第4話 旧M邸(2/2)
男子三人は家の中を、私とC子は外の散策。私達は庭とかをぐるーって見て回ったけど、やっぱり生活の跡がほとんどない。見つけたものって言えば裏口の洗濯機と錆びたトラックくらいだった。
それで二人で中の男子を待ってるときね。C子が洗濯機を指差して「これ使えるのかな」って言い出したの。
「何で」って私が聞いたら「靴下が汚れちゃって」って言って足を出した。見たらくるぶしの辺りに緑色っぽい泥みたいなのがついてた。
あーあ汚しちゃって、って笑おうとしたらC子は私の足元を指差した。見たら私にも同じ泥がついてたのね。
あれは泥が跳ねたというより、泥のついた手で触られた感じの汚れ方だった。
当時は気にとめなかったけど今思えば変だったなって思う。だって靴には泥がないの。靴下だけなの。
それって靴を脱いで入った家の中でついた汚れってことでしょ?
神経質なとこがあるC子は「洗えないかなあ」って言って洗濯機をいじり始めた。本当なら帰ってからにしよって言うところだけど、何か気味悪い汚れだなって思った私も黙ってC子のすることを見てた。
そしたら電源が普通に入ったの。その洗濯機。
C子は嬉しそうな顔して私の靴下も一緒に洗濯機へ放り込んだ。そんで蓋を閉めたら水の出る音がした。「使えるみたいね」「よかった」とか言いながら、また他愛のないお喋りをはじめた。
けどしばらくして妙なことが起こったの。その洗濯機がね、いきなりガタガタと音を立てて震えだした。最初は古い洗濯機だしこういうこともあるかなって思ったけど、揺れはだんだんひどくなって、ちょっと普通じゃないくらい大きく横に揺れだした。
「これ壊れるんじゃない?」私がそう言ったらC子は焦った顔して洗濯機に駆け寄った。一応他人の家のものだしね。壊しちゃまずいって思ったんじゃないかな。
それで洗濯機を操作しだしたんだけど様子がおかしいの。洗浄が止まんなくて、相変わらず洗濯機はガタガタいってる。
やばいかもって思ったC子が洗濯機の電源ボタンを連打して、そしたらやっと止まった。私も隣で見てて「もう諦めよ」って言って、洗濯機の蓋を開けたの。
そしたらね。完璧に目が合った。洗濯機の中のモノと。
黒い藻が浮いた水溜まりの真ん中で瞳のない女がこっちを見上げてた。
目の部分はえぐられたみたいな空洞なんだけど、それでも私を見ていることはわかった。
それで歯がない口を開いて「ヒィゥェェェエェェ」みたいな声で鳴いた(叫んだ?)。この世のものじゃない感じの音だった。
私とC子は蓋も閉めずに叫んで後ずさりした。C子に至っては腰まで抜けてたみたい。土の上にへたり込んだまま洗濯機を見上げた。
そしたら蓋の開いた洗濯機の口から手が出てきたの。しわしわで、指先が緑っぽくて……いま思うとあれは爪先が腐ってたんだと思う。
それから湿った頭のてっぺんが見え始めたところで私達は泣きながら逃げた。正直全身がガタガタ震えて力なんて入らなかったけど、腰の抜けたC子を引っ張りながらとにかくM邸から離れたくて逃げた。
それからふもとの神社まで全力で走って、二人で境内の脇でぼろぼろ泣いた。
A君たちも全然戻ってこなくて、時計はなかったからわかんないけど、日がほとんど沈もうとしてた頃だったのは覚えてる。
それで帰ろうかどうしようかって頃にようやく男子が降りてきた。けど三人とも様子がおかしかった。
顔面真っ青にしたB君とD君がA君の肩を支えて、目に涙を浮かべてたの。
A君に至っては視線が定まってなくて「いかなきゃ」「いかなきゃ」ってひたすら呟いてる。それを見たC子がまた涙を流して泣き始めた。
何かあったのは聞くまでもなかった。けど何を言っていいかわかんなくて「洗濯機……?」って単語だけを言ったら、B君が首を横に振った。
そしてM邸の中で起きたことを途切れ途切れに話してくれた。
「俺とDは一階の和室にいて……Aは二階に行った。Aが降りてくるのを待ってしばらくしたらエアコンが勝手について、変な匂いの空気が出てきた。
古いからかな……って思ったけどなんかおかしくて、匂いが広がるにつれて周りからカリカリ、カサカサって音がしてきた。
なんかがたくさん近づいてくるみたいな感じでやばいって思って……二階にAを呼びに行ったら……」
ここで少し間が空いた。それからはもう言葉になってない感じの説明だったんだけど、私の理解できた限りではこんなことがあったみたい。
二人が二階へ行ったA君を呼んだけど返事がない。仕方なく二階へ上がると部屋はふたつあって、奥の部屋でA君はテレビを見てた。
その部屋にはテレビだけがあって、A君は瞬きもせずに画面を見ていた。
画面では頭の大きな子どもが二人並んで笑ってて、スピーカーからは日本語だかなんだかわからない歌? が流れてたそう。
