第一幕:燻る炎のリコレクション

「また…あの時の夢……か…」


 肩から指先までを針で突き刺されている様なズキズキとする熱い痛みと、頬を伝う雫の冷たさと、取り返しが付かない事への焦燥感を覚え、私は目を覚ます。

 そして、を天井へと伸ばし、私の奥底で燻る炎がどこからも出ていない事を確認して、安堵と無念で腕を震わせながらゆっくりと下ろした。




 時刻は早朝四時前。

 まだ寝直すには充分な時間だけれど、一度焦燥感を覚えた頭の中は後悔や罪悪感でぐちゃぐちゃになるので落ち着いて横になる事が出来ないし、腕の痛みは激しく鳴る鼓動に合わせて熱を広げていくのでとてもじゃないけどじっとなんかしていられない。

 もう何度も見てきた悪夢なだけに、このままでは朝までベッドの上で悶々と唸りながら耐えるしか無いのをよく理解している。


 だから、私は頭の中をバカにする為と、行き場のない熱を鎮める為、足だけの操作で枕元に置いたタブレットを立ち上げる。


「今日のは吸水が強いタイプね。都合が良かったけど、もしかして頻度を把握されてるのかしら?」


 タブレットが立ち上がる時間を利用して、慣れた足付きでパジャマの下を脱いで下着姿になる。

 下着と言っても下はおむつだ。

 私の異能は炎の異能だったから、その影響で身体中の汗腺が未発達らしく、体温調整目的で普通の人より排尿の回数が多い。

 ただでさえトイレに行く回数が多い上に肘から先の無い腕では咄嗟に下を脱げないという事もあり、事件以来私は基本的におむつを穿いている女だ。

 最初は勿論恥ずかしかったけれど、何回も漏らしてしまえば否応無しに許容するという物。

 私としてはずっとカテーテルを挿れてくれた方が楽だけど、訳あって異物を体内に入れっぱなしには出来ない体質なのでおむつしか選択肢が無いのだ。


「ヘッドホンはどこだったかしら…あ、あったあった」


 立ち上がったタブレットに無線のヘッドホンを認識させながら頭に取り付け、動画フォルダから当時の私のダンスを撮影した物を選ぶ。

 肘から先の無い腕では一苦労の作業だけど、数百にも登る回数をこなせば流石に慣れてくる。


 私がこれからするのは、所謂過去の栄光を思い出して入り浸る自慰行為だ。

 私は私自身が一番輝いていて、そして誰もが私の言う通りにしてくれていた時の動画を見ながら、正座をする様な体勢で踵で股間を刺激する。

 この動画はあの事件が起きたステージのリハーサルを撮影した物で、客席にも数人の関係者しか集められていない物。

 でも、そのたった数人の観客であっても、彼らは私を称賛して溢れんばかりの拍手を降らしてくれた。

 特に一番遠くに座っていた女の子。あの子の拍手は賞賛に溢れていて、あの拍手の為に私は踊っていたのだと感じれた。

 だから、私はそれが嬉しくて、何度もこの時の動画を見ながら自慰にふけいり、頭の中のぐちゃぐちゃした物を高揚感で埋め尽くし、腕に纏わりついてる熱や痛みを鎮めるのだ。







「この時の観客が今の私を見たら、どう思うのかしらね。んっ…」


 

