第二幕:移り変わるフレイムカラー

「こんにちは百合華ゆりかみおさん! 烏摩うま妃香ひめかって言います! ここにサイン下さい! お願いします!!」

「この腕で? どうやって?」

「あっ! ご、ごめんなさい! その…足形とかでもいいです!!」


 週明けの月曜日にやってきた所長先生のお孫さんは私と同じぐらいの年齢で、私と同じ様に小柄な女の子だった。

 私と違うのは終始テンションが高い事と、フレームの大きな黒縁メガネを付けているところ。髪型もショートとミディアム程度には違う。


「いや、足形って、どうするの? 墨でも擦るの?」

「今度お相撲さん用の手形の朱肉買ってきます!!!」

「あ、そう…」


 初対面から終始この様なテンションだったので、私が本当に彼女に義腕を作れる技術があるのかどうか不安になったのは仕方が無い事だと思う。

 私のファンで私の義腕を作りにロシアから帰国した癖に、開口一番が「サイン下さい」なのだ。これがロシアなりの煽り方なのかと感心しかけたけれど、後日本当に大きな朱肉を買ってきて色紙に私の足形を取っていたからこの娘は本物か紙一重なのだろう。

 他にも似た様な事が色々とあって本当に何を考えているのか分からない娘だけど、今まで私の周りには居なかったタイプなので見ているだけで面白い。

 ダンスや音楽に付いても詳しくて話が合うし、ころころ変わる表情は見ていて飽きない。

 子犬を飼ったらこんな感じなのではないだろうか。


 でも、普段はこんな様子で考えた事をそのまま口から放出している感じの喋り方をする娘だけれど、異能や義腕に関する事については人が変わったように真面目になる。


「澪さん、測定器を肩に付けますけど、痛みを感じたら直ぐに言って下さい」

「大丈夫よ、多少の痛みは慣れてるわ」

「ダメです! こちらで脳波も取っていますが被験者が正しい情報を口にしてくれなくては正確なデータが取れません。少しでも痛みを感じたら正直に言って下さい!」

「え、えぇ、分かったわ…」


 実験中は終始この様子で、必要以上に私に気を使ってはいるけれど、それはそれとして私が「痛い」と言ってもデータの為だと言って装置を止めずに実験を続けたりする。

 確かに最初に我慢できなくなったらそう言ってくれと言われているし、実験後は毎回私に痛い思いをさせた事を半泣きになりながら謝って来るので、この娘が加虐趣味とかそういうのではなくて本当に私の事を想ってやってくれているんだなというのは分かる。

 それだけ妃香が私の事を真剣に思ってくれているという事だろう。

 他の医者や研究員達は異能を失った私を『異能が原因による異能の消失例』という研究対象としてしか見ていないけれど、この娘は本気で私に義腕を作ってくれようとしているのだ。

 だから、私もその想いに答えたいし、やっぱり腕が無いのは不便なので妃香の実験を積極的に付き合うようにしている。


 過去にダンススクールや同じ入所患者に同年代の子は居たけど、その子達とはお互いに牽制し合うような空気があって全く仲良くなれなかった。

 でも、妃香相手にはそういうのが無い。

 研究者と研究対象という関係だけど、きっとこれが友達って物なのかもしれない。

 最近、そんな事をよく思う。


 所長先生に聞いたけれど、妃香は飛び級をして大学に通っていて、長年異能研究をしているロシアの大学でもかなりの好成績を出している優等生なんだとか。

 なので安心して任せても大丈夫だらしいのだけれど、そういうのは最初の時点で言っておいて欲しかった。そうすれば私も暫くの間に妃香を警戒しないで済んだというのに。





◆◆◆◆◆






「最近、動きやすい物ばかりだわ。やっぱり回数が減ってるのも把握されているわね」


 お風呂上がりに穿かせてもらうオムツが吸水が強いタイプより運動がしやすいタイプな事が多くなっている事を顧みて、着替えを手伝って貰う看護師さんには色々と筒抜けなんだろうなというのを自覚する。


