23 大食堂中年班長集合計画

――此処はIMRO中央棟大食堂。中央棟喫茶スペースでの会話から翌日、そこにはエドワードとベルハルト・ロッソの2人がいた。


 エドワードとベルハルトは大食堂中央付近の席に着いているのだが、2人の醸す殺伐とした雰囲気の為か、周囲には座席で数えて3名分ずつ程の空きスペースを作りあけまていた。


「……ベルハルト」

「……はい」

「……協力してくれ」

「……主語が抜けてます」

「……ここでは言えん」

「……では何故大食堂ここで?」

「……ああ、そうだな」


 恐らく会話というものは、本来こういうものではないはずだ。


「家族の待つお前に頼むのは申し訳ないが、今日の仕事が終わったら少し時間をくれないか?」

「……それはエドさんも同じでしょう……わかりました。構いませんよ」

「すまない……恩に着る」

「ええ……」


 実に最低限の会話を終えた2人は、黙々と食事の続きを再開した。

 2人に最も近い席にいた別棟の研究員達は、自分達のコミュニケーション能力が少なくともこの2人よりは高いことを確信した。

 もちろん、2人には口が裂けても言えない訳だが……。


「お、お前ら2人でメシなんて珍しいじゃないか、俺も混ぜてくれ」


 沈黙と殺伐が支配する空間に、2人も良く知る人物が現れた。


「……マシューか」

「……マシューさん、俺の隣で良ければどうぞ」

「おうベルハルト、悪いな」


 試験室整備士テストルームエンジニア班長マシュー・ミハイルセンは、山盛りのオムライスが乗ったプレートをテーブルに置くとベルハルトの隣へ座り、ガツガツと食べ始めた。


「オムライスですか、そんなメニューあったんですね」

「ん? ああいや、メニューには無ぇんだけど、調理場のオバちゃんに頼んで作ってもらった。最近うちのガキどもとハマっててな。めちゃくちゃ美味ぇぞベルハルト、お前も一口食うか?」