 定期的に見てしまう、私が私であった頃の最高潮の時期で、私が私で無くなった最悪の瞬間の夢。

 その悪夢を晴らす為に、私は今日もベッドの上の小さなステージで、無様なダンスを踊っている。






◆◆◆◆◆






「体温は39.3℃。いつも通りだね。何か変わった事は無いかい?」

「はい、先生。大丈夫です、いつも通りです」

「それは良かった。異能の後遺症も薄まってきているみたいだし、そろそろ将来やりたい事を探してみるのもいいかもしれないね」

「ええ、考えておきます」


 いつも通りの朝食前の診察を終え、複数人の看護師を連れた所長先生はいつも通りの言葉を私にかける。

 そう、いつも通り。

 いつも通りに、私に新しい事を始めてみろと言う。

 確かにもうダンスを止めて三年になるのだし、この間誕生日を迎えて十八歳にもなった。普通の人なら社会に出る為に何かを始める時期だろう。

 でも、私は小学校を育児放棄でまともに行かず、中学校は異能とダンスの練習で全く通わず、それからずっとこの人類異能研究所兼異能力者用厚生病院(※略して異能研病院いのけんびょういん)で治療を受けてきて高校にも通っていなかったのだ。まともな読み書きは疎か、人との付き合い方だって危うい。

 せめてまだ異能が使えたり義腕が使えるのならば異能研病院ここで研究者として雇って貰う事も出来るだろうけど、私の異能はあれ以来全く発動せず、それどころか腕が無い状態を体が正常と認識している様で、義腕を付けるとという違和感で激痛が走るのだ。

 頻尿な事も合わせて、まともじゃないというハンデが私にはある。


 普通の生活ですら難しいのに、こんな私に何をしろというのだろう。


 異能に付いてはまだ分かっていない事が多く、子供のうちだけ使えた人も居れば大人になってから使える人も居て、私みたいに自らの異能で肉体を傷付けてしまう人も大勢居るらしい。 

 そういった異能による自傷や異能後遺症の人の為の異能保険から普通に生活できるお金は出ていて問題は無いのだし、ここの入院費も異能の研究費という事で国から出ている。今の状態の私でも研究対象として多少役には経っているらしいので、特に無理して新しい事を探す必要は無い筈だ。


 それに、この体の奥底で燻っている熱は、きっともう何をしても解消されない。

 自慰行為で性欲と一緒に沈静化は出来ても、外へ出す事が出来なければいつかは私自身を燃やし尽くしてしまうだろう。


 だから、まともな仕事はおろか、誰かと関わる仕事をするのも危うい。

 自分の異能で自分を燃やした出来損ないの私には、この狭い病室で一生を終えるのがお似合いなのだ。

 いつになるかは分からないけど、私が燃え尽きるその日まで、定期的に悪夢をみて、適度に発散して、そうして静かに朽ちて行けばそれでいいと思う。

 【サラマンデラ炎の妖精】だった私はあの時死んだのだから。



「そうそう、来週から僕の孫がロシアから帰って来る事になっていてね。澪ちゃんの義腕を作るんだって言って聞かないからよろしく頼むよ」

「はい?」


 診察を終え、杖をついて看護師に支えられながら立ち上がる所長先生は、まるで今日の天気の話題を言うかのようにさらっと重大な事を話した。

 義腕? 義腕って言ったわよね、所長先生。

 私の体に義腕を付けるのは私の体が拒否をするから不可能だって、所長先生が自ら仰ったじゃないですか。それに来週って今日木曜日ですよ? 普通はもっと早く話しません? いや、予定とか無いですけれど…


「昔から澪ちゃんのファンだったみたいでね。まあ、悪い子じゃないから良くしてあげてね」

「は、はぁ…」

 

 所長先生はそう言うと、複数人の看護師を連れてふらふらとしながら部屋を出て行った。

 いくら私のファンだと言っても、異能研病院ここに来るからには恐らく優秀な頭脳を持つ人なのだろう。ロシアからって事は留学をしていたのだろうし、それだけの実力はある筈だ。

 そんな人が私のファンなのは嬉しいのだけれど、本当にいいのだろうか。

 ほら、公私混同とか。ここ、一応は国営だし。所長先生のお孫さんだからってそんな事しちゃって。

 まあでも、何か問題があったとしても私には関係ないわよね。どうせ私はここから出る予定は無いのだから。誰が来ても同じ事よ。いつも通りに過ごすだけ。




 私はそう思いながら週末をいつも通りに過ごし、悪夢を見て起きるのを二回経験してから翌週を迎えた。

 

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