放浪
術式の発動をもって勇者の死を確認した宮廷魔術師と人間の王は、魔王城へ調査に向かわせた騎士団が魔王の姿を発見できなかったこと、それ以降に魔族による被害が激減して魔族側も「魔王が死んだ」と認識していたことを根拠に、魔王討伐の成功を宣言した。とはいえ、その為に自らが犠牲にした勇者のことを馬鹿正直に明かすわけもなく、表向きには「勇者の尽力により魔王は討たれたが、最期に魔王が放った攻撃により勇者もまた力尽きた」というお涙頂戴の美談が作り上げられたのは想定通りの展開だ。私の側としても、その方が都合は良かった。
彼らは、魔王──として異空間に追放された私が、シシアと共に元の世界に戻ってきていることなど知る由もない。だから、暗殺など容易いものだった。そちらが私に対してやってみせた芸当の意趣返しだ。魔王城の調査に訪れた騎士の一人にシシアが仕込まれたものと同じ術式を一通り仕掛け、記憶を消してから王のもとへ送り返してやった。結果は王城をまるごと巻き込んだ空間転移。今頃彼らは、あの気が狂うような青い迷宮で彷徨っていることだろう。宮廷魔術師も一緒に転移したのだから、タネが分かれば自力で帰ってこられるはずだ。私やシシアのようにな。もっとも、人間である彼らの命がそれまで保っていられるのかは疑問だが。
「空間転移術式によって異空間へ転移したのだから、その術式を反転させた空間転移術式を使えば元の世界に戻ってくることは出来る。当然、解読と記述で相当な時間を費やしたがな。しかし、片や魔族、片やアンデット、時間の猶予だけは掃いて捨てるほどあったのが幸いした。少しは感謝してくれても良いのだぞ、シシア」
露店で買った串鳥を頬張りながら、私は傍らの少年に語りかける。彼は未だに私を警戒しているのか心を開いてくれないが、どちらにせよ勇者の死が広く知られた今となっては行くあてもなく、仕方なしに連れ回されているといった様子だ。私としてもそれで良い。口ではああ言ったが、恩を着せるつもりなど毛頭ないのだから。
あの青い迷宮で、私はシシアに死霊魔術を上書きした。どれだけシシア自身が強かろうと、死霊魔術の強度は術者の技量による。魔王を殺せ、という術者の命令を解除してしまえば、彼はただの生ける死体でしかなくなった。その後は、時間をかけて彼の体に仕込まれた発動済みの空間転移術式を解読し、それを反転させた上で上書き。最後に私が蓄えていた魔王の残滓を対価として、シシアを蘇生させたのだ。どれ一つとっても私の得意分野ではなく、失敗する可能性は大いにあり得たが……結果はこの通り。シシアは勇者と魔王の力を併せ持つ人間として蘇り、我々は元の世界への帰還を果たした。考えうる限り、最善の結果を手にしたと言えるだろう。
とは言え、我々は既に死んだはずの者同士。元の世界に帰ってきたところで、旅人を装って町から町、国から国を転々としながら日銭を稼いで生活するのが精一杯だ。私としてはそんな生き方も悪くはなかったが、長きに渡って用意された人生を歩むだけだったシシアにとっては、目的のない旅というものはどうも落ち着かないらしい。だから私は、彼の可能性を信じて課題を与えることにした。
「シシア、私は強者との戦いに飢えている。出来ることならば貴様と再び殺し合いを楽しみたいと思っているが、貴様はそれを望んでいないだろう。だから私は、ほかの強者を探しに行く。これは私の推測だが、貴様が一度死んで蘇生されたことで、次代の勇者がどこかに生まれているのではないか? 私が次に狙うのは、その人間だ」
「……理解できない。殺し合いを楽しいと思ったことなんて、一度もない」
「ああ、貴様はそれで良い。だからシシア、貴様は貴様の楽しみを見つけろ。私よりも強い人間が、戦い以外に見出す幸福。それを私に教えてみせろ。それまでは私も、人間に戦いを挑むのは控えてやろう。私は貴様の未来を見てみたい。私が救ったその命、無駄ではなかったと示してみせろ」
そう言って私は、まだ手を付けていない串鳥の一本をシシアへと差し出した。彼は少し警戒してからおずおずとそれを受け取ると、私の方を睨みながら肉を口に運ぶ。途端、シシアは僅かに目を見開き、それから矢継ぎ早に残りの肉を頬張った。
「くく、美食の旅でも始めてみるか?」
彼の反応をからかうように私がそう言うと、シシアは再び私を睨みつけ、それから恥ずかしそうに目を伏せた。
「……悪くないんじゃないか」
「そうか、では次の目的地は西だな。漁業で栄えた港町を知っている」
私の望みは今も変わっていない。強者との戦い、死闘の末に果てる最期。しかし、戦いを拒む者との戦いでそれを得ることなど出来ない。シシアが今後、生きる目的をどう見出すかは分からないが、恐らく戦いに楽しみを感じる私のような人間にはならないだろう。それは少し残念だが、しかし、それで良い。彼の成長を見届ければ、私もまた、戦い以外に楽しみを見つけ出せるような気がしているからだ。
既に一度は捨てるつもりだった命。この先はシシアの未来を見届ける為に使おう。決して口には出さないが、私は、密かにそう誓うのだった。
勇者、などではなく 桜居春香 @HarukaKJSH
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