この世界にルールが多すぎて死ぬ

ちびまるフォイ

ルール・プログラム

「山田! まーたお前遅刻したな!!」


「先生、遅刻ったって2分じゃないですか。

 今日は信号にやたら捕まっちゃったんですよ」


「その2分の遅刻で、他に時間を守っている他の人が迷惑するんだよ!

 ルールを守れないやつのせいで、ルールを守るやつが損をすることをお前はもっと学べ!」


「ルール、ルールってうるせぇんだよ!」


「おい山田! まだ話は終わってないぞ!! 戻ってこい!!」


その日はむしゃくしゃしたので学校には行かずにそのまま引き返した。

たかだか2分の遅刻で誰にどう迷惑をかけたというのか。


「ちっ……ムカつくなぁ」


「ちょっとそこの君! 待ちたまえ!!」


ピピッと笛を鳴らされた。

自転車に乗った警察官がやってきた。


「君ね、ルール違反だよ。だめじゃないか」


「ルール違反? 何が?」


「ここの歩道、歩行速度は時速3km制限だ。標識にも出ているだろう。

 君は明らかに時速5km以上出していたね」


「はぁ!?」


指さされた先には確かに3km制限の標識が出ていた。


「ご、5kmで歩いてなにが問題なんだよ」


「あぶないだろ! ぶつかるかもしれない!

 君はそんなルールも守れないのか!」


「意味のないルールでがんじがらめにされるほうがおかしいだろ!?」


「だいたい警察官に対してその口の聞き方はなんだね!

 この地区ではタメ口禁止と書かれているだろう!?」


電柱には張り紙がされてあり『タメ口禁止!』と書かれていた。


「あぁもううるせぇな! ほっといてくれ!!」


自転車でも追いかけられないように塀をのぼって逃げた。

逃げた先の道には足の踏み場もないほど、地面に張り紙が敷き詰められていた。


『立ち小便禁止!』

『歩きタバコ禁止!』

『歩きスマホ禁止!』

『外出時にイヤホン禁止!』

『不機嫌そうな顔禁止!』

『タメ口禁止!』

『50db以上の会話禁止!』

『明るすぎる髪色禁止!』

『肌を出しすぎる洋服禁止!』

『歩行速度は3km未満!』

『寄り道禁止!!』


地面だけではなかった。

壁にも、電柱にも張り紙はびっしりでコンクリが見えない。


空にはアドバルーンが飛ばされ、風になびく紙には『電気使いすぎるな!』『水を節約しろ!』『空気を大事にしろ!』などと赤字で書かれている。


「どうなってるんだ……街中ルールだらけじゃないか……」


行き交う人たちはみんなルールを守って、寄り道せずに機嫌よさそうな顔をしながら同じ速度で歩いている。

どこを見ても必ず視界のどこかに注意文が目に入る。


家に戻ろうと道をそれると寄り道センサーに引っかかり、ドローンが顔の近くにやってくる。


『その制服は○○高校ですね。今は授業中のはずです。

 寄り道せずに学校へ行きなさい。学校へ行きなさい』


「うるせぇこのロボットが!!」


持っていたカバンでドローンをふっとばして逃げる。

そんな状態になっても周りの人はだれも俺やドローンを見ることはない。

『他人をジロジロ見ることは禁止』を守ってやがる。


なんとか家まで逃げ切ったが、家の玄関の扉にも大量の張り紙が書かれていた。


『午後9時以降の活動禁止!』

『毎週日曜日に町内の集まりに参加すること!』

『地元の野球チームを応援しろ!』

『オリンピック見て感動しろ!』

『マスクは白地以外禁止!』


「誰だよ! こんなの貼ったのは!!」


張り紙を剥がすと、今度は玄関の扉にも直接文字が書かれているのが見えた。



『張り紙トルナ』



「うわぁ!」


驚いて思わず腰がぬけた。


家に入ってもそこかしこに張り紙がされていた。

窓の外から見えるのは風景ではなく、紙の文字ばかり。


今までお互いに察して守っていたルールや、

相手を気遣ったりしていた暗黙のルールが文字となってあふれたんだろう。


「どいつもこいつもルールルールって……」


子供の頃に比べてどうしてこんなにも毎日不自由さを感じてしまう。


トイレに入っただけで『フタ開けろ!』『紙は30cmまで!』『紙以外流すな!』『座って済ませろ!』『終わったら手洗え!』など、必ず目に入る位置にびっしりと書かれている。

