転生管理センターの野望

船上机

転生管理センターの野望

 荒上ダイキが異世界転生を果たしてから、十数年の歳月が経過した。彼は異能の力を駆使して、艱難辛苦の末に魔王軍を打ち破り、世界を救った英雄として世にその名を轟かせた。今ではかつてのパーティ仲間でもある大国の第一王女と婚約し、次期国王の有力候補に挙げられるほどまでに出世を果たしている。


 傍目には順調に見えるダイキの人生だが、その心中では、最近密かな葛藤が生じつつあった。その葛藤は、王家の一員に加わる条件として先週、国教の洗礼を受けた事に由来する。その宗教はこの異世界では一般的に普及しているもので、当然ながらその教義は彼が転生前に所属していた団体のものとは全く異なる。


 今までは深く意識したなかったその事実が、洗礼を受けて以降、急速に彼の脳裏で印象を強めていた。もっと具体的に言うと、ダイキは彼自身がその国教について何らかの違和感を抱いていることに気付いたのだ。最初は自分でも説明できなかった違和感ではあるが、記憶を辿るにつれ、やがてその正体に気付いた。彼がその国教を、かつて所属していた宗教団体、つまり「転生管理センター」を運営し、自分をこの世界に送り込んだ教団と無意識のうちに比較していたことに。



 ダイキのペンダントが振動を始めたのは、それに気付いて間もなくのことだった。そのペンダントは転生直後から所持していた物で、「転生管理センター」の運営教団らしき紋章が刻まれている他は何の効果も見られなかった。現在に至るまで何となく装備し続けていたが、こんな反応をするのは初めてだ。


 彼がペンダントを手に取ると振動は止まり、先端部分から光が伸びて周囲に拡散した。そして光の中心に、とある人物のホログラム映像が浮かび上がる。

「もしもし、荒上ダイキさんですか?」

 声を聞いたのは十数年ぶりだが、その声と姿は忘れもしない。それは、転生管理センターで彼に転生制度をレクチャーしてくれた職員・リアンだったのである。


「リ、リアンさん?」

「やっぱりダイキさんですね!お久しぶりですー!」

 以前言葉を交わした時からかなりの年月が経っているというのに、リアンの外見と声には変化が見られない。おそらく天界では時間の流れが異なるのだろう。

「世界を救済された件、こちらでも聞いてますよ。おめでとうございます!素晴らしい功徳です!」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても、しばらく見ない間に立派になられましたね。送り出した側として、私も鼻が高いです」

「いやー、ははは……リアンさんこそお元気でしたか?相変わらず若々しくて羨ましいですよ」

「やだ、お世辞なんてどこで覚えたんですか?こっちは相変わらずですね__」


 2人は暫しの間近況を報告しあっていたが、やがてリアンの方が話題を変え、本題へと入っていく。

「ところでダイキさん、今回ご連絡したのは、我々の教義と異世界転生チャレンジ制度についてもう一度お伝えするためです」

「もう一度?」

「はい。前回の説明はもう何年も前ですから、ひょっとしたらお忘れかもしれないと思いまして」

 確かに転生管理センターで説明を受けた記憶はあるが、あの後色々あり過ぎたので、正直言って内容を覚えてはいなかった。

「……お願いします」


「それでは説明いたします。まず私達の教義についてですが、簡単に言うと今までに積んだ功徳の量に応じて転生を繰り返し、まずは天界、最終的には解脱を目指すというのが目標になります。そして「異世界転生チャレンジ制度」というのは、若いうちに亡くなってしまった方を対象とした制度で、肉体と記憶を保ったまま異世界に転生し、天界の加護を用いて災厄を打ち払うことで功徳を積むというのが大まかな目的になります。ダイキさんはこの制度を活用して、そちらの世界に転生されたわけです。どうですか、ちゃんと覚えてました?」


「いや……半分くらい忘れてました」

「まあ、色々苦労されたでしょうから、仕方ありませんよ。それでダイキさんの現在の功徳ですが、平均的な方が一生かけて積む量の10倍以上貯まってます!これなら天界行きも夢ではありませんよ!」

「な、なるほど」


「次の転生が楽しみですね!……ただし」

 弾んでいたリアンの声が、急にトーンダウンする。

「私達の団体に所属し続けるなら、の話ですが」

「!」

 気にしていた点をいきなり突かれ、背筋をびくりと震わせるダイキ。

「聞いてますよ。先週、そちらの世界の現地教団さんの洗礼を受けたんですよね」

「いや、それは……」

「誤解なさらないでください。今さら宗旨替えは許さない、などと言うつもりはありません。どんな世界でも信仰の自由は保障されるべきですからね。ただし以前も言った通り、所属団体を変更した時点で、今までこちらで積み重ねてきたキャリア、具体的には功徳量は全てリセットされます」

