#6 ハンタースⅣ

 サクヤさんが出て行ったあと、『大変失礼しました』と苦笑いを浮かべてイェールさんは続けた。


 これは一方的に外套の事を聞いて去って行ったこともあるが、サクヤさんが昨晩と今日、計三回の探知系魔法を俺とシリュウに向けて発したことに対してだ。


 聞くところによると、一度目の遠視魔法ディヴィジョンでシリュウの魔力反応を掴んだサクヤさんだったが、即座に返ってきた探知魔法サーチに驚愕。亜人が無属性魔法に属する探知魔法サーチを使えるはずが無いと、接近し目視すると隣には俺がいた。


 なぜ一度目の遠視魔法ディヴィジョンに俺がかからなかったのか不思議に思ったサクヤさんは、その場で二度目の遠視魔法ディヴィジョンを放つが、目視しているのにも関わらずまたしても俺がかからなかった。


 不審に思ったサクヤさんは俺たちがドレイクに向かっている事は明白だったので先に街に戻り、ハンタースのギルドとしての機能を使い、俺たちが歩いてきた方角をさかのぼってサーバルカンド王国やマラボ地方の冒険者ギルドに問い合わせたらしい。


 すると、ポーティマス冒険者ギルドに竜人イグニスの少女を連れた冒険者がおり、その者はすでに発った、ということが分かったという寸法である。


 つまり、俺たちがハンタースを訪れることはイェールさんは知っていたという事。あのカウンターでの微笑みはそういった事を含んでいたのだ。


「さすが、優秀な斥候士スカウターですね」

「三度目の探知魔法サーチは……サクヤなりの歓迎だと思っていただけたら助かります」


 こちらも一方的にシリュウが喧嘩を売り、さらに負かした相手の治療までしてもらったのだ。これくらいの事は何でもない。


「さて、いろいろ種明かしをしたところで……」


 と言って、イェールさんは竜の狂宴ドラゴンソディアについて、そして俺も深く関わった共通の話題である、一年前に起こったジオルディーネ王国の侵略戦争について話してくれた。


 今から十三年前、マラボ地方で起こった魔物大行進スタンピードがこの話の始まりである。


 この魔物大行進スタンピードはサントル大樹海からあふれ出た魔物が引き起こしたものであり、竜の狂宴ドラゴンソディアのメンバー五人が最前線で強魔を葬り続けたという、もはや伝説ともいえる出来事だ。


 この活躍によりマラボ地方の多くの民の命が救われ、さらにマラボ地方に隣接するジオルディーネ王国とサーバルカンド王国の危機をも救ったとされている。この功績がギルドに認められ、当時Aランクパーティーだった竜の狂宴ドラゴンソディアはSランクパーティーに認定されたということだ。


 とくに活躍したリーダーで従獣師テイマーのクロード・ドレイク、魔導師マギアのアナスタシア・ソアラ、そしてパーティーの生命線を担い、戦後多くの民を治療したイェール・ナイトレイは個人としてもSランクとなり、今に至っている。


 ちなみに斥候士スカウターのサクヤ・イザナミと、つるつる人間こと戦士ウォーリアのドーザ・ブルームは魔物大行進スタンピード後に加入したAランクのメンバーらしく、当時の二人のメンバーはすでに冒険者を引退しているのだという。


 一年前、ジオルディーネ王国がサーバルカンド王国を滅ぼし、ミトレス連邦、エリス大公領、ピレウス王国といった周辺諸国に出兵したのにもかかわらず、南に隣接するマラボ地方に攻め込まなかったのは、この辺りが理由だとイェールさんは言った。


 一度大規模な魔物大行進スタンピードを引き起こしたいわくつきの地である以上に、魔人を伴ってマラボ地方を攻めれば、Sランクパーティーがまた出て来るかもしれないという恐怖からだとイェールさんは推察していたらしい。


 だが、エリス大公領に攻め入ったジオルディーネ軍がここドレイクを避けて領都エルダントンに向けて進軍していたところ、運悪くサクヤさんに見つかり、一千の魔人兵と軍を指揮していた二体の魔人は竜の狂宴ドラゴンソディアに全滅させられた、というのが事の真相。