そんなことわかっているっつーの。


まるでそれを言われないとわからないようなバカに扱われている気がしてムカつく。


「こんなこと言われなくてもわかるよ!」


人を殺しちゃいけないルールがなければ、人を殺していい。そんなわけないだろ。

言われなくても人を殺しちゃいけないことなんてわかる。


こうして文字にして、目に入る場所にないと守らないバカが多いんだ。

それのせいで俺がムカつくことになっているんだ。


「どいつもこいつも、ルールがなければ自分で考えることもしないのかよ!」


ムカついたのでその日、午後9時以降の外出ルールを破って外に出た。

外にある標識や張り紙の配置を変えて、矛盾するように作り直した。


「へへへ。なにがルールだ。守れない状態にしちゃえば、ルールなんて意味なくなるはずだ」


これで明日は心置きなく自分のペースで生活できる。

そう思った。


翌朝、目覚ましよりも早く目が覚めた。

家の外から大人の怒鳴り声が聞こえてきたからだ。


「こんな朝早くにいったいなんだ……?」


窓を開けると家の外の道路でサラリーマン二人が怒鳴っている。


「お前!! ここの標識に時速3km未満とあるだろう!! ルールを守れ!!」


「お前こそ! こっちの標識には時速5km以上で移動しろとあるだろう!

 3km未満でちんたら歩いていたら午前8時の会議に遅れるんだよ!!」


「自分に都合のいいルールばかり守るなんておかしい!

 3km未満とある以上、したがうのが社会人としての常識だ!!」


「だったらこっちの時速5km以上の標識はどうなるんだ!

 私だってこっちを守っているから急いでいるんだ!」


ついにどちらのルールを守るのか決めかねたサラリーマンはお互いに殴り合いを始めてしまった。

お互いのルールを認めれば済むのに、相手にも自分ルールが適用されるべきだと譲らない。


「お……俺のせいか……? 俺が昨日、標識を矛盾させたから……」


矛盾させればルールが相殺されて消えるかと思っていた。

相殺させるどころか、争いを助長させまくってしまっている。


今さら戻そうにも、標識を動かしてしまえばそのルールを守っているやつらが牙を向きかねない。


「なんでみんなそんなにルールを守ることに必死なんだよ! もっと大事なことあるだろう!!」


窓から叫んでも誰も変わらなかった。

サラリーマンは相変わらず、どちらのルールを正しいとするかで殴りあっていた。


見かねて警察に連絡してやっと収まったが、警察官もどちらのルールが正しいのかは決めかねていた。


その日の深夜、これまで動かしていた標識をもとに戻そうと外へ出た。

もうあんな争いはまっぴらだ。


「……あれ? 標識が……ない?」


いくら探しても自分が移動させた標識や張り紙は消えていた。

地面もコンクリートが見えるようになり、空からアドバルーンも消えていた。


「よかった……これで元通りになったんだ」


今回の1件で懲りたのだろう。

もう目にうるさい張り紙や注意文を目にしなくて済む。


安心して家に戻り、朝を迎えた。



翌朝。


まだ眠い体を引きずり起こして1階へ行く。


「お母さんおはよう朝ごはん……はっ!?」


冷蔵庫の前に見慣れない背中が突っ立っていた。

なぜか土足で家に上がり込んで、人んちの冷蔵を漁っている。


「あ……あんた誰だよ! そ、それに不法侵入っ……というか靴ぬげよ!?」


「うるせぇな……なんだ、この家のガキか」


振り返った顔には見覚えがあった。

自転車に乗っていた警察官だった。


「警察がなんで俺の家にいるんだよ! で、出てけよ!」


「あのな、昨日からルールが変わったんだよ。そんなことも知らねぇのか」


「知らねぇよ! ひとんちに入っていいルールなんてあってたまるか!」


「そんなルールねえよ。つかどうせルールなんてたくさん作ってもだーれも守らねぇことは、昨日でみんな思いしった。

 だからこれからは守るべきルールはひとつだけになったんだよ」


「守るべきただひとつのルール……?」


警察官は腰の警棒を抜いた。



「ルールなんて守らなくていいって、ルールだ」



矛盾のむの字を言う前に、頭を叩かれて意識が飛んだ。

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