こちら転生管理センター

船上机

こちら転生管理センター

「こちらは転生管理センターです。皆さま、長らくの旅路お疲れ様でした」

「名前を呼ばれた方から順番にお手続きしますので、そのままお待ちください」


 荒上ダイキは聞き慣れぬ声と明るい光の中で目を覚ました。どうやら眠っていたようだ。でも、ここはどこだ?ダイキは自分の様子を確認する。赤茶色の半纏のような見覚えのない服を着ているが、財布や携帯などは持っていない。靴も履いていないが、床が全面畳敷きなので違和感はない。今の体勢から推測するに、どうやら畳の上の低いテーブルに突っ伏して眠っていたようなのだが、ここがどこなのかも、ここに来た経緯も思い出すことができない。


 しばらく考えても分からないままなので、ダイキは一旦思考を中断し、周囲を見回してみる。一言で言うとそこは、スーパー銭湯の座敷エリアを広大にしたような空間だった。等間隔に机と座椅子が並べられ、大勢の人間が体を休めている。その多くは彼と同じく、自分の状況を把握できていない様子だ。更に周囲を観察するうち、ダイキはもう一つ発見をした。ここにいる人間の年代はお年寄りが多数を占め、彼のような若者はかなり少ない。


 ……やっぱりここは巨大な健康ランドか何かで、遊びに来た俺は座敷エリアで眠り込んでいる間に記憶喪失になってしまったのか?そんな仮説を組み立て始めていたダイキは、やがて部屋の壁に設置された巨大な板に目を留める。それは木製の掲示板で、数字と人名が書かれた木札が数字順に並べられていた。木札は数百枚もあり、この場にいる全員の名前が書かれているようだ。探してみると「荒上提樹」の名前も132番にあった。


 しばらくすると、一番上の木札に書かれている名前がアナウンスで呼び出された。直後に一番上の札は消え、2番の札が上にスライドして1番に繰り上がる。空港の出発ロビーにある、フライト情報が載っている電光掲示板を思い出すが、これは明らかに電光ではなさそうだ。どういうカラクリなんだろう。


 他にやる事もないので、ダイキは掲示板をずっと眺めていた。すると、掲示板が更新された瞬間、前方に座っていた人が光に包まれ上空に昇っていくのが見えた。つまり、カウントダウンが0になるとこの部屋から出られるのだろう。彼は納得すると、それ以上疑問を追求する気もなくなった。ダイキは他の人々同様に穏やかな気持ちで順番を待ち続け、やがて彼の札が一番上に到達した。すると間もなく「荒上ダイキ様」とアナウンスが流れ、同時に木札が消滅し、彼の体も光に包まれ上昇していった。



 気付けば、ダイキは小部屋に通されていた。先程の部屋と同様の和風スタイルで、床は畳張りで柱は木製、部屋の奥には床の間まである。そして部屋の中央には、真新しい事務机とオフィスチェアが堂々と鎮座していた。一見不釣り合いに思えるが、机も椅子も落ち着いた茶色に統一されているのでそれほど違和感はない。ダイキは手前側の椅子に座っていたが、机を挟んだ反対側に座っているのは和服を着た妙齢の女性だった。スーツを着ていれば大企業のOLとしてバリバリ仕事をしていそうな雰囲気である。


「荒上ダイキさんですね、こんにちは。転生管理センターのリアンです」

 女性はタブレットのような木製端末を片手に、事務的に話しかけてくる。端末の画面にはダイキの顔写真と経歴らしき文章が写し出されている。

「ど、どうも。その転生管理センターとかいうのがここの名前なんですか?」

「おや、まだ記憶が戻ってないようですね。では落ち着いて聞いてください。荒上さん、あなたは先ほど亡くなりました」

「…………は?」

 その言葉を聞いた瞬間、ダイキの頭はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。同時に、意識の底に沈んでいた記憶が続々と脳内に逆流してくる。


 初めての海外旅行。激しく揺れる飛行機。回転する視界。そして……

「思い出されましたか?」

「…………」

 ダイキが黙りこくっていると、リアンの口調が少しだけ柔らかくなる。

「お気持ちが落ち着きましたら、今後の手続きについてお話ししますね」


「大丈夫です、続けてください」

「では」

 リアンはダイキに向き直り、話を再開した。

「ダイキさん、私達が属する団体の教義について、具体的には死後にどのような経過を辿るのかご存知ですか?」

「すみません、全然知らないです」

「お若い方なら無理もありません。簡単に説明しますと、今までに積んだ功徳の量に応じて転生を繰り返し、まずは天界、最終的には解脱を目指すというのが目標になります。ダイキさんの転生記録を確認しますと、天界までにはもう少し功徳を積む必要がありますね」

「はあ」

 ダイキの宗教知識はうろ覚えだが、確かにそんな感じだった気がする。


「……と、ここまでが一般的に知られている情報ですが、実はまだ続きがあります。ダイキさん、あなたはチャレンジ制度の対象者に選ばれました!」

 今まで重々しかったリアンの口調が突然明るくなる。

「へ?」

「こちらをご覧ください」

 リアンが木製タブレットを高速で操作すると画面が切り替わり、カラフルな画像が表示された。見出しには「異世界転生チャレンジ制度」という文字が大きく書かれ、その下には若い男女が笑顔でガッツポーズしているフリー素材っぽいイラストが載っている。町内会で配られていたチラシそっくりだ。


「何ですかこの……これは?」

「見ての通り、異世界転生チャレンジ制度です!」

 急にハイテンションになったリアンが説明を開始する。

「この制度は不幸にも若いうちに亡くなってしまい、功徳を積む機会を奪われた方々を対象にスタートしました。貴方には今の肉体と記憶を維持したまま、生前とは別の世界に転生してもらいます。転生先の世界では、一般に魔王と呼ばれるような存在や、天変地異といった災厄によって人々の生活が脅かされている事でしょう。そこで貴方は災厄を取り除き、世界に平和を取り戻すのです!」

「は、はい」

 リアンの熱い解説に圧倒されるダイキ。

「当然私達も支援致します。超人的な力を得ることができる天界の加護を貴方に授けましょう。もちろん悪用されたら困るので、使用には制限がありますが」


「人々は平和を取り戻し、貴方は大きく功徳を積む事ができる。正に一石二鳥!素晴らしい制度だと思いませんか?」

「うーん」

 話を聞く限りでは確かに素晴らしい制度のようだが、素晴らしすぎて逆に怪しく思えてくる。

「その、使用に制限があるっていうのは具体的には?」

「制限は授けられた能力によって様々です。一定の発動条件があったり、常時発動の代わりに代償があったり。この制度も大局的に見れば修行の一環ですので、当然楽なことばかりではありません。むしろ最初のうちはかなり苦労することの方が多いようです」

「じゃあ俺の能力って何なんです?その言い方だとまだ決まってないとか?」

「はい。貴方の行く世界や能力は転生時に決まります。申し訳ないのですが現段階では私にも分かりません」

「そうですか」

 やっぱり美味しい話ばかりではないか。選択権が無いのは正直不安だ。


「他に何か質問はありますか?」

「野暮なことかもしれませんが、言語の問題は大丈夫なんですか?」

「そこは心配ありません。貴方が今使っている言語と同様の言語を使う世界が選ばれるよう設定されています。無数に広がる三千世界を観測する無量演算機「那由他」を信じるのです」

「なるほど。ちなみに転生で生前の世界に戻ることは可能なんですか?」

「残念ながら私達の教義では、元の世界に元の肉体で戻るのは不可能です。万物は常に流転していますから、最低でも世界と肉体のどちらかを変える必要があります。でも、他の団体なら元の肉体を保ったままの現世への復活も可能だそうですね。宗旨替えの手続きも可能ですが、その場合は記録がリセットされて一からやり直すことになります」

「いや、別に宗旨替えするつもりはないです。分かりました」


「それではダイキさん、どうします?チャレンジ制度を使いますか?」

「…………」

 今まで得られた情報を脳内で整理する。確かに心配な点はあるが、超人的な力を手に入れて異世界を冒険できる、という提案はたまらなく魅力的だった。海外旅行には行けなかったし、転生前に異世界観光をしたって文句は言われないはずだ。


 ダイキはリアンをまっすぐ見据えて言った。

「はい、使おうと思います」

「かしこまりました」

 答えを聞いたリアンは微笑みを浮かべる。

「異世界、楽しんできて下さいね。ああ、私の頃にこの制度があれば良かったのに。最近の若い子は羨ましい……ってすみません、今のは聞き流してください」

「いや別にいいですよ。この制度って最近始まったんですか?」

「そうなんです。とある世界の流行に上層部が便乗したみたいで。最近はどこの団体も、若者獲得のために色々キャンペーンを打ち出してるんですよ。競争は激しくなる一方です」

 どこの世界も世知辛い。


 リアンの話、というか愚痴を聞いているうちに転生準備ができたらしく、ダイキの体が光に包まれ始める。

「さあ、もうすぐ異世界に出発できます。転生先に説明書を送りますので、世界や能力の基本的知識はそちらをご確認ください」

「分かりました、色々とありがとうございます」

「あ、それから、もしも転生先で私達の教義が必要になりましたら、いつでも念じてくださいね。すぐに必要な物をお送りします」

「教義……ですか?」

「いえ、若いうちはお分かりにならなくても大丈夫です。向こうの世界で歳をとれば、いずれ分かってきますから」

「はあ」

「お待たせしました、準備完了です。また数十年後に、たくさん功徳を積まれた状態で会えるのを楽しみにしていますね」

「期待しててください。必ず世界を救って戻って来ますから」

 出発の時だ。ダイキの体は白い光に包まれて上昇し、新たな世界へと旅立っていった。

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