同情
まず大前提として、勇者は自分の体に空間転移術式が仕込まれていることを知らなかった、というのは確実だろう。勇者は確かに優れた戦士だが、この手の術式を過去に使ったという記録は見覚えがない。恐らく人間側の魔術師、それも宮廷魔術師など高位の魔術師が関わっていると見て良いだろう。術式が勇者本人を巻き込む形で発動しているのも、彼自身が意図していない事態だという根拠になる。死の恐怖を抱き、死にたくないという思いで剣を振るう男が、自爆にも等しいこんな戦法を選び、なおかつ実行の直前まで私に悟らせず戦えるとは思えない。
であれば、勇者が殺された理由にも見当がつく。つまりこれは、勇者を送り出した者、さしずめ人間の王あたりが考案した作戦だろう。何も知らぬ勇者に罠を仕掛け、魔王を巻き込んで異空間へ転移するよう術式を施す。そして、騙された勇者が魔王と共謀して異空間から脱出することがないように、術式の発動と同時に勇者が死ぬよう別の術式を仕込み、最後に異空間で魔王を足止めする為の駒としてアンデット化させ戦わせる。なるほど、効率的だ。ここまでの全ては私の推測に過ぎないが、恐らくはこれが真実だろう。人間の為政者が考えそうなことだ。腹立たしい。
「…………」
勇者は、相変わらず無言で攻撃を仕掛けてくる。アンデットと言えど流石は元勇者だ。この私が苦戦を強いられるとは。しかし、だからこそ私は悲しい。屍兵と化した人間は、死霊魔術を施した魔術の命令に従うだけの人形となる。それなのに、この男は強さが全く変わらない。自分の意思を失った死体が生前と全く同じ戦い方をする、というのは、異常なことだ。それはつまり、死ぬ前から自分の意思がなかったということを意味している。
私は数々の戦士と戦い、勝利してきた。彼らは自らが戦う理由を掲げ、命を賭して私と対峙した。勇者にはそれがない。勇者として生まれたが故に、勇者の責務を押し付けられ、望まぬ戦いを強いられ続けてきたのだろう。その挙げ句、最期はこれだ。利用され、利用され尽くして、魔王という外敵を殺す為の道具として使い潰される。私は悲しい。この男が、もしも自分なりの「戦う理由」を見つけられていれば。転移術式などという無粋な横槍が入らなければ。私は、満ち足りた気分で逝けただろう。
「……勇者シシア、私は貴様に謝らなければいけない」
聞こえてはいないだろう。だが、言わねばならない。私は、この臆病で愚直な勇者サマに、真実を伝える必要があると感じた。
「我が名はアスピダ。魔王軍最強の剣士にして、主君を斬り捨てた大罪人だ」
私と彼は似た者同士だ。最強の人間と最強の魔族。王に利用され、命を捨てることさえ強いられた者同士。しかし、私と彼には一点だけ大きな違いがある。
「私は魔王ではない。魔王は既に死んでいる。私が……この手で殺したからだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます