花火と神社と団扇と

綿貫 ソウ

第1話

 結局人生っていうのは、花火と神社と団扇だ。それ以外にとくに意味はないんだ。きっと。そう、私は思う。

 人生に花火と神社と団扇があれば、なんとか生きていける。たとえば社会に出て上司に理不尽なことをされたとき、花火と神社と団扇があれば、それだけで憂鬱はまぎれ、上司を殴らずに済む。すると会社ではいずれ昇進し、幸せな生活を送ることができる。

 つまり人生というのは十八までに、花火と神社と団扇をどれだけ集めることができるかだ。それで十八年間、今の今までその一欠片も持ってない私はもうたぶん、人生やっていけない。

 たとえば会社で上司に理不尽なことをされたらすぐ殴ってしまう。するとどうだろう。会社はクビになり、周りから社会不適合者扱いをされ、婚期は遅れに遅れ、そのまま孤独死してしまう。

 これではいけないと躍起になった今夏も、結局、庭の花と昼の神社とエアコンしか手に入れてない。これではいけない。やはり会社の上司を殴ってしまう。


 そんなことを考えながら日々を過ごしていると、いつの間にか高校生活が終わるところまできていた。

 なんだろう。この何も得てない感じは。ぽっかりとお腹の奥に空いた感じは。なんてことを卒業証書授与式中に思いながら、名前を呼ばれたので私は精一杯、返事をした。


「打ち上げまでが高校生だー」


 最後のホームルームが終わった。打ち上げには呼ばれてないので、いつも通り帰宅した。なんだかあっけなかったな卒業式。そんなことを思いながら晩飯を食べていると、クラスラインが盛り上がっていて、通知の音がうるさかったので退会しようかと思った。でもなんか名残惜しくて、通知オフにした。別に期待してるわけじゃないんだけど、どこかに所属していた証が欲しかったのかもな、ってことを家の猫に話すと彼女は嬉しそうにニャーとないた。何が嬉しいんだ、と私も泣いた。やっぱり記憶って大事だよな、とか、これからの人生それでやってけんのかとか、そういう言葉を自分から投げかけられて、何も言えなかった。 


 * * *


 自室で、進学先でやる勉強の予習でもしようか、なんて春休みの予定を決めようとして、やばいな、と自分で思った。優等生面するしかなかった自分の人生に引っ張られて、行動まで優等生になっていきそうだった。ほんとは勉強なんて大っ嫌いだし、ルールとかも投げ飛ばしたいし、盗んだバイクで走りだしたかったりする性格なのに。なんだか人生を、別人格に乗っ取られた気分だった。


 だからといってはなんだけど、この期間はアウトローなことをすることを決めた。中々化粧とかも頑張って、十八以降に花火と神社と団扇を手に入れるために、私は私なりに悪党になった。信号(夜人気のないとこで)は守らず、親が言う門限を破り、でもさすがに夜のゲーセンとかに行く勇気はなくて、毎晩近所の神社でスマホをいじることを日課にした。なかなかアウトローだぜ、とはさすがの自分でも思わず、なんだかいつも通りだなと思った。慣性の法則というか、生活の習慣というか、今までとなんにも変わらなかった。進む電車の中で、ぴょんぴょん跳ねている気分だった。


 何日か頑張ってホテル街を彷徨いたり、拾いそうになる空き缶を蹴っ飛ばしてやったり、暇すぎてランニングしたりしていると、いつの間にか三月も後半になっていて、いよいよ追い詰められた。


 そんなある日、神社の境内でいつも通りスマホをいじってると、誰かが近づいてくる砂利の音が聞こえた。闇の中からぼんやりと影が見えて、私は少し、いやだいぶ怯んだ。襲われるとか、変人だと思われるとか、とても頭がパニクった。


「あれ………………………清……香?」


 ふいな名前呼びに、さらに頭が白くなって溶けそうになって、前を見ると見知った顔がいて、頭が死にそうだった。


「タケル………くん?」


 暗闇から現れたのは、懐かしい顔だった。彼はずいぶんと背が伸びていて、大人っぽくなっていた。


「タケルでいいよ。中学んときもそうだったろ?」

「うん、そだね」

「ほんと久しぶりだよな」

「だね」


 足が速いタケルくん。中学のときの彼のイメージはそんな感じで、今も体育会系的な身体つきをしていた。彼は私と同じように石段に座り、ふっと息を吐いて、それなりに綺麗な冬の夜空を見上げた。


「それにしてもどしたんだよ、こんなとこで」

「いや、なんというか、その、暇つぶし、みたいな?」


 下手な言い訳、句読点だらけの声、ああなんか全部嫌いになりそうだなあ、と思いながら私は彼との思い出を引っ張り出して、眺めてみた。すると案外彼と接点があって、わりと仲良かったかもなんてことを思い出した。胸が少し、苦しくなる。


「清香は大学?」

「うん」

「俺も」


 二人で遊びにいったり、なんてことまではなかったけど、数人で遊んだ記憶はあった。彼はサッカー部で、キャプテンをやっていた。高校は県外のサッカーの強いところで、寮暮らしで俺朝起きれるかなーなんてことを話していた。

 

