回想

 魔王は魔族の王であって戦士ではない。彼が真に優れていたのは、個人主義と実力主義が極まって統率の取れない魔族をまとめあげられるだけのカリスマ性だ。一つの目的に向けて「魔王軍」を結成し、指揮を執る。その才能に優れていたからこそ、彼は実力で私に劣る存在でありながら、私が力を貸すに相応しい男のように思えた。

 しかし、それは見当外れの見方だったらしい。各地の幹部が次々と討伐され、遂に勇者が魔王城に到達したと知らせがあったとき、奴は私に対して「影武者になれ」と命じた。勇者は魔王を狙っているが、勇者と戦えば自分は間違いなく死ぬ。だから、逃げた自分が追われないようにお前が魔王として振る舞え、と。

 だから私は、その場であの男を斬り捨てた。勇者に対して命乞いをするならばいざ知らず、部下を身代わりにして逃げた先でお前に何が出来る、と。私が従っていたのは、同胞の未来を切り拓く為に荒くれ者たちをまとめあげてきた偉大な王だ。勇者の来訪に怖気づいて自分可愛さに逃げ出す臆病者ではない。既に勇者が攻めてきた時点で、我が軍は壊滅寸前だった。ここから逃げ出したとして、死んでいった戦士たちに報いることがこの先僅かにでも出来ようか。人間の戦士と刃を交え、彼らへの敬意を抱きつつあった私にとって、この臆病者を王と呼ぶことが我慢ならなかった。

 勇者が玉座の間に飛び込んできたのは、それから少し経った後のこと。私がさっきまで魔王だったそれを既に食い尽くし、自身の魔力に変換した後だった。

 魔王軍が壊滅寸前になり、要の魔王も自らの手で葬った。その先にあるのは魔族の滅びであり、私自身の破滅だと分かっていたが、だからこそ私には、最期に叶えたい望みがあった。

「よく来たな、勇者シシア」

 最強の人間。彼と、命を燃やすような戦いがしてみたい。勝てるかどうかも分からない、勝ってどうすることもない。しかしどうしても、私は彼と戦ってみたかった。これまで戦ってきた戦士たち、その頂点に立つ最強をこの目で確かめたい。だから私は、自分を魔王と偽って彼と対峙した。本気の彼と、死闘に興じてみたかったから。

 しかし、結果はご覧の有様だ。決着の前に勇者は死に、私は異空間に幽閉された。望んでいた勇者との戦いも、彼が戦士としての心を持たぬのならば意味がない。私は何も得ていない。これが主君を殺した裏切り者への罰だとすれば、神とやらは随分と趣味が良い。だが、それは私に対しての話だ。

「納得がいかないな、私は。貴様は死が怖かったのだろう。勇者として生まれたが故に、勇者としての責務を負わされ、望まぬ戦いを強いられ続けた。それでも貴様は、我が同胞、数多の戦士たちと戦い、勝利してきた。東の国々を支配していたストマは弁が立つ男だ、貴様も人間への裏切りを唆されただろう。それでも貴様は奴を殺し、我が城へと辿り着いた。命惜しさで寝返ることをせず、あくまでも魔族と戦い人間を守る道を選んだ。貴様は、臆病者でありながら最期まで戦い続けた。その貴様が何故こんな末路を辿らねばならない。私は、それが甚だ納得できない……!」

 私にはもう、何もない。やるべきことも、やりたいことも。しかし、彼にはあったはずだ。魔王を倒す勇者としての道しか用意されていなかった彼にも、シシアという人間として選びたかった人生があったはずだ。その結末がこれか? 同胞の為に戦い続け、捨て駒にされ、死後の肉体すらも魔王を封じる為の道具にされる。この男に、そんな結末を強いられるほどの理由があっただろうか。

 私は、同胞を見捨てて自分だけ逃げようとした魔王が許せなかった。だからこの手で殺した。そして今は、シシアを利用した全ての人間が許せない。私は戦いを愛し、戦士を愛し、勇気ある者を愛している。人間と魔族は対立しているが、私自身が人間を嫌ったことは一度もない。だが、前線で戦う者を都合よく利用する卑怯者は別だ。私は、シシアという「戦士になるべきでなかった人間」を戦士に仕立て上げた全ての人間を許せなかった。

「……死霊魔術は、もとを正せば我ら魔族の技術だ。貴様に本物を見せてやる」

 喜ぶが良い、魔王。今から貴様の命は、貴様が恐れた勇者を救う為に使われる。

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