最終話:無神論者の我が友

 放課後の教室に私の居場所はない。否、放課後でなくても居場所があるかは怪しい。ただ、そこには私の席がある。最低限の出席日数と最低限の点数を稼ぐだけの学校生活は楽しくもないが、今ではそれほど苦でもなかった。

 遊びの約束や部活動の話で盛り上がるクラスメートを尻目に教室を出て、私は一人校門へ向かう。今日は木曜日だが、もう病院へ行く必要はなかった。

「良い顔ですね、無神論者のお嬢さん」

「……アンタは」

 校門を出ると、そこにはいつか出会った金髪の女が立っていた。あの日、病院の外で別れてからは一度も会っていない。実に一ヶ月ぶりの再会だった。

「そろそろこの町を離れるので、一応お別れの挨拶をしておこうかと思いましてね。貴女は私の客ではありませんが、私を大いに楽しませてくれました。そちらがどう思っているかは知りませんが、私はもう貴女のことを友人だと思っているのですよ」

「そう。でも生憎、私に友達は一人も居ないよ」

「おや、それは寂しいことを言いますね。まあ、それならそれで良いでしょう。ところで、あれから私のゲームは遊んでいただけましたか?」

「もうやってないよ、あんなゲーム。和輝さんの病気を治す為に戦ったあのボス、経験値が多すぎてマリのレベルが上がりすぎたんだよ。お陰でこちとら、見た目じゃ分からないのに身体能力が異常に上がっちゃったんだから」

 私は足元に転がっていたアスファルトの破片を手に取り、力任せに片手で砕いてみせた。いくらなんでも、格闘技も筋トレもろくにしていない女子高校生が出来て良い所業ではない。

 だが、それを見たミストレスは「流石私の発明品、凄い効果ですね」なんてことを言いながら笑い出した。彼女にとっては、これがあのゲームの利点に見えているようだ。もう少し加減が出来ていれば私も利点と捉えただろうが、強くなりすぎだとは思わないのだろうか。

「いやぁ、気分が良いですねぇ。人助けは気分が良い! 頑張った人間が頑張った分だけ報われる物語は素晴らしい! こういうことがあると、私も新作の発明に精が出るというものですよ」

「そう。まあ、仮にもアンタは恩人だしね。感謝してるよ」

「礼は要りませんよ、最終的には貴女が手繰り寄せた奇跡ですから。それじゃ、私はそろそろ行きますか。絵描きの彼によろしく。いつかまた会いましょう、無神論者の我が友」

「友……まあ、それで良いよ。また会おう、ミストレス」

 相変わらず重たそうなアタッシュケースを運びながら去っていくミストレスを見送り、私も自分の帰路につく。以前のことがあるから、またどこかで妙な連中に絡まれないか心配だ。もっとも、あれだけの超常グッズを作り出すミストレスのことだから、本当に心配すべきは運悪く彼女に絡んでしまった連中の方かもしれないが。

「結局、アイツが何者かは分からなかったな……いや、分からない方が良いのかもな」

 そんなふうに一人言を呟いていると、胸ポケットにしまっていたスマートフォンが静かに振動した。メッセージの受信を知らせる短い通知バイブだ。私に対してメッセージを送ってくるような人物など限られている。私は少し期待を込めながらスマートフォンを取り出し、メッセージの送り主を確認した。

「和輝さんだ」

 通学路の自然公園で絵を描いているから、良ければ寄っていかないかという誘いだった。答えは決まっている。私は「今から行く」と手短に返信すると、少し跳ねたような足取りで自然公園に向かって駆け出した。

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「とてもすごくよく健康体」 桜居春香 @HarukaKJSH

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