 その後も雑談を交えながら互いに情報交換をおこない、その流れで俺がここへきた理由について話してみた。


「なるほど。そのお話は私では役不足ですね。あいにくクロードとソアラは大樹海に調査に入ってまして、あと十日もすれば戻ってくるのですが……いかがでしょう。よろしければ二人が帰るまで、お手伝い頂けませんか?」


「もちろんです。実はシリュウが一文無しでして。きりきり働かせます」


「ははっ。それは心強い。この街の物価は決して安くありませんのでご注意を。ですが、素材と魔力核はハンタースが責任をもって買い取らせて頂きますのでご安心ください」


「助かります」


 小一時間ほど話し、部屋を後にした。



 ◇



 客室で大人しく待っていたシリュウを連れ、さっさと宿を確保して街をゆく。


「明日から仕事だぞ」

「いらいです?」

「同じようなものだが、今回はいつもとは少し違う。魔物らを狩って狩って狩りまくって、素材と魔力核をハンタースに買い取ってもらうのが目的だ」

「かってかってかりまくる……っ!」


 イェールさんに負けたショックが未だ拭いきれていないシリュウは、いつもの初級レベルの魔物や採取の依頼ではない事に顔を紅潮させた。


「草さがしたり、木ガリガリやらないでいいです?」

「薬の素材採取も大事だが、今回はやらなくてもいい」


 ピクッ


「こっそり見てるだけじゃなくていいです?」

「調査も大事な仕事だぞ。でも今回は狩りだ」


 ピクピクッ


「じゃ、じゃあ……とか、うさぎじゃなくていいです?」

「大樹海の魔物がその程度だったら世界は平和だな」


 ダンッ!


「やっとシィのじだいがきたですっ! お師! はんたーすに住むです!」


 どうやら完全復活したようだ。


 普段、初級ランクの依頼ばかりで手ごたえのある戦いをさせてもらえなかったところに現れた、イェール・ナイトレイという強大な相手。喜び勇んで挑んだはいいものの、久々の強敵との戦いにあっという間に敗れ、シリュウは不完全燃焼だったのだ。


 道中も街道を主にここまで来たので、強力な魔物や魔獣にはなかなか出くわさない。やはり彼女にとって、飯より戦いの方が何よりの発奮剤なんだろう。


 さて、今回の魔物、魔獣狩りの事である。


 今ドレイクは南に位置するサントル大樹海から出てくる魔物や魔獣の危険にさらされている。これは定期的に起こるとされていて、いわゆる『周期』に入った状態である。


 サントル大樹海は未だ多くの謎につつまれており、その一つが周期である。この周期が発生する有力な説の一つに、魔素濃度のバランスを保とうとするサントル大樹海の『深呼吸』である、というものがある。


 これは大樹海の生存競争に敗れた魔獣が新たなテリトリーを求めてあふれ出し、あふれた魔獣が冒険者によって狩られ、魔素の使用者でもあった魔獣が狩られたことにより行き場を失った大樹海を覆う濃い魔素が、次々と新たな魔物を生み出すという負の連鎖。これを深呼吸と呼び、周期の原因だというものである。


 これが数体程度の魔獣ならなんら脅威とはならないが、いかんせん、未だ総面積すら把握できないサントル大樹海からあふれるのだ。一説には大陸一の版図を有するアルバート帝国をもしのぐ広さがあるとされ、事実、大樹海は西大陸と東大陸にまたがっている。


 世界最高峰のオルロワス大火山を有し、世界最長の山脈であるクテシフォン山脈と同様に、サントル大樹海もまたそのほとんどが未踏の地となっているのだ。その脅威度は推し量ることすらできない。


 ドレイクを拠点として活動する冒険者は約三千人。全員がハンタースの洗礼を乗り越えた腕に覚えのある者たちであり、そんな彼らが広大な防衛ラインを形成しているのだ。


 西大陸でもっとも冒険者を抱えているアルバート帝国北西部、古都ディオスにある西大陸冒険者ギルド本部を拠点にしている冒険者が五千人である事を考えると、ドレイクの数と質が異常であることが一聞してわかるだろう。


