憎悪のパレード
@mh1025
焼肉
俺の実家の近くには旨い焼肉屋があって、ガキの頃から親によく連れてってもらってたんだ。ハラミを一番好んで食ってた。焼きあがった肉をサッと箸でつまんで、温かい白飯の上に乗せて。タレと白飯の組み合わせ、これがとても良い。
そんな焼肉屋は、五十代ぐらいのおっさんが一人で切り盛りしてた。名前を相島っていって、小学生には「相島のおっちゃん」って呼ばれてた。このおっさん、町では人当たりが良くて好かれてた。俺は何故か、あまりいけ好かなかった。
そう思ったのはやはり正しかったのだ、と俺は後で感じた。何故か。それを今日、君に話そう。
十四歳の時の話だ。俺は中学二年生で生意気なクソガキだったが、クラスで数人の友達が出来てそれなりに充実した日々を送ってた。でもこの頃、町では人が行方不明になる事件が多発していて、終礼後には早く帰宅するようにと口うるさく言われていた。町中でも、警察官がよく巡回してた。
ある日、親父が読んでた新聞の朝刊に、これまで行方不明になった人の情報が載ってるのを見た。小学生三人、高校生二人、社会人四人ってな。それぞれ顔写真と名前が掲載されていて、横には親族と警察宛の電話番号があった。しかし結局、居場所はおろか、情報すらつかめていないらしかった。親父は「怖えなぁ、お前も気をつけろよ」と言った。
そういう会話をしてから、学校へ向かった。授業は淡々と進み、すぐに昼休みになった。俺は給食を食って、クラスメイトと話していた。守田はいきなり言った。
「もうそろそろ夏休みだから、行方不明になった人でも探そうぜ」
こいつは頭がおかしくなったのかと思った。肝心の警察が見つけられてないのに、ただの中学生に何が出来るんだよ、ってな。
守田は続けた。
「ほら、スタンドバイミーって映画でもあったろ?主人公達が森に死体を探しに行くってくだりが」
でも、それはフィクションの話だ。それに、こんな状況の中で町をうろつけるわけがないだろう。親が心配するぞ。
俺が反論していると、上山と岡崎がやって来た。俺達の話を聞いてやって来たらしい。
「面白そうだな。俺達もついてって良いか?」
「行方不明者を見つけたら、親族の人と警察に表彰されるかも!」
…こいつら、楽観的すぎる。
「…ところで、守田。そんな大口を叩くってことは、目星がついてるってことだよな?」俺は尋ねた。
「あぁ、もちろんそうだよ。相島の焼肉屋さ」
上山と岡崎は驚愕した。相島のおっさんが人を攫ってるって?あんな人がするとは到底思えないと。それに相島には人を攫う明確な理由がない。
守田はさらに続けた。
「あの焼肉屋は旨い。が、それは本当に牛肉なのか?」
「…お前、相島のおっさんが使ってる肉が人の肉だって言いたいのか?」
俺はそれを想像して吐き気がした。そのような事は全て守田の憶測でしかないと分かってはいたが、容赦なく込み上げてくる。
「いや、これは俺の想像だ。でも、相島って何処で生まれたのかとか、家族のこととか、謎に包まれた部分が多いじゃん?だから、もしかしてと思って」守田は慎重な顔つきで言った。
でも確かに、相島についてはあまり知られていない。出身地もこの辺りなのか、それすらも分からない。気づいたら、この町で焼肉屋を経営していたらしい。俺は信じたくなかったが、その意見に納得してしまった。
岡崎が言った。
「なるほど…。確かに怪しいな。でも仮に調査するとして、どうやって調べるんだ?親にも相島にもバレたら、大変な事になるぞ。しかも、もしそれが本当じゃなかったら?尚更危険じゃないか。お前は覚悟があるのか?」
「あぁ。そして、それを調べる方法は一つだけある」
「どうやるんだ?」
「土曜はアイツの焼肉屋が早く閉まる。そこを狙って、忍び込むんだ」
守田はニヤリと笑って言った。
その週の土曜日。俺達は既に電気が消えたあの焼肉屋の前にやって来た。俺以外の三人は、既にうずうずしている。大人に黙っていけない事をしている、というガキならではの一種の快感だった。
俺は口を開いた。
「それで、忍び込むのは良いけどよ。どこから入るんだよ?」
守田は嬉しそうに言った。
「よくぞ聞いてくれた!実はだな、この裏にある窓が常に開いてんだ。そこから入ろうと思うんだ」
守田に連れられて裏口へ向かうと、そこには確かに開いている窓があった。まず、守田から順に入って行った。そして最後に、俺が入る。
