新幹線の車内/密やかな加速
「おお! 来た来たぁ! 人工密集地東京!」
新幹線の窓に張り付いて外を見る。ホームを行き交う人の密度が新鮮で、都会に来たって感じがした。興奮している俺を余所に、向かいの席に座るあいつは落ち着いた口調で言う。
「おい、まだ新横浜。神奈川だぞ」
「え? 神奈川? ここでこんだけの人の多さで東京行ったらどうなんの?」
「知らんけど。死なない程度の人数にはなってるんじゃない?」
どくんと鼓動が跳ね上がる。どうやら思っていた以上にあの言葉に過敏になっているようだった。車窓を見ていた景太がこちらに振り向く。なんとか陽気な振りをしてやり過ごそうと声を張り上げた。
「そ、そっかぁ。あー楽しみだなぁー!」
「ハハッ、足プラつかせてお前は小学生か?」
「小学生じゃないやい!」
「ハハッ」
「笑うなよぉ!」
「ごめんごめん」
言いながらもまたからっとした笑顔を見せるこいつに、心の底から安心する。今もこいつが隣にいる。こいつがいれば、何でも大丈夫な気がしてくる。
ホームの喧騒とは違い、車内はがらんとしていた。俺たちの乗っている車両に人はほとんど乗ってこない。俺は気になっていたことを景太に訊いてみた。
「そういえば、【東京に行く】って願いはもうすぐ叶うし、二つ目はどうする?」
こいつが俺の部屋に来て口にした第一声(正確には「よお」が第一声で、これは二つ目なのだけれど)は「俺たちは今から三つの願いを叶えることができる」だった。あいつが言うには叶えられる願いは二人で一つ。話し合って決めなければならないそうで、俺たちはまず東京に行くという願いを選択した。
「んーまあいいだろ。追々で」
「えー? 追々?」
俺の質問に対し、どうやら語感が気に入ったらしく「そ、追々」と繰り返す。
「そんな悠長にやってたら、あと二つも叶えらんなくなっちゃうぞ」
「いいのいいの」
不満じみた声を出すが、あいつはあくまでのらりくらりと持参していたスナック菓子を口に放り込んだ。
「っていうかずっと思ってたんだけど、なんで二人で一つの願いなんだよ」
問いながら、あいつの袋から二、三個菓子を奪い取って頬張る。景太は袋の中を見つめたまま黙っていた。ほんの一瞬、瞳が袋の内側の暗闇を映して翳る。口の端は笑っているけれど、つっかえたように息をする様子に不安が過る。だが、あいつはすぐに明るい表情で顔を上げた。
「まあ、俺ら仲良いからじゃね?」
「そんな理由で!? 雑すぎじゃん!」
ハハッ。またあいつが笑う。でも今は、それだけでいいと思った。静かに音を立てて、新幹線が動き出す。ゆっくりと加速して、人の群れを、野山を横一線の残像にして置いていく。誰にも追いつけない速さで、俺たちを東京へ連れていく。
*
男の病室には看護師が一人、ベッドの脇で点滴の調節をしていた。男はまだ意識を深い眠りの中に揺蕩わせている。絞られた照明の光でその寝顔は幾分か穏やかに見えた。すると、静かにドアが開いて医師が病室に入ってくる。眠っている彼を一瞥してから看護師に呼び掛けた。
「変わった様子は?」
「特には」
看護師の答えに頷くと、医師は脈と瞳孔を確認しただけですぐに病室を出ていく。廊下を歩き出した医師の背中にあの、と声が掛かった。医師が振り向くと、看護師が小走りに駆け寄ってきた。不安そうな表情を浮かべて看護師が尋ねる。
「あの患者さん、隣の病室にしていいんですか?」
「なんで?」
「だって、それは……」
口ごもった様子に何かを察したらしく、医師はああ、と気づいたようにつぶやいた。そして、そう言われてもなぁと頭を掻く。
「今は病床も足りてないし仕方ないだろ。それにああいう患者は助かる見込みもどうだかな」
気だるげに吐き捨てた言葉で、看護師は振り返る。先程までいた病室を不安そうに見つめていた。
病室ではまだ、彼らの心拍が斉唱を続けている。少しずつ、誰も見向きもしないほど少しずつ、画面の波は加速していた。
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