#95 剛射の弓術士
(どこ、どこにいるの!?)
中央の部隊に混ざって戦いながら必死にカッツェとハナの行方を捜すソグンとエイル。
途中偶然合流したロンの
当初はゴブリンやインプといった低級の魔物が多かったのだが、徐々に魔物の格が上がってくるにつれ最早一撃で敵を倒すことは難しくなってきている現状、その焦りは増してゆく一方だった。
ザクッ!
『ビィィ!』
「さっさと死んで!」
そんな折にズンズンと迫って来る地響き。
暗闇の中、遥か前方で戦うロンをすり抜けて来たのは全身が岩でできた巨像である。
『ズモォ゛ォォォォッ!』
「何なのよコイツ!」
「ゴレムスだ、下がれエイル!」
ダンジョンが主な生息地となっているゴレムスを知る者は防衛隊の中でもごく少数。突然現れた巨像にエイルが狼狽するのは至極当然だった。
「っ!?」
守り手の一人が大声を張り上げると同時に、道を開けろと言わんばかりに拳が振り下ろされる。
ドゴンッ!
たった一撃で地面に大穴が開き、見た目そのままに怪力を振るうゴレムスにエイルは息を飲む。
動き自体は緩慢と言え、今の一撃も避けることはできた。
だが、一撃食らえば即死は免れないし一目見て核らしいものは目に入らない。
地響きを鳴らし、腕を縦横無尽に振り回しながら中央隊のど真ん中を食い破ろうとしているゴレムスの様は、エイルに己の使命を忘れさせた。
「こんなデカブツ簡単に通してちゃ、ジン兄ぃに笑われるよっ!」
ガキン!
鈍重なゴレムスの背に短剣で斬りかかるが、その表面は硬く全く刃が立たなかった。
ならばとエイルが全力で剣に強化魔法を施して再度斬りかかろうとしたところで、その脇をスッと駆け抜けたのはソグンである。
「はぁっ!」
ドガンッ!
『モア゛ア゛ア゛ア゛ァァッ!』
強化された戦棍がゴレムスの脚に振るわれ、岩で出来たその脚にヒビが入るほどの衝撃はゴレムスのバランスを崩すことに成功した。
だが、怒りの雄たけびを上げたゴレムスはあっという間に体勢を立て直し、入れたばかりのヒビはたちまち修復されている。
それを見てソグンは諭すようにエイルの横に並び立つ。
「僕のメイスでこの様じゃ、エイルのダガーじゃあいつは倒せないよ。忘れないで、今僕たちがやるべきことはカッツェとハナを避難させる事。ジンさんに笑われたくないんだったら、まずやるべきことをやろう」
「ぐっ……こんな時でも理屈っぽいところ、きらいよっ」
攻撃力の一点で見れば、エイルはソグンの足元にも及ばない。
剣が通らず、俊敏さが意味をなさない相手である以上、エイルがゴレムス相手に立ち回る意味はほとんどないと言える状況である。
ソグンはそれが分かっていたからこそ熱くなったエイルに分からせるため、まずは敵わない事を思い知らせるために危険を顧みず渾身の一撃をゴレムスに与えていた。
そしてソグンはエイルの悪態など完全に受け流し、考えていた可能性を打ち明ける。
ジンが創り出したであろう前線と神獣の足跡を隔てる壁を越えて二人が戻ったとは考え辛い。
戦いながらではあるが、これだけ探しても見つからないとなるともうここにはおらず、壁と前線の間にある民家に隠れているか。
あるいは、
「エイル、右を探してみて」
「右って、シィちゃんのところ? あっちには誰も……っ、そっか!」
人に紛れるという選択が最も取りやすい手段だと思っていたが、そもそも人に見つかりたくないという前提ならば中央と左を選ぶ理由はない。
ならばたった一人で前線を支えているシリュウの下に向かうのが当然の成り行きと言えるだろう。
ソグンに言われ、エイルは混沌とした状況の中必死に周囲に
子供二人が前線にいるなど皆に知られては混乱を与え、余計な心配事が戦いの邪魔になると分かり切っている状況である。
当初二人にその事を知らされたフェルズは味方に周知することはせず、守り手の中でもベテラン勢にしか事を知らせていなかった。
距離が離れている上に、多くの魔力反応が交錯する中で小さな反応を見つけ出すのはかなり骨が折れる作業である。
(この状況で目を瞑れる君が一番凄いと僕は思うよ)
大混戦の中、集中するために目を瞑ってその場に立ち尽くすエイルをソグンは必死に守り抜く。
だが、二人の都合などお構いなしに押し寄せるのがスタンピードである。
一体だけな訳が無かった。
『ズモォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ!!』
「ぐっ!」
またも現れたゴレムスは最前線を張るロンが見逃し、このD級の魔物を通すという事自体がロンが同等かそれ以上の敵を相手にしている事に他ならない。
また、敵の格が上がってきている。
序盤に現れた
エイルを守りながらうごめく小物を戦棍で押しつぶし、迫りくるゴレムスに駆け寄ったソグンは戦棍を両手で握りしめた。
「ふーっ、ふーっ」
『モバァ゛ァァァッ!』
身体と同等の大きさのゴレムスの掌が振り上げられ、ブオンと低い風切り音を立てて横殴りに振り回される。
―――一瞬の足止めが全員を救うこともある
(それが今!)
