1-4 霧の外
ホダカとリョウギはそれぞれスクーターとバギーを走らせる。
両脇を走っていた建物群を抜け、街を出た。舗装された道を通り、建物に代わって左右には荒れた地面を走る。まだ霧がある区間で直射日光が当たらないので植物が育っていないのだろう。少しずつ霧が晴れ、そして遂に霧を抜けた。
「うわっ」
「うおおおおおおおおおおおおおお」
ホダカは驚きの声を、リョウギは感動の声を同時に発した。
カンカンに照り付ける太陽、左右には打って変わって草原が広がった。
二人は思わずそれぞれブレーキをかけて止まる。
「私、直接太陽見るの5年ぶりかも」
「俺は生まれて初めてだ」
霧に包まれたスゴロクではすべてが街の中で完結していた。そのためわざわざ外に出る人は少ない。ホダカは昔行われた街外学習依頼の日光を堪能した。
「にしてもいいなぁ外は。霧が無いのが一番いい。めちゃくちゃよく見えるぜ」
小型バギーからリョウギは見える限り周辺を見渡していた。
「ホダカの美人な顔も、霧が無くなると良く見えるぜ」
「タイミング、セリフ選び、合わせて5点だ。当然百点満点中な」
「おいおい、ひどくね?」
「たまにはそのセリフをレイに言ってあげてよ。今までにない反応が見られて楽しいと思うよ」
「ネコのアバター口説いてどうすんだよ…。最近じゃアバター同士で恋愛する奴もいるらしいが、俺は無理だね。否定もしねぇし、止めろとは言わねぇが、俺は無理」
二度も言うあたり、どれだけ自身に合わないかがわかる。
「あたしも無理だなぁ。自分の身で体験したいと思っちゃう」
「そりゃそうだろうな、ホダカはまだまだベイビーだ」
「隙あらばすぐに口説くな、リョウギは」
「そういうつもりじゃねぇよ。…さて、ぼちぼち行きますか。こいつの調子にも慣れてきたし、もう少し飛ばしても良さそうだ」
リョウギは乗っている小型蒸気バギーのアクセルを軽くひねる。小気味良いエンジンの駆動音が響く。
リョウギが載っているのはスゴロクで流行している一人乗り用の四輪車両だった。入り組んだ道が多いため小型車両が好まれるため、スゴロクでの移動手段としてはメジャーなものだった。
街中を走っているときは結構ゆっくりと走っていたが、街を抜けてからは少しずつスピードを出していた。慣れていないからスピードを落としていたというよりも警戒しながら走っていたのでゆっくりだったという方が合っている走り方だった。
「目が悪いからバスで通学していると聞いていたけど、大丈夫?あと三十分くらいはかかるけど」
「あぁ、霧が無いから問題ねぇ。色のせいで酔う事も無さそうだし、最高の気分だ」
そう言うと先行してリョウギがバギーを走らせ始めた。
ホダカはおいて行かれない様に並走する形でスクーターを走らせる。
「なぁ、ホダカ。お前って霧は何色に見える?」
「ん?それは白だろ。路地とかだと灰色に見えないこともないけど」
「俺はな、霧が白以外の色に見えるんだ」
「え?」
「斑色というか、極彩色というか、とにかく吐き気がするような色に見えるんだよ。インクを混ぜてごちゃごちゃにしているのに混ざりきっていないみたいな感じだ。霧以外は普通に見えるんだけどな」
おかしなことを言う、ただ目が悪かったり色盲でもそう映ることはないだろう。
「頭でもおかしいのか?」
「かもな!だから今の景色は最高だぜ!全てがクリア、オールグリーンだ」
変なことを言っていると思う反面、リョウギのこの喜び方、反応は本当の事を言っているようにホダカは感じた。
普段スカした態度を取ることが多い彼だ。今は年相応の、はしゃいだ姿を見せていた。
普段からこういった一面を見せていればもっと友人が出来るのでは?と思うが同時に無理だろうと私は思った。
クラスでもアバターを使わずに登校している唯一の二人だ。周囲から奇異の目で見られて然るべきだろう。
せっかくの機会なので訊ねてみることにした。
「ねぇリョウギ、クラスの皆の事ってどう思う?」
「気持ちわりぃ!」
正直にストレートな評価だった。
「アバターのせいだろうけどな。本気でぶつかってる所も、本気で話し合っているところも見たことがねぇし、全員心まで覆い隠してる」
