第一章 11話

 突然の大導士の来訪に、科学技術研究所の面々は騒然となった。

 まだ若い、しかし魔術派の象徴と言われるこの青年が、自分たち科学派のことを嫌っていることは周知の事実だ。

 しかし科技研の所員達はその姿を見ても、なぜか敵愾心は覚えなかった。

 人を惹き付ける何かがあるのか、見ているだけでふわりと穏やかな気分になる。吹き抜けのロビーをまっすぐと歩いていくその姿を茫然と眺める者も居た。

 ティアレイルはそんな好奇の視線を気にする様子もなく、ゆっくりロビー中央の受付に歩み寄ると、静かにルナへの面会を申し入れた。

「し、少々お待ちください」

 受付の女性は戸惑いを隠せず、しかし迅速に対応する。すぐに総統室へ通すようにとの返答を受け、彼女はティアレイルを先導するように立ち上がった。

「そちらの方もですか?」

「は……?」

 くるりとティアレイルが振り返ると、ちょうどセファレットが転移を終えて地上に降り立ったところだった。追いかけてきたのだということは一目瞭然。だが、それが自分の身体を心配してくれてのことだと分かるので責めるわけにはいかなかった。

「……ええ。連れです」

 受付の女性は2人を交互に見、そして頷くと、客人を案内するように歩き出した。

 エレベーターに乗り、78の数字が示すところでそれを止めると、女性は2人に降りるように促した。

「この廊下をまっすぐ行った突き当たりが、総統のお部屋です」

「ええ。わかりました。ありがとうございます」

「では、私はここで失礼します」

 ぺこりと頭を下げると、彼女は再びエレベーターに乗って去っていった。

「ついてきて、ごめんね」

 総統室に向かいながら、セファレットは青年の袖を引いた。ティアレイルが何も話し掛けてこなかったので怒っているのかと思った。

「いいよ。……心配してくれてありがとう」

 ぽつりとティアレイルは言ってから、表情を引き締めて総統室の前に立つ。

 来訪を告げると、総統室の扉は簡単に開いた。驚いたことに、扉を手ずから開けてくれたのは総統であるルナ本人だった。

「いらっしゃい。ティアレイルくん」

 あでやかに微笑み、総統は二人を部屋の中へと招き入れた。

 そこに、科学派の技師であるルフィアや、科技研に友人のいるアスカがいても別に不思議ではない。だが、魔術研の総帥であるロナがいるのを見て、セファレットは軽く瞬きをし、答えを求めるようにティアレイルを見やった。

 ティアレイルはロナの姿に一瞬、不快げに眉を上げたが言葉にしては何も言わなかった。

「ティアレイル大導士、君が科技研に来るとは何事かな。それにセファレット導士まで」

 ロナは自分のことは棚に上げ、心底驚いたように目を丸くする。ティアレイルの科学嫌いは徹底しており、今まで科技研の敷地に近付くことすらなかった人間である。

 そんな彼が建物内に入ってきたのだ。何事かと思うのも無理はない。事故の真相究明にかかっていたルフィアたちもその手をとめ、驚きを隠せなかった。

「…………」

 ティアレイルはすべての感情を吐き出すように深い息をつくと、ロナの存在を完全に黙殺し、科技研総統であるルナに視線を向けた。

「真相究明などするだけ時間の無駄です。爆発は実際にあった。それは確かです。そしてそれは貴方たちの言う『新しいちから』によって引き起こされた事故です」

 ルナは何かを考えるように頬杖をついた。

「……あの『波』のせいで、R・L・Sのようにシャトルのコントロールが不能になったということかしら?」

 ティアレイルは軽く首を振った。

「少し、違います。あれはすべてを打ち消すちから。あらゆる干渉を排除しようとする働きを持つものです。それが充満している空域に異物であるシャトルが入ったために、排除されたんですよ」

