながらね。
そしたらいつの間にか俺まで眠ってて、気がついたら夜中の1時を回ってた。やっべ、宿泊料金になっちゃったか……。とかそんなことを寝起きの頭で考えてたら、横で寝てたはずの彼女の姿がないことに気がついた。
シャワーでも浴びてるか、あるいはトイレに入っているのか。俺は深く気にせず彼女が戻るのを待った。
けど待っても待っても彼女は戻ってこない。というかシャワールームはすぐ傍なのに人の気配が感じられなかった。
なんかあったのかって思って、俺はバスルームをノックした。一応ドアを開けて中も確かめる。が、誰も居ない。トイレも同様だった。
ベッドに戻ったが服は残っている。ソファーにはバッグもあった。だが肝心の彼女の姿だけがない。
そこら辺で思考がだんだんはっきりしてきて、彼女の姿が見当たらないのではなく、居なくなっている可能性を感じ始めた。
俺は意味もなく二度三度とバスルーム、トイレを見た。もちろん居るわけない。
それで探し尽くしてどうしようってなったとき、まだ見ていないところがあることに気がついた。
それはあのドレスをしまったクロゼットだ。クロゼットは人ひとりが入れるスペースがぎりぎり空いている。
それを思いついたときはもう祈るばかりだったよ。見つかってくれ。悪戯であってくれって。
クロゼットの扉に手をかけて、俺は一気に扉を引いた。
彼女の姿はなかった。
なぜかあの赤いドレスも消えていた。
そして誰の声かわからない。けど確かに聞こえた。
変に高い女の笑い声が耳元で聞こえてきた。
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