 妃香が来てから私は毎日の様に妃香の実験に付き合っていて、それによって精神的にも肉体的にも疲れてしまうので朝までぐっすりと寝てしまう事が多い。

 寝つきが良くなったことで結果的に悪夢を見る事が無くなったので、いつも悪夢を見た後にしていた熱を鎮める行為もしていない。

 体の芯で燻っている熱が解消されてはいないけど、こうして外に出たがる回数が減ったのは妃香のお陰だろう。

 このまま実験を続けてくれれば、もしかしたら所長先生が仰る通りにやりたい事を見つけれるかもしれない。

 でも、今の状態は一時的な物だと思う。妃香はまだロシアの大学を卒業していないのでずっと実験をし続けるという事は無いだろうし、結果を出したら妃香は違う場所へ行ってしまうだろう。

 なんなら私もロシアに行こうかしら。そうすれば向こうで実験を続けて貰う事も出来るし、こっちよりも異能の研究が本場だと言うから進展も早いかもしれない。

 私の保険から出ているお金があれば妃香も色々と助かるだろうし、向こうで研究対象として扱って貰っても構わないわ。



 ……なんて、ね。



 異能者は登録をした国から外に出る事が禁止されている。

 異能が使えなくなった私もそれは例外ではない。


 異能が戦争に使われていた頃に決められた法律の名残らしいけれど、今でも異能者はそこに居るだけで色んな利益があるのだから、他の国へその利益を渡すわけにはいかない。


 だから、私もダンスの為にわざわざ外国からコーチを招いたり、ステージを見に来るお客様もこの国まで来て貰っていた。スタッフにも外国の方が居たと思う。

 それだけ迷惑をかけていたのにも関わらず、私は大一番で異能で腕を燃やして無くしてしまったのだから、周囲の落胆はそれはもう酷い事だっただろう。

 当時は自分の事でいっぱいだったので分からなかったし、今でも自分以外の事を気にする事なんか無かったから気が付かなかった。


 でも、今なら分かる。


 あの時の私は所謂『天狗になっている』という状態で、周囲の人間は全て自分の言いなりだと思っていた。

 確かに私の異能とダンスを合わせた炎の舞は芸術だったかもしれないけれど、それは両親から私を引き取ってくれたお爺ちゃんやお婆ちゃん、海外から来てくれたダンスのコーチ、ステージを用意してくれていたスタッフ、それに遠方からでも見に来て下さったお客様が居たからこそ、一つの作品として完成していた。


 どうして私はそんな事に気付いていなかったのだろう。



 もしもこれが妃香の影響だと言うのなら、私は妃香に出会えた事でようやくまともな人間に成れるのかもしれない。


 幼い頃に異能で母を傷付け、何度も小火を起こして周囲に迷惑をかけ、何度も要らない子扱いをされてきた私。

 両親から否定された異能で成り上がって見返してやると意気込んで、望み通り世界に通用する有名人になって、世の中の全てが私を必要としていると思い込んでいた。


「……だから、罰が当たっちゃったのかな」


 異能は持ち主の精神状態と深く関りがあるという仮説があって、それは確定では無いけれど色んな数値がそれを証明をしている。

 当時の私は周囲を奴隷の様に思っていたから、その驕りが腕を焼いたんだろう。


 でも、それで良かったのかもしれない。

 腕を焼いても未だに私の奥底には炎が燻っているのだ。

 もしもこれが全て放出されていたら、燃えたのは私の腕だけで済まなかっただろう。

 だから、きっとあそこで私の腕が燃えた事で被害が最小限で済んだのだ。




 今までずっと自分の異能で自分の腕を燃やしたことを悔やんで憤っていたけど、なんだか心が晴れた気がする。

 これも妃香のお陰かしら。

 明日、妃香に少しこの話をしてみよう。

 妃香には私の事をもっと知って貰いたい。

 私の事を知って貰って、私の事をもっと見て貰いたい。


 なんだか、とてもそう思う。

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