窓から入った先は調理場の様だった。この場所で肉を切っているのか、とても血生臭い匂いがする。上山はリュックから懐中電灯を取り出した。
「お、ナイス」
「それじゃあ、行こうか」
俺達は奥へと進んだ。店内は清潔にされていて、塵一つ落ちていない。やはり、評判が良いだけはある。店内を通っていくと、掃除用具などが置かれた倉庫があり、さらに大きな鉄の扉があった。
岡崎は一瞬躊躇したが、ゆっくりとその扉を開けた。
中からひんやりと冷たい風が吹いてきた。
「ここは…肉の冷凍庫か?」守田は寒そうに腕を組んだ。
「…かもな」俺はそう答えた。
上山は奥を懐中電灯で照らした。大きな肉の塊が天井から吊るされているのが見えた。どうやらこれをさっきの調理場でカットして、客に出しているらしい。何の肉かを確認しようと、その塊に近寄った。
その時、冷凍庫の灯りが点いた。振り返るとそこには相島が立っていた。
「一体、ここで何をしているんだ?」
冷たい冷凍室の中だというのに、冷や汗が止まらなかった。穏便に済ます為に最も効果的な言い訳を考えた。
先に口走ったのは守田だった。
「いや、相島さん、一人でこのお店切り盛りしてて凄いけど、どんな仕事しているのかな、って思って、内緒で見学してました。ごめんなさい」
コイツ、こういう時に限って頭の回転が早くなって…。
相島はギラリと鋭い目つきをしていたが、それを聞いて安心したのか笑って言った。
「そうか。でも、勝手に忍び込むのは良くないな。今日の事は親御さんには言わないであげるから、早く帰りなさい」
相島に諭されて、俺達は玄関へ向かって行った。
焼肉屋を出て、俺達は町中を歩きながら話した。
「本当に、あの人がそんな事してるとは到底思えないぞ」上山は守田を冷めた目で見ながら言った。
「あぁ、悪かった。ごめんよ。冒険心をくすぐられて、つい…。ともかく、今日の事は忘れてくれ…」
俺達はそれぞれ別れて、自分の家へと帰って行った。親父と母さんにはもの凄く叱られた。今、こんな状況下で出歩くなんて不用心にも程があるぞ、ってな。
日曜日には何にも予定が無かったので、俺はずっとゴロゴロして過ごした。テレビをつけると、ニュースで新たな行方不明者が出たと報じられていた。
…その人は俺の通ってる中学校の生徒だった。比較的男子から人気のあった女子生徒だった。顔は良く覚えている。そして妙な胸騒ぎを覚えながらも、俺はその日を終えた。
月曜になって、憂鬱になりながら学校へと向かった。教室でまだ眠たい目を擦りながら、朝礼の時間になるのを待った。
担任が深刻な面持ちでやって来た。
「…この教室に守田君を今朝、見かけた人は居ますか?」俺はそれを聞いてドキリとした。
「え、守田がどうかしたんですか?」
「怖い…」
「また誰か行方不明になったんですか…?」
教室はパニックになっていた。それは仕方のない事だった。
俺は冷静になって先生の話を聞いた。
「…皆、落ち着いて下さい!…とにかく、今朝通学路で彼を見た人は居ますか?」
誰も見ていないらしい。俺は頭の中がどうにかなりそうだった。
やはり相島か…?いや、でも単にアイツが寄り道してるだけって可能性も…。その日の授業には身が入らなかった。
昼休みになって、俺の所に上山と岡崎がやって来た。二人とも、バツが悪そうな顔をしていた。
「まじかよ…」
「あの人がやったのか…?」
「いや、待てよ。まだ分からん。…今日、もう一回焼肉屋に行かないか?それで何も無かったら、もうこの件には一切触れない。どうだ?」俺は自分でも何を言っているのか、分からなかった。
上山と岡崎は首を横に振った。
「俺、怖いからやめる」
「…僕もやめるよ。本当にこんな事になるなんて、思ってなかったんだよっ!」岡崎は声を荒げた。どうやら、本当に恐怖しているらしかった。
放課後、俺は焼肉屋の前にやって来た。家とは逆方向で、遠回りになってしまったが。入口の扉には『臨時休業』と札がかけられていた。
俺は心の中で、もう一回調べて何もなかったら、もうこの件には触れないと誓って、裏の窓から侵入した。
日中で暑いという事もあって、あの日の夜よりも血生臭さが凄かった。相島は作業をしているようで、調理場に肉の塊を切っていた跡があった。
足音が近づいて来たので、俺は水場の下に隠れた。相島が見た事もないような大きな包丁で肉の塊をカットしていた。いや、切っているというより、叩きつけていると言った方が正しいかもしれない。
ちらりと相島の独り言が聞こえた。
