#5 ハンタースⅢ

 ハンタース四階にある客室。


 目の前にあるベッドには、見事撃沈したシリュウが気を失ったまま横たわっている。かれこれ二時間ほど経過したか、ポーティマスで手に入れた本も終盤に差しかかっている。


 『武具大全』と題し、二十年以上前に出版されたもの。最新の武器防具は載っていないが、今でも十分参考になる上に、価格も安かったのでつい衝動買いしてしまった。


「お、これか」


 旋棍トンファーと呼ばれる武器のページにたどり着き、内容をサラッと読んでいく。


 防御にも秀でた打突武器。その歴史は古く、三百年前の文献に登場している。基本的に二つ一組で、左右の手にそれぞれ持って―――うんぬん。


 なぜこの武器について調べているかだが、イェールさんが『終わらせる』の一言とともに収納魔法スクエアガーデンから取り出し、戦いに使った武器だからだ。


 なかなかクセの強そうな武器だったが、イェールさんは身体の一部のように使いこなしていた。本にあるように攻防一体となった旋棍トンファーは、もともとシリュウと同等の格闘術を持つイェールさんの攻撃力とリーチを大幅に上げ、予測の難しい角度からの打撃にシリュウは大いに苦戦した。


 イェールさんが旋棍を取り出した瞬間、雰囲気が変わった事を察したシリュウは半竜化。さらに戦闘力を上げたのだが、結果はこの通り。善戦どころか惨敗といってもいいだろう。


 彼の宣言通り、戦いはまもなく終わった。


(まぁ、旋棍だけじゃないんだが)


「うがーっ! はっ、はっ……ここ、は……?」


 イェールさんが使った魔法についてもう一度思案にふけりそうになったところで、シリュウが叫びながら目を覚ます。


「ハンタースだ。説明はいるか?」

「お師……」


 横にいる俺の顔を見るや、自分がどうなったのか必死に思い出そうとしている。体のあちこちをまさぐり、全く傷やダメージがない事に不思議な顔をしながら、目に涙を浮かべた。


「シィは負けたですか」

「完敗だな」

「ふぐっ!」


 ここまで悔しそうな顔を見るのはこれで二度目。一度目は俺に負けた時だ。あの時も目に涙を浮かべ、必死に悔しさを押し殺していた。わんわんと泣き出すんじゃないかとヒヤヒヤしたが、その時彼女の口から出てきたのは『黒人間、どうやればそんなに強くなる』だった。


 なんだか腹黒のような呼び方にピクリときたが、まぁこの事については今はいいだろう。



 コンコン―――



 シリュウが目を覚ましたのを見計らったかのようにノックの音がし、『どうぞ』と返事をするとハンタースで働く職員が入ってきた。


「お目覚めでしたか。体調はいかがでしょう」

「ええ、おかげさまで問題ないようです。ありがとうございます」

「それは何よりです。お時間よろしければお話を伺いたいとナイトレイが申しておりますが」

「ありがたい。すぐに伺います」

「承知しました。では、こちらへ」


 悔しさを消化するのに忙しいシリュウに代わって返事をし、その足で職員の後に続こうと立ち上がる。


「終わったら迎えに来るからここで休ませてもらっておけ」

「シィは……」

「よく頑張った、とは言わない。負けて得るものは多い。これをかてにできるかはシリュウ次第だ」

「……」

「まぁ……大人しく待てたら、今日の飯くらいはおごってやる」

「おとなしくしてるです!!」


 己に打ち勝つ。敗戦を飲み込み、何が足りなかったのか、どうすれば次につながるのか。


 俺はそういった事をあれこれ考えるタイプだが、シリュウは考えるまでも無く、身体がそういう風に動くように育てられている気がする。まずは自分で次の一歩を踏み出し、俺が気付いた事を助言してやるだけで彼女は勝手に成長するだろう。


 師なんて呼ばれてはいるが、実質俺は何もしていないのだ。拳を振るうだけではない、色々な経験をさせてやるのが俺のしてやれる精一杯だと思っている。


 飯くらいで少しでも前向きになれるのならいくらでも……とは言わないが、まぁたまにならいい。



 ◇



 ハンタース四階には複数の部屋があり、一番奥の部屋に案内された。中にはイェールさんともう一人、大きめの口当てをした者がいる。珍しく俺と同じ黒髪だが、染めているのか、側頭部に五本の白い線が入っている。顔はよくわからないが、たたずまいからして女性だろう。


「お呼び立てして申し訳ありません」


 窓の外を眺めていたのか、窓際で俺を迎えたイェールさんはそう言い、受付にいた時のような微笑みで椅子に座るよう促した。


 イェール・ナイトレイ


 今、気さくに俺と話すこの人物は竜の狂宴ドラゴンソディアのメンバーでSランクの冒険者だ。彼は自身をただの治癒術師ヒーラーと言っているが、誰がどう見ても彼の戦闘力は治癒術師ヒーラーの域をはるかに超えている。