―――その一瞬に身を投げ出す覚悟を持てる男になれ
「来いよっ! このウスノロ!」
ドギャッ!!
ソグンの戦棍とゴレムスの掌が衝突し、ゴレムスの掌は砕かれ見事に押し返された。
乾坤一擲の一撃を与えたソグンだったが衝撃は全身におよび、身体は数メートル吹き飛ばされている。
「っし!」
それでも全身に渡る軋みを意に介さず、すでに修復が始まっている敵の掌を見据えて立ち上がる。
砕かれた手とは逆の手を振り回そうとするゴレムスだったが、ソグンは自らが稼いだほんの一瞬に拳を握った。
「すげぇな、ソグン。俺にゃ無理だわ」
ダンッ!
そう言ってソグンとエイルの側に寄り、矢を穿った一人のベテラン。
矢は振り上げられた掌に突き刺さり、その威力でグルンと身体を回転させられたゴレムスはバランスを崩してその場で派手に転ぶ。
『ズモァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!』
ダダダンッ!!
立ち上がろうと膝を立てたゴレムスに再度矢を三本撃ち込み、またも倒されたゴレムスを見てソグンはつい嘆息をもらす。
「僕なんかより、矢でゴレムスを転ばすオプトさんの方が凄いんですが……
至極真っ当なソグンの問いかけに、オプトは背にある新たな矢を番える。
「気づいてるだろ? 敵が強くなってる。後ろからじゃ一撃で倒せなくなってきてるんだよ」
そして仰向けに転んだゴレムスにタンッと飛び乗り、オプトは左胸にギリリと狙いを定めて矢に強化魔法を施した。
「覚えときな。
ズガン!
『ズモォォォ……』
オプトの言う通り、ゴレムスは極至近距離で左胸にある核を穿たれると同時に消えて行った。
先ほど中央を抜けようとしていた一体もいつの間にか消えており、どうやらオプトの手によって撃ち抜かれたようだった。
(僕はこの人の事、勘違いしてたのかもしれない)
ゴレムスが放つ魔力光を見送ることなく、位置を変えて次から次へと矢を放っては一撃で敵を倒していくオプト。
その早業は弓を武器としないソグンでも十分にその凄まじさを感じさせるものだった。
距離そのものが矢の威力を減らすとは言え、安全地帯から一方的に敵を狙い撃つのが弓術士であり、接近されては満足に弓も引けないというのもソグンが知る弓術士である。
現に自身の知る今までのオプトはそうだったし、駐屯隊や他の守り手の弓使いは防柵の後ろに控えているのだが、こうして攻撃隊に加わっているのは彼ただ一人。
その胆力もさることながら、
隙あらば木の上で寝てしまうオプトはここにはいないらしい。
―――こう見えても俺はジンの弓の師匠なんだぜ
自慢気にそう語るオプトの記憶がソグンの脳裏をかすめた。
「なんか、すみませんでしたっ」
「え、なにが?」
いきなり謝られてしまったオプトがソグンを振り返るが、ソグンは答えることなく戦棍を振り下ろして迫っていた
矢と相性の悪い相手を一撃で倒したソグンにオプトが口角を上げると、とうとう傍らにいたエイルが小さく声を上げた。
「見つけた……たぶんこの反応だよ」
それを聞いたソグンとオプトは互いに顔を見合わせ、オプトは両手に持った矢でゴブリンを串刺しにしながら二人を送る。
「早く行って戻ってこい。二人とも大事な戦力なんだからよ」
「「はいっ!」」
ソグンとエイルは返事をし、急ぎシリュウの下へ駆ける。
――――――――――
■近況ノート
いつもなら続きを書く時間を恐竜に奪われている物語
https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16817330648637751229
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