 まるで見てきたようなティアレイルの言葉に、ルナは思わず兄と顔を見合わせた。

 確かに兄ロナの言う通り、ティアレイルは色々なことが分かり過ぎるようだ。

 科学派で未だその正体を掴めていない『波』の性質を、こうも理解しているとは驚きだった。

 ロナは軽く息をつくと、確認するように大導士の瞳を覗き込んだ。

「それは君の推測か、それとも確認済みの事実かな?」

 ロナのその、まるで科学派の人間のような口調にティアレイルの翡翠の瞳が一瞬鋭い針を含む。

 力の強い魔導士の推測は『事実』にも勝る『真実』であるというのが、一般的な常識だ。それを、魔術研究所の総帥であるロナが否定するというのだろうか。

 ティアレイルは推測だけで物を言うことは無かったが、それでもやはりムッとするのは仕方のないことだった。

「推測ではありません。確認済みです」

 ティアレイルは翡翠の瞳を細め、そう応えた。なにせ自分自身がその『波』の抵抗にあっているのである。これ以上の証拠はない。

「じゃあ、ショーレンは排除されたってこと?」

 今まで黙っていたルフィアが口を開いた。悲しみを堪えるように、両の瞳が僅かに揺れる。

 いくら大導士の言葉でも、ついさっきまで一緒に話し、笑っていたショーレンを思うとそれは信じたくないことだった。

「アルディス・ショーレンは、爆発に巻き込まれてはいない。なんとか転移させることは出来た」

 ティアレイルはルフィアを見やり、そう告げた。

 その、あまりに淡々とした口調に誰もが一瞬言葉の意味を把握し損ねた。最初に意味を理解したのは、ルナだった。

「君が、ショーレンを脱出させてくれたのね? ありがとう」

 ルナは凛とした笑顔を浮かべ、ティアレイルを見やる。その言葉に、場を満たしていた重く悲しい空気が一気に晴れていくようだった。

「完全に救えたわけではありません。さっきも言った通り、あのちからは干渉を排除する働きがある。それで私の魔力も半分以上は打ち消され、転移させる場所を選ぶことが出来なかったのだから……」

 ティアレイルは軽く睫毛を伏せ、自嘲的な笑みを頬に刻んだ。

 語尾が少し揺れたのは、とぎれそうになる意識を保つためであったろうか。

 ゆっくりと髪をかき上げるように、気付かれないよう額に浮かんだ冷や汗を拭ったティアレイルの瞳は、まるで霜が降りたように僅かな曇りを見せていた。

 あれだけひどい怪我をしているのに、ここまで平然としている方が不思議なのである。ハラハラと見守るセファレットをよそに、本人はじっとしたまま、自分の言ったことへの反応を待っていた。

 不意に、アスカは無言で立ち上がった。

「無理するな、馬鹿が」

 そう小声で呟くと、いきなりティアレイルの肩を掴んでソファに座らせ、自分は何事もなかったようにその肘掛に軽く寄り掛かる。

 さすがは幼馴染みと言うべきか、先程からアスカはティアレイルの様子がおかしいことに気が付いていた。その理由までは分からなかったが、そろそろ立っているのは限界だろうということが、彼の目には明らかだったのだ。

 そんな自分の行動に対するルナたちの疑問の視線を無視するように、アスカはティアレイルの頭にぽんと手をおき、軽く笑った。

「場所を選べなかったといっても、レミュールのどこかには居るんだろ? ショーレンなら放っておいたって戻ってくるさ」

 ティアレイルの心理的負担を取り除くように、アスカは強くそう言ってみせる。

「そうだよね。ショーレンてけっこう図太いから、そのうち『○○にいるから迎えに来ーい』って連絡してきそう」

 ルフィアも自分の不安を打ち消すように、軽口をたたいた。

 ショーレンがシャトルから転移していたという事実が皆の心を軽くし、悲観的なことよりも明るい発想をさせていた。爆発にさえ巻き込まれていないのであれば、生きている可能性は高い。