 シリュウを治療したのもこのイェールさんで、その治癒速度やも、俺の知る限りこれまでの誰よりもすぐれていたように思える。少々認めたくない面ではあるが、母上より治癒術師ヒーラーとしての腕は上だと思う。


 話によれば解毒魔法アンチヴェノム解痺魔法アンチパライズといった、状態異常回復魔法レフェクティオも使いこなす神聖術師プリースト級で、さらには格闘術も群を抜くレベルにある。


 つまり、イェールさんは治癒術師ヒーラーの上位職である神聖術師プリーストと近接職、ここでは武闘士ファイターの二つを高レベルで修める、最上位職の一角である神聖闘士セイクリッダーに位置する人なのだ。


「こちらこそ。お時間頂き恐縮です。それにシリュウの事も。後日改めてお礼に伺わせます」


「いえいえ。私も少々本気になってしまいました。に武器を振るったのは久々でした。たまには対人訓練もしておかないと、いざという時困りますねぇ」


「ははぁ、あれで鈍っていたなどとは。恐れ入りました」


「……あれ? 言い方間違えちゃいましたかね」


 そういって戦いの話になりかけたところで、咳払いがそれをさえぎる。


「っと、これは失礼。紹介します、彼女はサクヤ・イザナミ。竜の狂宴ドラゴンソディアのメンバーで斥候士スカウターです」


「申し遅れました。私は―――」


「ジン・リカルド。四称のSランク」


「……相違ありません」


「ふん」


 そういってサクヤさんは不機嫌そうに視線を床に落とし、黙ってしまった。


 なにか悪い事でもしたか? シリュウとイェールさんの戦いを止めなかったから?


「すみませんねぇ。彼女、一方的にジンさんをライバル視していまして」

「え? 心当たりが無いのですが……」


 ……ん? イザナミ?


「あ、あの。間違いでしたら申し訳ない。イザナミというのはもしかして」

「はい。サクヤはグランドマスター、ヨル・イザナミのひ孫に当たります」

「なんとっ!!」


 こんな所、と言っては失礼か。まさかここでヨル・イザナミの親族に会うことになるとは思ってもみなかった。ポーティマスで仕入れていたハンタースの情報にそんな事などなかった。


 俺が驚いてもう一度視線をサクヤさんに向けると、サクヤさんはイェールさんを睨みつけていた。『余計な事を言うな』の視線を感じ取り、イェールさんは背筋を伸ばす。


「一応サクヤの身の上は秘密でお願いします。ジンさんにはその事は話しても良いと、事前に彼女に許可を得た上でご紹介しましたので」


 ということは、イェールさんを睨みつけたのは『ライバル視』の部分だということか。ヨル・イザナミのひ孫にライバル視されるような心当たりが本当にないんだが……


「分かりました。墓まで持って行きましょう」


「リカルド」


 そんな事より、と言いたげにサクヤさんはうつむいたまま会話に割って入る。


「ジンで結構です。なんでしょう、イザナミさん」

「……そっちはやめて。サクヤでいい。ジンがあたいの探知魔法サーチにかからないのはその外套がいとうのせいかしら?」


 予想外の質問に、俺とイェールさんは顔を見合わせる。そしてイェールさんは小声で『すいません』と苦笑いを向けた。


 なるほど。俺をライバル視している一因が読めた気がする。


 俺の着ているエルナト鉱糸で編まれた外套は魔力を通さない。つまり探知系魔法にかからないということである。


 サクヤさんは竜の狂宴ドラゴンソディアという頂点の一角をなす冒険者パーティーの一員で、さらに探査士サーチャー暗潜士アサシンの上位職である斥候士スカウターだ。


 敵の早期発見と奇襲、戦闘までこなす斥候士スカウターとして、俺が探知魔法サーチ遠視魔法ディヴィジョンにかからなかったことが不満なのだろう。


 別に外套について彼女に教えたところで何の問題も無いし、俺も色々聞くつもりなのだ。大した情報でもないが、それぐらいの対価は払ってしかるべきだろう。


「ええ。この外套はエルナト鉱糸で編まれています。これを羽織っているうちは、私に探知魔法サーチは効きません」

「やっぱり……エルナト鉱糸は外套を編めるほどの量は手に入らない。どうやって手に入れたの?」

「帝国領ドッキアにある『塔のダンジョン』。そこの八層以降で採取可能です」

「ドッキア……遠いわね」


 サクヤさんはあごに手を当てて何かを考えているようだ。


 だがここで、すかさずイェールさんが忠告した。


「ダメですよ。サクヤ」

「なっ、なにがよ」

「一人でダンジョンアタックなんて、クロードが許しても私が許しません」

「っ!? あたいは……っ!」

「大樹海が周期に入ったのです。貴方が知らせてくれたことですよ」

「……わかったわよ」


 対価だと思って話したが、どうやらパーティー全体の事を考えると余計な情報だったか。あの様子だと、黙ってドッキアまで一人で行きかねない。一見クールに見えるサクヤさんだが、人一倍負けず嫌いなのだろう。


「ふん……ようこそ。ハンタースへ」


 そう言って、サクヤさんは部屋を後にした。


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