1-2 登校
スゴロクの施設街には街が運営する施設が一通り集められている。
役所、学校、総合病院、警備隊本部、エネルギー管理部署、蒸気機関研究施設など、今のスゴロクという街が運用されていくうえで必要な施設が全て集まっている。
そもそも施設がこうも一か所に集まっているのには理由がある。
スゴロクはここ十年で人口が一気に増加したことで、それまで疎かになっていた行政が急務となった。
そのため必要な部署を集中させ、適切に状況を把握する目的もあり、必然的に施設が集中する形となった。
ホダカの通う高校もこの施設街にあった。
「つっかれたぁ…」
教室に着くなりホダカは突っ伏した。
結論としてホダカは無事だった。路地を抜けたらそれまで追ってきていた発電機もおもちゃも追ってこなくなったのだ。
今はただただ一息つきたい。さっきのが何だったのか、それを考える気も起きなかった。
「随分と疲れているようじゃぁあないか、どうしたぁんホダカちゃぁあん」
聞きなれた声に顔を上げると、そこにはピエロの化粧を施した、黄緑色のネコが二足歩行で立っていた。体長は一メートル強ある、学友レイの電子アバターだ。
「ほぉう、今日はピンクですかぁ。セーラー服はぁブラが透けるからぁいいねぇ」
「人のブラ勝手に見てんじゃねぇよ万年パジャマ娘」
「あらぁ、今日は荒れてるぅ?」
朝からあんな目に合えば誰でも荒れるだろう。疲労で何も考えたくないが、誰かに話したいという気持ちもあった。あれをどう表現すればいいのか。
「ポルターガイスト…」
「んん?」
「今朝、ポルターガイストに合った…、蒸気発電機やらガラクタに追われてた…」
「寝ぼけてるぅ?」
家から一歩も出ないで、始業ギリギリまで寝ているアンタと一緒にしないでほしい…。
電子アバターが生まれたことで家に居ながら学校や職場に通う人は多く、学校全体でも実登校をしているのは2割に満たない人数だ。ホダカのクラスではホダカとリョウギの二人だけである。
電子アバターの仕組みは電子ペットと同じで、唯一の違いとして操作ができる事と申請登録されている場所への転送が可能というのがある。
だからわざわざ家から出る必要もないということだ。
「本当だって。商店街から施設街に抜ける道を走ってたらぷかぷか宙に浮いて襲ってきたんだ」
「へぇー、大変だったねぇ」
「お前信じてないな…」
アバター越しでもへらへらとしているであろうレイの顔が分かる。というか想像できる。
「なぁ、その話ってこいつじゃねぇの?」
と、ホダカの机に小冊子型のタブレットが載せられる。その画面には
「怪奇現象ぅ、浮かぶ電気製品、怪我人続出でぇ現在警備隊と第一蒸気機関研究所での共同捜査中ぅ。だってぇ。本当だったんだぁ」
そこにはまさに自分が通っていた路地と、建物にめり込んでいる蒸気発電機の写真が載っていた。
タブレットを見せてきた本人、リョウギはタブレットの画面をスライドさせる。
「他の場所でも起きてるぜ、居住区の路地裏、商店街の歓楽通り近辺。特にここはひでぇなアパートの一室で被害者は死亡してる」
「さすがはネットオタクのクソ野郎ぉ、情報収集が早いねぇ」
「引きこもりの地蔵が言うじゃねぇの、そろそろ悟り開けるんじゃねぇの?」
この二人は本当に仲が悪い。と言うよりもリョウギのホダカ以外への対応が基本悪い。
なんでそんなに態度が悪いのか以前聞いた事があるが、
―――シンプルに気に入らねぇンだよ、アバター使ってる奴が。
と言っていたのを覚えている。
本気で嫌い、本気で怒っているわけではなく、事実ホダカの前で起きている口げんかは稚拙な単語の応酬に留まっている。ちょくちょくとレイが電子アバターでリョウギに触れ静電気を発生させているが、いつもの光景だ。
もう少しヒートアップするようなら止めようとホダカは思った。
二人が言い争っている間でタブレットに視線を落とす。
事件の発生場所や詳細を確認すると、どの場所もほぼ同じ現象が起きていることがわかる。
「電気製品しか浮いてないんだ」
「あぁ、しかも物が浮いている地域だが、決まって霧が濃い場所だ。アパートのやつもな、パッチドラッグ作ってる奴だったらしくて部屋には六台も蒸気発電機が設置されていたらしい」
「パッチドラッグってなぁにぃ」
「静電気押し付けてくる奴に教える訳ねぇだろ、顔はやめろ馬鹿野郎!」
「私も知らないから教えてよ、リョウギ」
しゃあねぇな…とリョウギは説明をしようとする。横でひいきぃー、と抗議するネコがいるが、リョウギは無視を決め込んでいた。
「パッチドラッグは電子アバター用のアイテムでな、ドラッグって名前が付いちゃいるが別に薬ってわけでもない。アバターに膨大な電流ため込んだ霧を流して、アバター越しに使用者をトリップさせるって代物だ」
「どういう原理だ?」
「知らねぇよ、最初に作った奴も意図して作って無いと思うぜ?発想が小学生男子の落書きレベルだ」
「とりあえず目を三角にして角生やして翼生やす奴だよねぇ、リョウギくんは好きそうだよねぇ」
「うるせぇよ、実際かっこいいだろうが」
カッコいい物を詰め込む要領で霧に電気をため込んだらできちゃったということか。
「とりあえず、霧が濃い場所でポルターガイストが発生することはわかったけど、なんで人を襲うんだ」
「ん?人を襲うって、なんだ。まるで意思があるみたいじゃないか」
「実際に追われているとき、私が逃げたら追いかけたし、私が躱そうとしたら躱した先に向かってきたんだ。明らかに意図的だろ」
「本当かよ、まさかホダカもパッチドラッグ売ってたりしねぇだろうな?」
「ホダカちゃんこわぁいぃ」
今知ったばかりの物をどうやって作れば良いのか、そもそも知っていたとしてもやろうとは思わない。兄のおかげで経済状況は困窮しているわけではないのだ。
そうだ、兄だ。
「何か思いついたって顔したな」
さすがリョウギ、目ざといな。
思い立ったがすぐ行動、と兄宛にメッセージを打ち込み送信する。
ちょうどその時、予鈴が鳴り響いた。
クラスに転送されてくる電子アバターも一気に増える。
「じゃあぁ、またねぇ」
「後で何を思いついたかちゃんと教えろよ」
と、レイもリョウギも自身の席に向かっていった。
これは、リョウギも付いてきそうだな。
兄は蒸気機関研究所の所員だ。その兄に、放課後行くことを連絡していた。
今頃兄は困った顔をしていることだろう。
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