『東方地域』であった、とるに足らないお話

科学的な異世界召喚は、とっても〔デンジャラス〕

 どれか一つ平行世界の【アチの世界】──とある場所で、明らかに隠れた前科を持っていそうな人相が悪い男が、目の高さまで持ち上げた、竹ひご製の虫かごの中を眺めていた。

 虫かごの中には、メキシカンヒゲを生やして白いTシャツと、膝上丈までのハーフパンツを穿いてビーチサンダル姿の、ちっちゃいオッチャンが入れられていた。

 オッチャンが着ているTシャツには『負けたら働く』の文字がプリントされている。


 かごの中から、不機嫌な表情で睨みつけている、ちっちゃいオッチャンに人相が悪い男が言った。

「オレを異世界に送れ」

 アチの世界に分身として派遣している、科学召喚請負業のちっちゃいオッチャンが言った。

「やっぱり、それが目的か」

「知っているぞ、本体は異世界にいるんだよな……オレの声と姿は、本体にも聞こえ見えているはずだ。早くオレを異世界に召喚しろ」

 オッチャンは、どこからか取り出した魔法の杖を手に男に質問する。

「どうして異世界に行きたい?」

「ちょっと、ドジ踏んで警察サツに追われている……異世界ならサツも追ってこれないだろうからな」

「異世界に行って何をするつもりだ?」


 男が嫌な笑みを浮かべる。 

「決まっているだろう、楽してチートなスキルで無双して異世界を支配する……異世界の女たちを集めてハーレムを作ってみるってもいいな」

「ふん、そんなところだろうと思った」

「話しは終わりだ、早く召喚しろ!」

 男は虫かごを揺すって、かごの中に入るオッチャンが悲鳴をあげる。

「わ、わかった異世界に送ってやる!」

 かごを振るのをやめる男。ちっちゃいオッチャンが言った。

「十分間だけ時間をくれ……異世界の方でも召喚受け入れの準備がある」

「スマホは、そのまま異世界でも使えるようにしろ」

「…………わかった、わかった」


 十分後──科学召喚請負業の分身オッチャンが、人相が悪い男に言った。

「準備が整った……気合い入れて送ってやる、顔をかごに近づけろ」

 男が顔をかごに近づけると、オッチャンは魔法の杖で男の鼻先を突く。

「どおりゃあぁ! この、腐れ外道がぁぁ!」

「ぐおぉ! 痛てぇ!」

 鼻を両手で押さえた男の手から離れた、虫かごが床に転がる。

 男の姿は光りの粒子になって消えた。


 壊れた虫かごから出てきた、ちっちゃいオッチャンが呟く。

「望み通りに……スマホは使えるぞ、電池が切れるまではな……園外だから通話は不可能で、 レザリムスには、ネット環境の通信設備も無いけれどな」

 歩きはじめた、ちっちゃいオッチャンが思い出したように、振り返って男が立っていた位置に向かって言った。


「科学召喚は運が良ければ異世界に完全召喚される、運が悪かったら分子分解されて消滅する……今まで何人も科学召喚で送ったが、成功したのは『クケ子』一人だけだ……おっと、このコトは聞かれなかったから言わなかったか」


 異界大陸国レザリムス『東方地域』召喚殿──石柱に背中をつけて座り酒を飲んでいた。

 科学召喚請負業のオッチャン本体は、魔法円の中に現れた光りの筋を見て立ち上がった。

「来たか」

 光りが消えて、魔法円の中に残ったのは。

 半分以上が分子分解で消滅したスマホと。

 髪が残る頭皮の一部だけだった。


 再生復元された、スマホと頭皮を見て召喚請負業のオッチャンが冷たく呟く。

「ふんっ、科学召喚で復元されたのはこれだけか」

 オッチャンは、使えないスマホと頭皮クズをゴミ箱に放り投げて、部屋から出ていった。



 部屋の外から眺めていたロヴンが、振り返って第四の壁を通して読者に助言する。

「怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ、科学的な異世界召喚はデンジャラスですねぇ……さよなら、さよなら」 


  ~おわり~

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