 やたらと大きなスプーンに乗ったオムライスを、マシューはベルハルトの顔の前に差し出した。


「あ、あの、いえ……大丈夫です」

「ほうか? なら食っちまうぞ……モリモリ、モグモグ……っか〜! 美ん味ぇ! あのオバちゃん天才かよ! 後で作り方聞いとかねぇとだなこりゃ」

「……丁度いい、のか?」

「あ? なんだよエドワード、オムライス食いてぇのか?」

「いや、違う」

「お? じゃあなんだよ」

「マシュー、今日の帰り、少し空いてないか?」

「ん? 今日の帰り?」


 マシューはあっという間に山盛りだったオムライスを平らげ、1リッターは入っているであろう牛乳を一気に飲み干すと、エドワードに続きを促した。


「なんの用だ? なんか重要なことなのか? 今日は帰ったらガキどもに魔法の訓練してやる約束があるんだよ」

「いや、無理にとは言わん。別の日でも構わん」

「……もしかして最近大将ティエラ達とコソコソやってることに関係あんのか?」

「気付いていたか……まあ、そうなるな」

「……そういうことですか」


 マシューは食器回収ロボットにプレートを渡すと、対面に座るエドワードに身を乗り出し、小さな声で質問した。


「そりゃ班長クラスなら気付くさエドワード、それでこの間大将とノアがやらかしたニュースのウラも教えてくれんのかよ?」

「……まあ、それはお前の返答次第というか……だな」


 マシューに続いてベルハルトも身を乗り出してエドワードに質問をした。


DEうちの研究員が少しずつ減ってることや、どうでもいい試験テストを繰り返していることもですか?」

「ベルハルトも思ってたのか、やっぱそうだよな」

「……試験テストはどうでも良くはないと思うが……まあ、それも返答次第だな」


 再び席に着いたベルハルトとマシューの2人はお互いの顔を見合わせ、逆にこの話を聞いてみなければ気が済まなくなっていた。


「……ガキどもには悪いが、訓練はまた今度だな」

「俺も是非聞きたいですね」

「……さっきも言ったが、あくまで返答次第だ」

「わかったぜ。それじゃあ帰りにな。犬の世話が気になるからってお前が忘れて帰んなよ」

「わかりました」

「あ、牛乳もう1杯くれ! おかわりだ!」


 マシューが混ざったことにより、気が付けば3人の周りは普段通りの大食堂の喧騒に戻っていた。



◆◆◆◆◆



 ――その日の終業後、第3試験棟管理室フェアヴァルタールームから出て来たティエラにエドワード、ベルハルト、マシューの3人は出くわした。


「あら、3人一緒なんて珍しい……のかもわかんないけど」

「ハッハッハッハッ! なんだそりゃ大将よ」


 マシューは笑いながらティエラの肩を遠慮なくバシバシと叩いた。


「ちょっと痛いわよマシュー! あといい加減その大将っていうのやめてくれる? 主任て呼ばれるより嫌だわ」

「なんでだよ? 大将はここの大将なんだから大将だろ。なんか間違ってるか?」

「……やっぱりもういいわ。好きにしてちょうだい」

「言われなくてもそうするぜ」

「はぁ……で、こっちになんか用でもあるの?」


 ティエラはただでさえ、恐らく珍しいと思われる3人組が、管理室フェアヴァルタールームになんの用事があるのかを尋ねた。

 するとエドワードが、ティエラをベルハルトとマシューに聞こえない程度の距離まで連れていき、その理由を伝えた。


「ちょ、ちょっとなによエド」

「いいからこっちに来い……いいか、管理室フェアヴァルタールームなら班長以外は許可なく入室出来ない。わかるな?」

「へ? あ、ああ……そっか、なるほどね。わかったわ。好きに使ってちょうだい」

「もう誰もいないよな?」

「ええ、私で最後よ」

「そうか、ならばいい」


 ベルハルトとマシューの2人は、ティエラとエドワードの様子を訝しみながら見ていたが、話を終えたと見るや、マシューが2人に声を掛けた


「おーいエドワード! 再婚すんなら大将はやめとけ! 命がいくつあっても足んねぇぞ! ハッハッハッハッ!」

「マシュー! あんた本当にぶった斬るわよ!」

「うお、怖ええ! な? エドワード! 嫁は優しい女に限るぜ! ハッハッハッハッ!」

「あ、あいつ本当にバラバラにしてやろうかしら」

「まあ落ち着け、マシューはああいう奴だが悪い人間ではない」

「あれが悪い人間じゃなかったらなんなのよ! セクハラよあんなの!」

「……とにかく場所は借りるぞ」

「はぁ……はいはい、なんか最近5分に1回は溜め息吐いてる気がするわ……」


 肩を落としたティエラだったが、そんな班長や研究員達の大半を集めたのもまた自分であることに思い当たり、再び大きな溜め息を吐いた。


「はぁ……やっぱり人間は仕事の出来だけで選んじゃダメね」

「ティエラ……そう溜め息ばかり吐いていては本当に誰からも……」

「エド、その続きを言ったらあんたもマシューと一緒に仲良くバラバラにしてやるからね」

「む……ネーヴェが待っているんじゃないのか?」

「チッ、あなた最近かわし方が上手くなってきたわね。ムカつくったらないわ。ふん! じ・ゃ・あ・ね・!」

「ああ、またな」

 

 ズカズカと大股で歩いていくティエラの背を見送り、エドワードは独り言ちた。


「……このままだといつか本当にバラバラにされかねんな。気を付けるとしよう」

「あ痛っ!」

「どかないあんたが悪いのよ!」

「ひでぇな大将」

「じゃあな。ティエラ」

「……マシューがいるとあんたがまともに見えてくるわ。それじゃあまた明日ね」

「おいおい大将! 俺には挨拶してくれないのか!?」


 ティエラは親指を下に向け、挨拶の代わりとした。


「なんだよありゃ、今日日誰もやんねぇぞ。ハッハッハッハッ!」

「……行きますよ。マシューさん」

「おう。そんじゃあ、色々と聞かせてもらうとするかな」

「ええ、そうしましょう」


 

◆◆◆◆◆



 管理室フェアヴァルタールームに入り、適当な席にエドワードと対面になるように座ったベルハルトとマシューは、2人に協力して欲しい内容についてなんの前置きもせずに語り始めたエドワードの言葉に驚愕していた。


「おいおいエドワード、お前本当に言ってんのかよ」

「空間魔法なんて本当なんですか? ネーヴェとは良く一緒になりますが、そんなことは一言も……」

「……事実だ。さあ、どうする?」

「いやお前、どうするったってよ…………ベルハルトはどうすんだよ」

「……俺はその話乗りたいですね」

「本当かよお前、こんなアホみたいな話を信じるってのか」


 ベルハルトは腕を組み、少々間を置いてから続けた。


「エドワードさんが今ここで嘘をつかなければならない意味がわかりません」

「いやまあ、そりゃそうだけどよ……」

「ベルハルト、ありがとう」

「いえ、ですが……1つだけ条件というか、確認なんですけど」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「家族や知り合いに害は無いんでしょうか?」 


 所帯を持つ者として、当然エドワードとて予想していた質問ではあったが、結局その事に関しては絶対に保証できると言えるものは、未だ何1つ無かった。

   

「それなんだが……正直に言おう。安全を保障は出来ない。今のところノアと道場での件以外の被害は無いが、今後どうなるかはわからない」

「そう……ですか」

「……ああ」


 その場を重たい沈黙が支配した。エドワード自身も1人娘がいる。

 今となっては成り行き上仕方無いが、予め家族に危険が及ぶかも知れないと言われていたら、どういう決断をしたかはわからない。否、断る可能性の方が格段に高かったであろう事は明白だった。

 乗りたいと言ってくれたベルハルトだが、その意見を即座に翻したとしても、何も文句は言えない。そう覚悟していた。


 だがその時、思わぬタイミングで会話に入ってきた者がいた。


「その話、僕は乗りますよ。それと、メンバー全員の家族の護衛、それも本人達にはわからないよう秘密裏に出来ます。どうですか?」

「……グスタフ……お前何故ここに?」

「いえ……ね。何やら最近ティエラ達の動きが怪しいので、僕なりに色々と探っていたんですよ。そしたら……やはり……ってとこですね。エドワードさん」


 自動扉の音がしなかったということは、どうやらグスタフは最初からこの部屋にいたということらしい。


「おいおいグス坊、盗み聞きとはタチが悪ぃな」

「これは失敬。ですがマシューさん、ご家族の安全が保障されるならやぶさかではないはずですよね。違いますか? それにエドワードさんやベルハルト先輩にとっても……のはずです」

「グスタフ……お前どこまで知っている」

「まあまあエドワードさん、そこは想像にお任せしますよ」

「ハイスタイン家の情報網か、さすがは名家……と言ったところか」

「ええまあ、ですがもちろん僕だって全てを知っている訳ではありません」


 ティエラが座る席の更に後ろから、大モニター付近に座っている3人にゆっくりと近付きながら、怪しい微笑みを浮かべたままグスタフが続けた。


「ただ、協力を約束すればちゃんと全て聞かせていただけるんですよね。エドワードさん?」

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神界のティエラ 大志目マサオ @Masao_Oshime

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