 やる気満々のシリュウだが、とりあえず事は明日からだ。暗くなる前に宿をおさえ、街を見て回ることにする。傷薬や毒消しなどの備品も買いそろえなければならないし、この街の相場も知っておきたい。


「ねぇ、お師」


 街を歩きつつ、先程ハンタースで両替した貨幣を見てシリュウが首をかしげている。まぁ、その金も俺の金袋から出ているのだが、さすがに無一文で街に同行させるのは気が引ける。


「おかねの絵も大きさもちがう」


 それはそうだ。マラボ地方で流通していたのはマラビア通貨であり、エリス大公領とピレウス王国で使われるのはピレニオル通貨である。西大陸ではアルバ通貨の次に信頼度が高く、人気の通貨だ。


 シリュウに国が変われば通貨も変わると伝えると、手にある初めて見る銀貨をまじまじと見ながら、驚きの余り声が出ていなかった。


「人間わけわからない……」

「ちなみにシリュウの好きなマラビア銀貨は」


 と金袋をまさぐり、ピレニオル小銀貨とピレニオル中銀貨の二枚を取り出す。


「これとこれの間くらいの価値だな。つまり、シリュウの嫌いなマラビア大銅貨八枚分と同じ価値だ」

「ふぁっ!?」


 唐突に言われたややこしい貨幣価値の差に、彼女は銀貨を地面に叩きつけそうになるが、プルプルと震えながらその手は止まった。


「うわぁ~ん! シィはさんじゅつをきわめてなかったです~!」


 悲嘆に暮れるシリュウを見て、少々いじめ過ぎたかと反省。実のところ、通貨を他国の通貨に換算して考えるなど無意味である。そのことに気付いたのは俺も旅に出てしばらくしてからなのだが、このあと帝国に入り、東大陸を目指すとなると次から次へと通貨は変わる。早い内にを教えておくべきだろう。


「シリュウ。世界中で価値に大きな差が出来にくいものって何だと思う?」

「え? え~っと……ぼーぼー鳥です」


 間違っちゃいないが、使える情報ではない。


「残念。ボーボー鳥はマラボの特産だ」

「……ふぁっ!?」


 『どういうことです』と驚き食い下がるシリュウに、もうボーボー鳥にあり付けることは無いと現実を教えてやると、今度は涙目になってしまった。とりあえずボーボー鳥よりうまいものは世界中にあるとごまかし、話を強引に戻す。


「と、とにかく。答えはこれだ」


 と、傷薬を取り出してシリュウに手渡す。


「ぐすっ……くすり……」

「そうだ」


 傷薬は世界中で必要とされ、極端な話どこでも作られている。冒険者は全員が持っていると言っても過言では無く、大きな戦争でも起こらない限り、その需給バランスは常に安定しているといえるだろう。


 薬の元となる素材や生産方法に各地域で若干の違いはあるものの、効果に差はなく、ほとんど同じ手間で作られている。なので、土地土地で傷薬がいくらで買えるのかというのを基準にして考えると、冒険者としての活動費用はおのずと見えてくる。


 ただ、これは俺がそうしているだけで、人によっては一食分の値段だったり、宿代だったりとそれぞれなので一概には言えない。


「明日からシリュウがどれだけ傷薬が買えるのか楽しみにしてる」

「そんなけがしないです!」


 そんなこんなで街をめぐり、世話になりそうな店をチェックして宿に戻った。飯をおごってもらえると分かっているシリュウは中銀貨二枚分の飯を軽く平らげ、ボーボー鳥のことは忘れて満足げだ。


 ちなみに、この街の傷薬は小銀貨二枚だった。








―――――――――――

■近況ノート

うれしいなぁ

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16816700429637813887

■参考

貨幣価値に関しては資料集をどうぞ

https://kakuyomu.jp/works/16816452219406867787/episodes/16816700427002314810

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る