瑠璃色の地球

麻生 凪

願い

天体観測の好きな友人から、LINEが来ていた。

・・・・・・・

《観 測 情 報》

ふたご座流星群

12月14日10時頃 極大

13日夜 観測条件良好

〜15日夜 (新月)にかけて良

・・・・・・・

今夜じゃないか……

午前1時、見上げると既に満天の星空。しかし、街中で流星観測は期待できぬ。

快晴だし仕事は休みだ。久しぶりに行くか。

この時間車は少ない、一時間程で着けるはずだ。


目指すは伊豆半島の大瀬崎。


車を走らせながら、FMラジオを聞いた。

ニュースでは今日もあの話題……

第3派襲来。一日の感染者数が、2千人を越える日があたりまえ。日本国内の、死亡者数は3千人に手が届きそうだ。医療現場が逼迫している。年末の帰省自粛が叫ばれていた。


ふと 彼のことが頭を過った。

夏に帰れなかった息子のことが……


・・・・・・・


7月初旬、東京にいる息子からLINEが届いた。この4月に大学に入学し、寮生活を始めた彼からの久しぶりのLINEだ。

引っ越した頃は週一で連絡があったが、生活に慣れたのか月をおうごとに減っていた。

そこには一言、「まだ、帰れないね」と書かれていた。


2020年。

コロナが拡大し始め、東京都民に外出自粛を呼び掛けていた3月下旬の土曜日。わたしは後ろの窓が隠れる程の引っ越し荷物を、後部座席を倒したワゴン車に積み込んで、朝6時、小雨の降るなか、前日から寮入りしている彼の大学に向かった。

天気予報では関東地方は終日雨だったが、現地に着く頃には曇り空になっていた。

到着予定時間を知らせておいた為か、寮の入り口で大きな台車と共に彼が待っていた。台車の後部には、黒マジックで◯◯大学と書かれている。

「借りといた。雨が降ってくるから早く入れちゃおう」

わたし達は大急ぎで作業を進めた。その為か、搬入から室内設置まで、思っていたよりも早く終えることが出来た。

「時間が出来たから何か食べようか」

幸い校舎内の食堂が営業していたので、そこに入った。

自動券売機で彼には大盛のカレーライスを、わたしはきつねうどんの食券を購入した。

食べながら、「今日はありがとう」と礼を言われた。


帰り際、「いよいよ東京暮らしだ。コロナが収まるまで帰れないね」と、息子。

「そうだな、収束するまでこっちで頑張れ。(地方に拡散させない為の)都民の義務だからな」と、わたしは答えた。

初めてのひとり暮らし。

彼にとっては喜びと期待よりも、コロナに対する不安の方がまさっていたようだ。

「大丈夫、夏までには収まるよ」とわたし

「うん、そうだね」と息子

「勉強頑張れよ」

「はい」

「何でもいいから 連絡はしろよ」

「はい、わかりました」

そんな会話をし別れた。


連絡がないのは元気でやっている証拠だ、と思っていた。しかし、明らかに彼のLINEには、淋しさが潜んでいる。

「まだ、帰れないね」

感染拡大している東京からの帰省を危惧する息子に対し、何て言ってやろうか思案していると、「でも大丈夫。寮仲間と楽しくやってるから心配しないで」と打ってきた。


既読表示から僅かな時間で、こちらの気持ちを読まれていた。


「ああ、楽しくやってるならそれでいい。今度、米でも送っておくよ。他に足りないものがあったら連絡くれ」とわたし

「わかった。おばあちゃんにも元気だよって言っといて」と息子。そのうしろに、大きな笑顔の顔文字。


息子の優しさと、成長が嬉しかった。


・・・・・・・


どんな状況であっても、正月は一緒に過ごしたい……

流れ星への願いは決まった。


たどり着いた海岸、もうすぐ午前3時。

今にも落ちてきそうな星達が、来訪を歓迎してくれた。

甲斐がある……

流星の放射点は、確かふたご座だったよな。

流れた、また流れた、まただ……

時間が経つのも忘れ、こどものように浮かれていた。


車に戻り時計を見ると、午前5時を回っている。

いっそ日の出も見ていくか……

車の中で、その瞬間を待った。


彼方の雲をオレンジ色に染めながら、辺りが白々と明けてくる……

来たっ!

生まれたての朝陽は、瞬く間に、その神々しい輝きを山々にそそぎ、海面に無数の宝石を敷く。

ふと脳裏に、あの、レジェンドの歌が聴こえてきた。


* * * * *


ガラスの海の向こうには広がりゆく銀河

地球という名の船の誰もが旅人

ひとつしかない

私たちの星をまもりたい

朝陽が水平線からひかりの矢を放ち

ふたりを包んでゆくの瑠璃色の地球


* * * * *


ひとりひとりの願いが、この地球ほしを生かしているのだと感じた。

星への願いは届くはず……

コロナ禍で戦い続ける、すべての人類に想いを巡らせ背筋を正す。スマホから流れる歌に、涙が溢れた。




ぼやける景色を胸に刻んだ。


・・・

松田聖子「瑠璃色の地球」より一部引用

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