第7話:病魔VS悪魔

 私が病室の部屋番号を教えると、ミストレスは受付に目もくれず、堂々と病室へ直行した。

「ちょっと、面会手続きは……」

「記録を残すと面倒なのでしません。こう見えて組織の幹部なので、勝手な行動をしているとバレたら何を言われるか分かりませんからね」

「組織の幹部? アンタ、一体何者なの?」

「嫌だなぁ、前にも言ったじゃないですか。私は玩具職人ですよ。世界中の良い子に娯楽と堕落をお届けする、ちょっぴり影のある謎多き玩具職人です」

 そんな訳の分からないことを口走りながら、ミストレスは和輝さんの居る病室へ足を踏み入れた。

「……どちら様ですか? それに、真理ちゃん? えっと……お知り合い、かな?」

「あー、その……ちょっとアンタ、今から何をするの?」

「うるさくされても困るので、まずは彼に眠ってもらいましょう」

「は?」

 次の瞬間、ミストレスは漫画やアニメに出てくる宇宙人が持っていそうな如何にも作り物な玩具の銃を彼に向け、引き金を引いた。直後、紫色の光線が銃口から和輝さんに向かって飛び出し、光に触れた彼はぐったりと倒れ込む。突然の出来事に私は叫び声を上げかけ、ともすればミストレスに殴り掛かりそうになったが、当のミストレスが私の口を塞いで説明を始めたので、辛うじて私の絶叫が響くことは避けられた。

「文字通り眠らせただけですよ。ちなみにこれは『ばっちりぐっすりおやすみガン』です。子どもの寝かしつけにお悩みの親御さんにオススメの品物ですけど、悪用されたらどうしようもないので商品化は見送りました」

「賢明な判断だよ。びっくりした、寝てるだけか……」

「さて、それじゃ早速作業を始めましょうか。例のゲーム機を貸してください。そこに追加データを取り込みますから」

「追加データ?」

「新ボスですよ。それも、戦えるのが一回きりの強敵です」

 ミストレスは病室の机にノートパソコンを広げて何かの作業を進めながら、私が持ってきたゲーム機をケーブルで接続した。何をしているのかは傍目から見てさっぱり分からないが、彼女の言葉が正しければ、これが和輝さんを救うことに繋がるのだという。

「普段なら、こんなふうに一人の客を相手に入れ込んだりしないんですけどねぇ。というか、貴女の場合は商品をお譲りしただけなので客かどうかも怪しいんですけど、私はこの世界の誰よりも自分の楽しさを優先する人間なのでね、私にこんなことを「やりたい」と思わせた時点で貴女の勝ちですよ」

 彼女が操作するパソコンの画面に、不気味な3Dモデルが表示される。全身の肉が溶け、骨が剥き出しになった、竜の死体とでも表現すべきモンスターだ。

 そして、パソコンに繋がれたゲーム機の画面にも「アップデート中」というメッセージが表示され、それからしばらくして「アップデート完了」の表示が現れる。するとミストレスはケーブルからゲーム機を外し、そのまま私の方へと差し出した。

「『マリ』のセーブデータだけ、最初の町にある病院の井戸をダンジョンに改造しました。そこに居る『ファナティック・オブ・パンデモニウム』という名前のボスモンスターは、この方の病魔とリンクする形で作成したキャラクターです」

「病魔とリンクしてる……ってことは、そのボスを倒せば……!」

「操作キャラクターと違って、ボスモンスターに死亡時のセーフティは設定していません。ゲーム上での死は現実の病魔に対して死の概念として流れ込み、彼の肉体を蝕む病魔を一切死滅させるでしょう。不治の病、それがどうしたと言うのです。人体などは所詮、旧き神の創造した物質の一形態。悪しき被造物の一種でしかない。病魔など恐るるに足らず、我らには神を殺した悪魔の加護があるのだから、神の遺した欠陥など喰い殺してみせましょう」

 ミストレスの言っていることは、半分以上が理解出来なかった。だが、彼を助ける手段がここにあるのだ。だったら私は、悪魔でもなんでも利用してやる。

「毎日毎日喧嘩ばっかりしてたのが、こんなところで役に立つとはね。やってやるさ、私が直接殴ってやれないのが不満なくらいだ……!」

 私はゲームを起動し、ミストレスがダンジョンに改造したという病院の井戸へ、私の分身たるマリを向かわせるのだった。

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