テレビを食い入るように見てるA君はぜんぜん反応しないし、ガサガサって音もだんだん近づいてるから、二人はA君を引っ張ってここまで逃げた。その間ずっとA君は「いかなきゃ」って呟いてたんだって。
この時点でもう子どもだけで解決できる問題じゃないってわかった。私達はすぐさま一番近いB君の家に集まり、B君の両親にM邸であったことを話して泣きついた。
普通ならこんな話信じてもらえないところだと思う。けど私達五人の、特にA君の様子を見てただ事じゃないのを悟ったB君の親はすぐさま医者とお祓いのできる神主さんを隣町から呼んで対応してくれた。叱られたのはだいぶ後で、私達の様子が落ち着いてからだった。
翌朝になって、大人たちはさっそく神主さんを連れてM邸へ向かったみたい。それで夕方になって皆が戻ってから、私は神主に呼ばれてふもとの神社へ行った。
神社にはA君を除いた四人が集まり、村長さんまで来てた。いよいよ
私達はそこで神主さんにいくつか質問をされた。
「あの家には家電がいくつかあったでしょう。その中で触ったものはなんですか」
私とC子は洗濯機。C君とD君は何も触ってませんって言って、A君はたぶん二階のテレビってB君が答えた。
神主さんは少し俯きがちに頷いた。一緒にいた村長さんは少し青ざめた顔で話を聞いてた。
「なるほど。一階の冷蔵庫に触った人は」
それは多分誰も触ってないって誰かが答えた。誰だったかは忘れたけど、男子の二人のどっちかだった気がする。
そしたら神主さんはまた頷いて、あの家を調べてわかったことを私達に話してくれた。
「そうですか。
――君たちの入ったあの家はですね。人間が住むための家ではありません。家具のための家、とでも言うべきでしょうか。
家そのものは普通の家ですが、中の家具は大なり小なり怨念の篭ったものばかりが集められています。その念を家が閉じ込めているイメージですね。
自然に惹かれあって集まったものか誰かの意思で集められたものなのかはわかりません。しかし家のものの全てが、邪気の強いものに憑かれておりました。
特に二階のテレビと、リビングの冷蔵庫からはただならぬものを感じます。それらに触れていないのであればまだ当方の
そして神主さんは隣に置かれた紙袋に手を入れた。中からは私達がM邸の洗濯機に放り込んだ靴下が取り出された。
「この靴下はお二方のものですね。洗濯機の中に残っておりました。
診させていただきましたが、これはお返しするわけに参りません。こちらでお預かりしますがよろしいですね」
室内の明かりは薄暗くてよく見えなかった。けど私とC子の靴下に、なんか……髪の毛みたいなものがたくさん絡まってるのが見えた。
もう捨ててくださいって頼んだけど、普通に捨てても戻ってきますよって神主さんは微笑んだ。
笑い事じゃないって本気で思った。
「――Aさんは」
そして最後。ここに来てないA君の話に神主さんが触れた。
「Aさんがあなたがたの知っているAさんに戻るのにはとても長い時間がかかるはずです。しかし近いうちにAさんがあなた方をどこかに誘おうとすることが考えられます。あくまで可能性ですけれどね。
もしもそのようなことがあれば誘いを断って私に相談をしてください。いいですか。決して誘いに乗ったり彼に付いていったりしてはいけませんよ」
わかりましたね? って何度も念押しされてから私達は解放された。お祓いは近いうちにしましょう。安心してくださいって、最後は笑顔で見送られた。
それからね。私はお祓いをしてもらって、神主さんのいいつけを必死で守った。
神主さんからもらった霊の干渉を避けるとかいうお守りはもう肌身離さないようにして、身体もなるべく時間をかけて洗うようにした。いまでもこの習慣は染み付いてる。
それで……もしもA君が何かに誘ってきたら絶対断ろうって心に決めて過ごした。当のA君はいっつも上の空でぶつぶつとなにか呟いてる。人と関わることなんて全然しようとしなくなった。
それでもね。たまに独り言をやめて、私のことをじっと見てるの。こっちが視線を返すとそっと目を逸らすんだけど、A君が後ろにいるときなんかはいつも背中に視線を感じたりもした。
A君の身体を借りた何か別のモノが私を見てるみたいだった。
そのA君は程なくして転校。M邸も学校で呼びかけられるレベルの立ち入り禁止場所にされ、所有権も役場のものに変わって“旧M邸”と呼ばれるようになった。
だから今は旧M邸に立ち入る人は誰もいないと思う。それでも興味があるっていう人がいるなら……先に伝えておきたいの。
遊びで旧M邸に立ち入るのは絶対にやめなさいって。
洗濯がひとりでできなくなったりするから。私みたいにね。
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