「この野郎…手間をかけさせやがって…」
あのような話し方は初めて聞いたので、非常に驚いた。機嫌が悪いようだ。
バンバンと数回叩いた後、相島は何かを思い出したのか、二階に上がって行った。…行くなら今しかない。
俺は駆け足で店内を通り、倉庫を通り、冷凍室の前にやって来た。ここでようやく全てが分かる。
俺はゆっくりと扉を開けた。前回と同じく冷たい風が吹いてきた。俺は警戒しながら、冷凍室の電気を点けた。吊るされた肉の塊を避けて、奥の方へ進んで行った。すると大きな机が置かれているのが見えて来た。大きな毛布で何か包まれている。
俺はそれを開ける自信がなかった。
結局、俺は意を決してそこに置いてあった毛布を開けた。
包まれていたのは…全裸の少女だった。俺は目を背けた。しかし、この顔どこかで見たような…。
その瞬間、俺は恐怖した。テレビのニュースで写っていた、女子生徒だったのだ。俺はパニックになって、過呼吸になった。
バッと横を見ると皮が削がれていない、人の身体が吊るされていた。俺はそれの顔を見た。
…守田。守田。守田……頭が真っ白になった。俺は思わずその場で吐いた。今まで食っていたのは、人肉だったのだから。
背後を向くと鬼の形相をした相島が立っていた。俺は、殺されるかもしれない恐怖心で一杯だった。相島は血の滴った包丁を持っている。
「あぁ、それ見たのか。女の子…と、お前の友達」
俺は言葉が出なかった。
「…うわ、大事な食材がある所で吐かんといてや。汚ねぇな」本性が現れたのか、関西弁まじりの喋り方になっている。
「…」
「驚いて、言葉も出えへんか。昔からお前がこの店で食ってたのは、人の肉なんやで。そこに吊るしてるやつ全部そうや」
相島の話は全く入ってこない。
「…守田、やっけか?そいつなぁ、今朝俺ん所来てな、自首しろって言いやがったんや。アイツ、ほんまにチョロかったで。縄で首絞めたらコロッと逝きよったわ。そこの嬢ちゃんもな。あかんで。よく知らん奴にそういう話したらな」
守田はあの日の夜、既にコイツが犯人だと分かってたらしい。…あの野郎、本当に無茶しやがって…。
相島は続けた。
「でも、お前は昔からのお得意さんやから許したる。感謝しいや」
俺はあっさりと相島が許してくれた事に、逆に恐怖を覚えた。
俺は扉の所にゆらゆらと歩いて行った。相島の隣を通り過ぎようとしたその時、いきなり俺の胸倉を掴んで
「…でも、親と警察とか他の奴に話したら容赦せぇへんからな?」相島の黒目が俺を、睨みつけた。
俺は転びそうになりながら、猛ダッシュで家へと逃げ帰った。自分の部屋のベットの布団に閉じこもった。震えが止まらず、夕飯も喉を通らなかった。どうすれば良いのか、すっかり分からなくなってしまっていた。
俺はしばらく学校には行けなかった。あの光景がフラッシュバックしてしまうから。
日曜日、母さんがあの焼肉屋に行こうと言い出した。親父も乗り気だった。俺は引き留めようとしたが、二人とも聞かなかった。
俺は無理矢理連れられて、またあの焼肉屋にやって来た。店内には相島が居た。
「おっ、らっしゃい。このテーブルに座って下さい」
奥のテーブルに案内され、親父が肉を注文した。やがてその肉が運ばれてきた。俺は吐き気がしたが、何とか堪えた。肉を鉄板に広げて、焼いていく。大好きだった白飯も運ばれて来たが、今は食えなかった。
焼き上がった肉にタレをつけて、両親は口に運んだ。
「うん。旨い!」
「美味しいわね、本当に」
その様子を見て、俺は両親が人間じゃない気がしてたまらなかった。
母さんが不思議そうにしながら、俺に言った。
「食べないの?貴方の大好きなハラミよ?」
「どうした?元気がないのかい?」相島がわざとらしく話しかけてきた。俺は冷や汗を流した。
親父が焼き上がった肉を、俺の取り皿に入れた。これは…あの女の子の肉か…?それとも守田のか…?あの様子を思い出して、俺はえづきそうになった。
「ほら、焼き上がったよ。食べな。美味しいよ」相島の目には光が無かった。大きな黒目が俺に「ほら、食えよ。これから、お前は同級生の肉を食うんだぜ?もっと喜べよ。ほら…サッサトクエヨ…!」と脅しているように思えた。
俺は箸で震えながらその肉をつまみ、タレにつけて口に放り込んだ。そして肝心の味はどうだったのかって?
…ウマカッタヨ。
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