「……と言うことは」

「ご安心ください、ダイキさんの功徳はまだリセットされた訳ではありません。信仰を変えたかどうかの判定は、その人の死亡時点で判断されますから。我々の業界の不文律です」

「……」

「大丈夫です!ダイキさんはまだ長い間そちらの世界に滞在するでしょうから、信仰については生きてる内にゆっくり考えてください。勿論我々は、貴方の結論に文句をつける事はありません。まあ私個人としてはうちの教団に所属し続けてほしいし、できればそちらの世界で教義を広めたりしてほしいと思ってますけど。……それでは、そろそろ時間なので失礼します。連絡が取りたい時は、いつでもこのペンダントを使ってくださいね。それでは!」


 そう言ってリアンは通信を切り、ペンダントの光は消えた。会話が終わった後も、しばらくの間ダイキは沈黙したペンダントを眺め、思いを巡らせ続けていた。



 ダイキとリアンのペンダント越しの会話から、更に10年ほどの歳月が流れた。その間にダイキは国王の座に就き、その権力体制を盤石なものとしていた。平和を維持し続けていることで国民からの支持は過去に類を見ないほど高く、後嗣として産まれた彼の子供達も元気に育っている。もはや誰の目から見ても順風満帆そのものの人生ではあったが、ダイキの心の奥底では、未だにあの時のリアンとの会話が尾を引き続けていた。自分の人生と信仰に関する問題。10年来悩まされ続けたこの難題に、彼の頭脳は最近ようやく整理をつけつつあった。そしてある時、決意と共にダイキは再びペンダントに触れた。


「__もしもし、ダイキさん?」

「リアンさんですか?お久しぶりです、ダイキです」

「その声は、本当にダイキさん!またしても少し見ない間に貫禄がついちゃって〜。王様になったと言うのは本当だったんですね!」

「いやいや、相変わらずリアンさんはお変わりないようで。それより」

 ダイキは単刀直入に切り出した。

「色々と考えたのですが、、リアンさん達の団体に戻りたいと思っています。それから、そちらの教義をこの世界でも広めていきたいです。協力してくれませんか?」

「え……それって、本当に?」

「はい」


 人生も後半に差し掛かり、引退後の生活や次の世代への引き継ぎを考え始めたことによって、ダイキの宗教観にも変化が生じ始めていた。そもそも、人は何故宗教を求めるのか?理由は幾つか考えられる。人生の指針の確立。生活や精神の安定。そして、死後の救済。この一番最後の理由について、ダイキは既に「転生」という形で恩恵を得ていた。その時点で、この世界の他の人々よりも遥かに恵まれていたことに長い間気付いていなかった。


 勿論、この世界の現地宗教の教えだって立派なものではあるし、死後の救済も何らかの形であるのかもしれない。だが転生を実体験してきた後では、どうしても魅力は薄れてしまう。数多な異世界を跨いで存在し、異世界転生までさせてくれる団体とローカルな宗教では、説得力が違いすぎるのだ。


 考えてみれば、自分がこの世界で第二の生を満喫し、ここまで成功できたのは偏に「転生管理センター」のお陰だった。その恩は計り知れないと言っていいだろう。そんな彼らに恩返しするのは人として当然のことだ。それに、この世界でできた家族や仲間、国民達のこともある。教えを広めることで皆んなが転生のチャンスに恵まれ、来世でも繋がりができるかもしれない。良いこと尽くめではないか。これが、今のダイキの正直な想いだった。


「あ、ありがとうございますっ!ダイキさんならそう仰ってくれると信じてました!それでは早速経典と、専門の者を何人か派遣しますね。分からないことがあれば何でも聞いてください!」



 それからの流れは早かった。翌日には異世界からその道のプロである僧侶が数人派遣され、綿密な計画の元に布教を開始した。突然の文化侵略とも言える事態に異議を唱える声は少なからずあったが、ダイキ自身が先頭に立って精力的に布教を始めたため、反対派の意見も次第に小さくなっていった。


 そして数年後にはダイキの国の国教はそっくり入れ替わり、立派な寺院も国のあちこちに建設された。中世ヨーロッパ風の街並みにはそぐわないのではという懸念もあったが、以前からダイキの趣味で和風の文化を色々と持ち込んでいたため、思ったよりも違和感は少なかった。


「……これで良かったんだよな」

 和風と洋風の建物が入り混じる街並みを見下ろしながら、ダイキは1人呟く。ひょっとしたらこの展開は、最初から全て転生管理センターの、ひいてはリアン達の狙い通りだったのかもしれない。だが、例えそうだったとしてもダイキの心は晴れ晴れとしていた。彼の行動は、間違いなく人々を幸せにし、世界を良くするものだと確信していたからだ。


 こうして転生管理センターは、その勢力をまた少し広げた。

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転生管理センターの野望 船上机 @akajei774

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