光の歌の集い

長月瓦礫

光の歌の集い


その声は疲労がたまっている永瀬花梨の心によく響いた。

重い両足を必死で動かし、帰宅している途中だった。


人の歌声か動物の鳴き声か判断はつかない。

夜の鳥が舞い降りたように、彼の胸に落ちてきた。その声に釣られるままに、分かれ道を右に曲がった。


大きな公園があって、遊び場になっている。

遺跡の跡地か何かで、子どもの頃は夏休みの宿題のテーマにしていた。


昼間は家族連れでにぎわい、人が絶えることがない。

さすがに夕方を過ぎると、ベンチに子どもがぽつねんと座っているだけだった。


「おい、何やってんだ。こんな時間に」


花梨が声をかけると、少年は顔を上げた。

まっすぐ前を指さした。


池が広がり、対岸には林がある。

虫でも取りに来たのだろうか。


「そんなことしてないで、さっさと帰ったほうがいいと思うけど」


街灯があるとはいえ、周辺はそれなりに暗い。

人が隠れていても気づけない。


首を横に振り、終いには両手でさっと顔を覆って、泣きはじめてしまった。

言い方がきつかっただろうか。


「分かった、分かったって! 何か困ってるのか?」


声が人間のそれではない。

ようやく少年が人間でないことに気がついた。


「……本当に何やってんの、お前」


思わず隣に腰かけた。

言葉になっておらず、鳴き声のように思えた。

人の形をしているだけの正体不明の何かだ。

あまり関わらない方がいい。

理屈をすっ飛ばして、本能がそう言っている。


正直、目的のほうが気になってしまう。

人気のない場所で何をしているのだろうか。


「人を驚かすんだったら、こんなところにいてもしょうがないだろ」


首を横に振った。

こちらの話は通じているらしい。

何か別の目的があるようだ。


正体不明の何かはギターを取り出して、弾き始めた。

てか、何でそんなもん持ってるんだ。

闇と同化していて、全然気づかなかった。


弦を鳴らして音を奏でる。

なるほど、先ほど聞こえたのはこの音だったらしい。

暗闇に響く音は心地が良く、頑張っている姿もどこか微笑ましい。


「それ、貸してくれ」


何がやりたいのか、分かってしまうがゆえにもどかしい。

不思議そうにじっと見つめた後、一つ鳴いて貸してくれた。


少年の代わりに弾いてやる。

静かにじっと耳を傾けている。

嬉しそうに叫び、大きく拍手した。


「これでいいか?」


ギターを返すと、同じフレーズを繰り返す。

少しは理解できたのか、違和感はなくなっている。


何度か弾き続け、つまづいたところは教えてやる。

即興のギター教室が開かれていた。


「うん、いいんじゃないか」


完璧に引きこなす頃、9時を回っていた。

ギターの音が飛翔し、暗い公園に響く。

少年は嬉しそうに踊り、お辞儀をくり返した。


こんなに時間がかかるとは思わなかったが、充実感で満ちていた。

余韻に浸っていると、何かが弾けるような音が聞こえた。

紙吹雪が舞い上がり、二人の元に落ちる。


いつのまにか、少年と似たような子どもたちに取り囲まれていた。

似たような鳴き声で合唱し始め、花梨をじっと見つめている。


まさか、こいつら全員楽器持ってんじゃねえだろうな。

背中に冷たい物が走る。


「お邪魔しました!」


遺跡の由来は調べたはずだが、まったく覚えていない。

何かの舞台にでも使われていたのだろうか。

闇に浮かぶ両目に見送られながら、夜を飛翔するように逃げた。


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光の歌の集い 長月瓦礫 @debrisbottle00

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