1-3 蒸気研究所
「それでは、本日はこれまでです。皆さんさようなら」
終礼の終わりと同時に電子アバターが一斉に消え、教室には私とリョウギと担任の三人だけとなる。
皆、ログアウトしたり、歓楽街に転送されたりしているのだ。
正直この瞬間はいつも寂しさを感じる。それまでにぎやかに見えた教室が一瞬で静かになるからだ。
「さて、ホダカ」
半袖半ズボンにサンダル、ピアスに茶髪とチンピラのような男が声をかけてきた。
このクラスに残っているのはホダカとリョウギと担任の教師だったが、教師も先ほど職員室へと帰って行った。となると教室には二人しか残っていない。
「お前の兄貴のところに行こうぜ」
「本当に着いてくるの?」
「当然だぜ!放課後はお前と遊ぶのが俺の楽しみなんだからよ!」
「あたしもぉ!まぜてよぉ!」
唐突に緑色のネコが現れた。
「なんだよ、お前も来るのかよ、てかさっきログアウトしてたじゃねぇか」
「癖でアバター帰らせちゃったんだよぉお。着いてくよぉお」
「わかったから、触んな!いてぇんだよ!」
というわけで、結局三人で兄のところへ行くことになった。
霧が濃いほどポルターガイストは起きやすいのは間違いない。となると、霧について研究している人に詳細を聞くのが手っ取り早いと、そうなったのだ。
そのことを学友二人に伝えたところ、
「へぇ、お前の兄貴は研究員だったのか。じゃあ俺も行くわ」
「二人で遊ぶのズルいよぉ、私もイクぅ」
と全員で向かう事になった。
研究施設は同じ施設街にあるので、高校から徒歩十分ほどで到着するだろう。
道中、セーラー服の少女とチンピラ風の少年、奇抜な姿をしたネコという組み合わせが道を歩く。
セーラー服など着ている人はまずいないし、電子アバターも本来の慣れた動きと乖離が生まれるため人型が主流となっている昨今、動物型はめずらしい。そこに少年もいるとなると変な集団であると目を引いた。
「でもぉ、なんでわざわざ聞きに行くのぉ?放っておいてもぉ、進展あったらニュースで報道されるでしょぉお?」
道中レイが訊ねてくる。
ネットではポルターガイストについて現在進行形で新情報が出回っている。
警備隊と研究施設の合同捜査については進展はないようだが、何かあればすぐに公表されるだろう。
「気になったし、身内に聞ける人がいるならいいかなって思ったの。それに」
「それにぃ?」
「実際に襲われて思った、あれは事故だとは思えない」
明確な殺意をもって、ホダカを狙った軌道をはっきりと覚えている。
また、これだけの盛り上がりを見せてしまうと信憑性に欠ける浅い情報が頻繁に出回る。
それなら生の情報を聞いた方が絶対に良いとホダカは思った。
「本当にそれだけか?」
リョウギはニヤケた笑みをこちらに向けてくる。
初めて話した時からそうだ、俺はお前の事わかってるんだぜ?と見透かしたような目をリョウギは向けてくることが多い。
「ホダカは被害者だ、実際に事故に遭遇しているわけだし、こえぇのは理解できるぜ。でもそれだけかぁ?俺には楽しんでいるようにも見えるけどな。いつから探偵ごっこに目覚めたんだか知らねぇが、いやわるくねぇ、わるくねぇよ」
「勝手に決めつけるな。まぁ楽しんでいるのはそうかもね、でないとわざわざクロベにぃのところに出向くこともないもんね」
「珍しく素直だな、いいことだ。ここ最近で一番お前の魂が活気づいてる」
「魂とかぁ、リョウギくんいたぁい子だぁ」
「うるせー引きこもり、たまには家から出ろ」
「余計なお世話ですぅ、そもそもなんでリョウギくんはホダカちゃんに着いて来たのぉ?」
「こいつがマジで楽しそうにしているの久々に見るからな、そんなら俺も御相伴に預かろうってわけよ」
「え~、ストーカー?こわぁい」
「お前こそ二人が行くならって来ただろ、引きこもりストーカーとかガチモンじゃねぇか。この間もあったよな、電子アバターでストーカーして捕まったって事件。あれお前の親戚か?」
「それはさすがにひどぉいぃ!ホォダァカァちゃぁん!リョウギくんがいじめるぅ!」
「もー、二人ともやめなって、そろそろつくよ」
だべっているうちに研究所に近づいたことを知らせるように霧が濃くなってくる。
この街では霧に埋もれないようにするために看板や施設名を指す標識がネオンの様に光っていることが多い、研究所も例に洩れず、それどころか商店街の歓楽通り張りの光を放っていた。
蒸気を絶え間なくあらゆるダクトから吐き出しながら、8階建のビルが姿をあらわした。
「ホダカ、こっちです」
高身長でガタイの良い眼鏡をかけた青年がこちらに手を振っていた。
「クロベにぃ、久しぶり。元気にしてた?」
ホダカの十七歳の離れた兄、クロベ。研究員らしく白衣と白衣の下には濃い緑色のカッターシャツを着ている。
愛想がよく、人当たりも良さそうな人だと、レイは思った。
「おにいさん、かっこいいねぇ」
「ハハハ、そう言ってもらえると嬉しいよ。二人はホダカのお友達ですね。初めまして、クロベと言います」
「レイでぇす」
「リョウギです、以後お見知りおきを」
「ええ、よろしくお願いします。ホダカも元気そうですね、今日はどうしたんですか?いきなり呼び出すなって珍しい」
「クロベにぃに聞きたいことがあるんだ、今時間ある?」
「えぇ、昼休憩と言う名目で出てきたので、一時間くらいは時間が取れます。今日は朝から大忙しで、まともな休息がとれていませんから、遅めのランチタイムです」
「一時間もあるなら十分」