「ウィスタード・ラシル、入ります!」

 その明るさに乗るように、どこか幼さの残る青年が総統室に駆け込んできた。

 青年は息をきらせてドアの前に立つと、満面の笑顔で総統を見つめている。あまりに活きの良いその声と姿に、部屋にいた面々はぽかんとウィスタードを見やった。

「見つけました! ショーレン先輩の生体波動を微弱ですがキャッチしたんです! 生きてるんです!」

 ウィスタードは故意なのか、それとも本当に気付いていないのか、総統とルフィア以外は目に入っていないように二人の前に直進すると、興奮したように頬を上気させる。事故の知らせ以来、科技研ではショーレンの生体波動を探し続けていた。

 どこかで生きていてほしい、それが彼らの切なる願いだった。

 科技研の所員達の間でショーレンは人気のある方だったし、その上ウィスタードにとっては学生時代からの先輩でもある。その癖が抜けずに、今でも彼はショーレンを先輩と呼んでいるくらいだ。

 そのウィスタードが、ショーレンの居場所を見つけたと言うのである。

「……やった!」

 ルフィアは飛び上がらんばかりに喜んだ。

「その波動をキャッチした場所はどこ? すぐにでも迎えに行くわ」

 ルナも、既に身支度を始めながらソファから立ち上がる。

「はい、それは……」

 意気揚々と応えようとして、ウィスタードはふと、興奮が冷めたように息を飲んだ。

 生きていることが分かったのは嬉しいのだが、それだけを喜んでいる場合ではなかったことに、今更ながら気付いたのである。

 ショーレンの生体波動をキャッチしたのは、よく考えてみれば、とてつもない場所だった。

「どうしたの?」

 顔色の変わった部下に、ルナは返答を促す。

 ウィスタードは意を決したように、少し沈んだ声音で場所を告げた。

「D・Eなんです。結界の向こうから一瞬ですが、ショーレン先輩の生体波動をレーダーが確認したんです……」

「…………」

 一瞬の間の後、皆の表情が一気にこわばった。ルナでさえ力が抜けたように、すとんと腰を下ろしていた。

 その『D・E』という場所の、名前だけはここにいる全員が知っていた。何せこの惑星の半分以上がD・Eと呼ばれる区域なのだ。

 しかし行ったことがある人間は、誰一人としていなかった。そこは危険地帯といわれ、『科学』と『魔術』の両方で完全に封鎖された場所なのである。

「すみません」

 まるで自分が悪いことをしたように、ウィスタードはうなだれた。あまりに最初にはしゃぎすぎた。

「謝る必要はない。良くやってくれたわ。いる場所さえ分かれば、あとはどうとでもなるものよ」

 ルナはそんなウィスタードを励ますように、軽く肩を叩いた。

「……そうですよね。D・Eだってレミュールですもんね。じゃあ、より詳細な位置が分かるように、また調査し始めます」

 なにせ結界の向こうである。そう簡単に調査は出来ない。

 こちら側のレーダーがD・Eを網羅しているわけでもなく、ショーレンの生体波動をキャッチしたのも偶然性が強かった。

 しかし詳細な位置さえわかれば、救出に行くのに掛かる時間を少しでも縮められるかもしれない。そうウィスタードは思った。

 嵐のように来て、そして去って行ったウィスタードの後ろ姿を眺めながら、ロナは感慨深げに顎を撫でた。

「二重結界の向こう……か」

 呟きながら、ルナの顔を見やる。

 その視線を受けて、ルナは息を呑んだ。兄の意をすぐに理解した。

 二重結界の向こう。D・Eと呼ばれるその地には、古月之伝承に関わるがあるのだ。ロナやティアレイルが予知した『世界崩壊』にも、恐らく関わりのあるだろう遺跡ものが ―― 。

 そこに科学派のメンバーであるショーレンがとばされるとは、何と因縁深いことかと思う。

 それは単なる偶然ではなく、必然としか思えないことにロナは深くため息をついた。

 

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