「タケルは帰ってきたの?」

「うん。いま帰省中。そんで懐かしいランニングコース走って、ここで休憩しようと思ってたんだ」


 それから何となく近況を話し合う雰囲気になって、私が高校で友だち一人もできなかったーなんていうと、彼は俺も、なんてこというから驚いた。


「俺もなんかさ、新しいとこで緊張しちゃって。結局、一人で生活してた。ぼっちってやつ」

「嘘でしょ?」

「ほんと」


 彼はよいしょ、と腰をあげて私の名前を読んだ。その呼び方がなんとなく懐かしくて、少し笑えた。案外覚えてることも結構あったりするなぁ、なんてことを考えながら、彼を見た。


「花火しようぜ」

「えっ……」

「暇じゃないのか?」

「いいけど」


 ちょっと待ってろ、と言われて、待っていると、どこからか自転車が走りだす音が聞こえた。あれ、っと思った。なんだか、不思議で奇妙な物語の主人公になった気分だった。たとえば勢いで書いた三文小説的な話のヒロイン、的な。まあヒロインになれるならいいけどなあ、と思いながらベテルギウスとか夜空の星を見ている間にまた、自転車の音が聞こえた。


「買ってきた」

「花火?」

「金なかったから線香だけど」

「ねぇ?」

「ん」

「どうしてか聞いていい?」

「なにが」

「どうして花火なの? 謎すぎない?」


 まるで、私の心が読まれてるみたいだった。顔に『花火したい花火したい花火したい花火したい花火したい花火したい花火したい花火したい花火』とでも書いてあったかな、とおもうくらい急展開だった。


「んー。まあ、俺が誰かと花火したかったからかなー」

「どうして」

「まあ、高校のうちにできなかったことの一つだからな」


 そっか。と返して、私は自転車を借りた。

 それで全力でこいだ。なかなかアウトローだぜ、と自分でも思った。彼一人神社に置いて、私がしていることはバカでアホで間抜けでしかない。利己的で非生産的だ。でも今までの人生で一番意味の分からない行動で、自分でびっくりしてることが面白かった。それから涙が出てきて、伝った涙が、風に乗って後ろに流れていった。もう、全力疾走だった。そして彼はやっぱり優しいな、と思った。


「ごめん、待たせて」

「おかえり。どした、めっちゃ息切れてるけど」

「ちょっと、買い物」


 私はスーパーの袋から二つの団扇を盛大に彼の前に出した。渾身のボケだった。彼はなんだよそれ、ってめっちゃ笑った。


「清香ってそんなバカだっけ」

「うん。ほんとはバカなんだ」

「なあ」

「ん」

「聞いていいか?」

「なに」

「どうして団扇なんだ」

「将来上司を殴らないため」


 それから私と彼は、暑くもない、むしろ寒い中で団扇を仰ぎ、身体を震わせながら花火をした。


「どっちが長く持つか競争な?」 

「なにか賭ける?」

「じゃあ俺が勝ったら、今度どっか遊びにいこうぜ」

「じゃあ私が勝ったら、来年の夏、花火みにいこ」


 火をつけると、線香花火がパチパチとちっこい火花を出して、それを私たちはじっと見守った。


「……………」

「…………………………あ」


 私の勝ちだった。やったと思ったけど、やっぱりなんだか充分な気持ちだった。


 左手には団扇、右手には花火、そしていま私たちは神社にいる。まだ私は十八歳だし、一応高校生とも言えるし、たぶんこれがあれば、将来上司を殴ることもない。


「やっぱ来年の夏の花火はいいや。……その代わり、また中学のみんなで遊びにいこう」

「おお……いいけど。どうして?」

「私、来年彼氏つくるから。タケルが出る幕はないの」


 私は強がって笑ってみせて、それがばれないように、必死に歯を食いしばった。これからの人生がどうとか、このままでいいのかとか、そんなこと、もうどうでも良かった。


「ありがと」

「なにが?」

「色々だよ」


 それから名残惜しかったけど、別れることになって、タケルが私を家まで送ってくれた。


「じゃあな」

「うん」


 それで私たちは別れた。


 * * *


 家に帰って、猫に「なんで花火断ったの」って聞かれた気がして、私は「色々あるんだよ」って答えた。猫を膝の上に乗せてなでなでしてると、猫が私の方を向いた。こいつはいつも可愛いな、と思いながら「彼が上手くやってないわけないでしょ」といった。猫は「なんでそれを……」というわけもなく、ニャーとないた。「好きだったんだ」と私も泣いた。


 ──一年前、中学の友達とばったり会ったとき、彼の話を聞いた。なぜなら私が彼を好きだということをみんな知っていたから。

 「これ見たい?」とタケルの幼なじみが、写真を見せてきた。そこには大勢の仲間とはしゃいでる彼の姿があった。なんかめっちゃ楽しいらしいよ、と幼なじみはいった。


 猫は嘘が嫌いなんだっけ、と猫に返答を求めると彼女はニャーとないた。私は好きだよ、と私はもっと泣いた。でもなんだか笑えたし、たぶんきっと人生なんとかなるし、将来上司を殴る日は来ないから、ハッピーじゃんとおもった。猫はニャーとないた。



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