リョウギは嘆息した。彼らに個性、人と言うものを感じたことが無い。ネットで拾ってくる情報と同じ、対岸でわちゃわちゃしているなと思うだけだった。
「俺は自分のこと隠すの苦手だからな、上辺だけで楽しくやっている連中の事を好きにはなれんし、あいつらも俺みたいのが混ざると場がしらけるのわかってるから近寄ってこないんだろう」
そこにホダカは同意をした。
みんながみんな、アバターを着飾って、その場の空気に乗じて楽しむなら問題は無い。だが、そこに素面の人が混ざってしまうと空気が壊れてしまう。
ホダカも同じタイプだった。話すなら直接、本音で語り合うのが好きだ。何より自身が嘘だったり取り繕う事を苦手にしている。
一度アバターを使ってみたことがあったが、自分の身体ではないという乖離が大きすぎてすぐに体調を崩したのを覚えている。
アバター酔いとも言うらしいが、ホダカはそれが顕著だったように思った。
「大人世代はアバターでのコミュニケーション嫌うけど、私はそっちの方が分かっちゃうかもしれない」
「良さがあるのはわかる、実際便利だ。バカみたいに優劣つけようとは思わねぇけど、シンプルに合わないんだよな」
「私たち、生まれた時代間違えた?」
「そんなことはねぇだろ、死ぬ時にそこらへんは決めればいいさ。大往生ならいい時代に生まれた、不幸だったら生まれた時代を間違えた」
「都合が良いな。でもその考え方は嫌いじゃない」
そいつはよかったとリョウギはカカッと笑う。
普段二人でいるときでも、こういった話はしない。
あまり交流が無いとはいえ学友の話だし、その中にはレイも含まれてしまう。
リョウギもそういった、交友の少ないクラスメイトの話を好き好んでするタイプではない。
ホダカもだが、友達付き合いが苦手なわけではなく、腹芸が苦手というのがある。
(リョウギの場合は嘘が苦手と言うより、人の機嫌を取ったりするのが苦手だから少し違うけど)
真正面からの交流を好む者同士だから、気が合うのかもしれない。
滅多にない町の外への遠征と、今起きている事件のせいで昂揚しているんだろう。
普段は思わないような事も口に出してしまう。
「リョウギって家族は?」
「あー、その話はパスで頼む」
「そうか、すまないな」
「かまわんよ、代わりに俺の面白トークで場を繋いでやろうじゃないか」
そうこうしているうちに、二人は目的地へと近づいて行く。街から離れていく内に、周囲には木々や山も近くなる。
スゴロクの中では見ることの出来ない自然の風景に二人は息を吐き見入っていた。
幸い街の外に出る変わり者は少なく、余所見をしていても事故を起こす可能性は少ない。
多少道が荒れていてタイヤが跳ねることもあるが、どちらの車両にも姿勢補助システムが入っていて転倒する危険も少なかった。
しばらくすると、木造の建物が見えてくる。鉄筋の建物が大半を占めるスゴロクではまず見ない建物だった。
建物は二階建てで、玄関と思われる位置には看板が出ていた。
ツルギ心霊探偵事務所…、うさんくさいとホダカは正直に思った。
「クロベにぃの話だとここだけど、この見た目だとあんまり当てにできなさそうだな」
「外観で判断してやるなよ、意外と中は立派かもしれないぜ?」
「でも、この辺り霧もないから機械系は使えないよ?」
「蓄電器があったりしないのか?霧の少ない炭鉱付近で使われてるってやつ」
言われてホダカは周りを見るが、そもそも蓄電器が動いている場合に発生する蒸気も見当たらない。
資料でしか見たことが無いが、これが旧時代の建物に類似しているとホダカは思った。
街に人が集まるよりも前は各地にこういった木造建築が建てられていたらしい
「旧時代の建物を、そのまま使っているみたいね」
「誰ですか!?」
家の前で話していると中から声がして、扉が開かれる。
そこから顔を出したのは、
「こども?」
命で廻る街 黄舟屋 @haukiyo
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