「そうですか、では立ち話もなんですから研究所に入りましょう。一階の休憩スペースなら入っても問題ないので」
クロベに案内され、三人は研究所に入って行った。
研究所ロビーは多くの研究員や警備隊の人でざわついていた。研究員で電子アバターの人はいなかったが、警備隊の多くは電子アバターを使用していた。伝達や証拠品の輸送などの担当要員らしい。
「電子アバターは家から出る必要が無いうえ、車など一部の機械は操作が出来るので便利ですが、我々研究員が行っているような細かい作業には活用できないのが難点ですね」
周りの様子を見ながらクロベはホダカに話しかける。
「いつもこんなにバタついているの?」
「いえ、今朝から起きている電子機器の浮遊事故、そのせいですね。所員総動員で動いています」
「へぇ、研究所全体で対応しているのか?」
リョウギも話に入ってくる。着いて来た際にはホダカが楽しそうだからとか言っていたが、当の本人も興味があるようで楽しそうに周囲を観察している。
「えぇ、研究所としても原因が究明できれば技術転化できる可能性も十分にありますからね、さぁこちらにどうぞ」
四人は簡素な休憩室に案内され、それぞれ椅子に腰かけた。
「さて、ホダカ。あなたから連絡があるのは珍しい。聞きたいことは?」
ホダカは今朝世間を騒がせている浮遊事故に遭遇したこと、それが意思を持っているように感じた事、その詳細を聞きたいという事をクロベに話した。
クロベは昼食として持ってきていたサンドイッチをほおばりながら、
「ポルターガイスト…、なるほど…意思が介在しなければそれは事象ですが、そこに何かの意思が介在するならオカルトになりうるか…」
「クロベにぃ達は何か掴んでないの?」
「今のところは何も、なぜ起きているのか、それを押さえる方法も分かっていません。実を言うと、今事故自体は収まっているのです」
「あ?ネットでは今も起きてるって」
リョウギはタブレットを見て確認する。
「おそらくそれは通行止めの影響でしょう。霧の濃い地域が発生地域だというのはわかってので、そういった場所は人の通りを止めているのです。ですが、噂が噂を読んで現在進行形で起きていることになっているんでしょうね」
「ぷぷっ、ネットの情報を鵜呑みにしちゃう若者ぉ」
「塩水かけてアバター消すぞこら」
いつも通りケンカしている二人は放っておいて、
「じゃあ、私が朝遭遇したのも含めて、早朝以降は何も起きてないってこと?」
「ええ、今のところは、そのためデータの収集も出来ずに困っていたというのが本音です」
「そう、手掛かりはなしか…」
ホダカが落胆していると、クロベはそんなことはないと笑顔で返す。
「いえ、ホダカのおかげで一つ確認してみたいことが出来ました」
サンドイッチの包み紙に何かを書き込むとそれをホダカに渡す。そこには住所が記載されていた。スゴロクを出て、少し行った先の霧の無い地域の住所だった。
「ここに、元同僚の人が住んでいます。彼に話を聞いてみてください」
「こんなところに住んでる人がいるの?」
「実は彼は霧の研究をオカルトの方面から進めていた人です、成果と言う成果を出せず、この研究所をクビになってしまったのですが、非常に優秀な人です。今の研究所の立場では力を貸してほしいという事ができないので、ホダカ、君たちで話を聞いてきてほしい」
「えぇ…、ここって霧が無い地域だからついてけないよぉ…」
レイは落胆する、電子アバターも電子ペット同様で霧のない地域では描写することができない。
「引きこもりはお留守番だな」
「二人が行くなら私も行きたいよぉ、どうにかして連れてってよぉ」
「無茶を言わないでよレイ、それに行くのは私一人だから」
「おい、なんで俺まで置いて行こうとしてんだよ」
「いや、リョウギってバス通学だよね。私は蒸気スクーターで行けるけど、歩いていくには距離があるよ?」
蒸気スクーターは一応バッテリーに電気を溜めておくことが出来る。普段は常に小型の発電機が電気を生み出して燃料は満タンだが、霧の無い地域に行くとなると補充は出来なくなる。
渡された住所を確認したところホダカの載っているスクーターの充電量ならギリギリ往復できる距離だった。
「いやいや、ニケツさせてくれよ」
「絶対だめぇ!セクハラぁ!変態ぃ!」
「そう言うつもりじゃねぇよ!」
「う~ん、流石に私もかわいい妹を一人で街の外に行かせるのは気が引けますね」
「そうだよぉ、止めておきましょうよぉ」
「リョウギくんでしたね、私の蒸気バギー使いますか?」
「おにいさぁん!?」
レイは驚愕していた。そこまで驚かなくても良いだろうとホダカは思う。
よっぽど置いて行かれるのが嫌なのかもしれない。
「いいんすか!?やったぜ!」
「待って、リョウギ。あんた眼が悪くて運転ができないからバスで通学してるよね?知り合いが親族のバギーで事故起こすとか私嫌だよ?」
「いいや、街の外ならたぶん大丈夫だ。霧が無いからな」
妙な言い回しだとホダカは思った。霧で視界が悪いのはわかるが、霧が無ければ目が良くなるわけではないはずだ。
だが、リョウギの自信満々な態度を見るに本当に霧が無ければ問題がないらしい。
それ以上に、街を出れることをリョウギは非常に嬉しそうにしている。
「そうですか、ではキーを持ってくるので待っていてください」
「むぅううう!」
緑色のネコが頬を膨らませて不機嫌そうにしていた。
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