#4 ハンタースⅡ

「おいおいおい……」

「あの子マジで分かってねぇな」


 シリュウの一言で大きなざわめきが起こった。指名を受けたカウンター向こうの優男は、驚きの表情から微笑みに戻っている。


「困りましたねぇ」


 ようやく口を開いたかと思えば、なんとも気の抜けたセリフを吐いた。シリュウにフラれた形となったドーザは、顔を真っ赤にして慌てて静止する。


「おい、いい加減にしろ! そんな勝手は許さん!」


 言われたシリュウはドーザに視線一つ向けることなく、


 ダンッ!


 カウンターの上に瞬時に飛び移り、しゃがんで優男と同じ目線になる。着地の勢いで置いてあった書類が舞い上がり、ヒラヒラと落ちていった。


 優男も微動だにせず変わらず微笑んだまま、シリュウの挑発には全く動じていない。


「シィにはわかる。お前がいちばんつよい」

カウンターここまで来れた時点で合格です。半端な人じゃここまで来れずに帰って行きますからね」


 やはりそういう事だったのだ。


 だがシリュウがそんな事で退くはずも無い。こうなると、どこまでも付いて回られるのは俺が一番よく分かっている。


「いいから戦う」

「ドーザさんじゃいけないのですか? 彼は相当強いですよ?」

「だめだ。おまえだ」


 全く聞く耳を持たないシリュウの顔には笑みが張り付き、うずうずしているのが丸分かり。優男の顔から笑みが失せて困惑の色に変わる。そしてチラリと俺に視線を移し、どうにかしろと目で訴えてきた。


 俺はフルフルとかぶりを振り、苦笑いする。申し訳ないが、こうなっては手合わせして頂く他ない。


「そうですか……仕方がありませんね。外へ出ましょう」

「なはっ! 金色人間いいやつだ!」


 シリュウは飛び上がって喜び、その目には真紅の魔力がゆらめいている。


「い、いいのか!? 新参モン相手にわざわざおめぇさんがやらんでも……」


 優男が根負けし、カウンターから出ようとするのをドーザが慌てて制する。だが男はスッと扉を指差し、すでに外への扉に手を掛けているシリュウを見て溜息をついた。


「やらないと言ったら、きっと彼女は大暴れしますよ」


 よくわかっておられる。



 ◇



 建物の裏手には二人の戦いを見物しようと、中にいた冒険者のほぼ全員が集まって大賑わいになっている。


 裏手はそこそこ広い空間になっており、周囲には長椅子が備えられていた。こういう事態に備えているかのようで、やはりここで大勢の新参が試されてきた事がわかる。


 こういう場合、あちこちでどっちが勝つかの賭けが行われるのが冒険者ならではの光景なのだが、今回はその様子はない。ハンタースではそういった事が禁止されているのかは定かでは無いが、この勝負に限って言えば賭けは成立しないので仕方がない。


 男は後ろに手を組んだまま武器は無し。一方のシリュウは両手だけ竜化させている。手の甲に竜の鱗が浮かび上がり、爪は太く尖っている。


 ルールも無ければ勝敗の基準も無し。互いに示し合わす事もなく、二人は間合いを取り位置に着いた。


 当然開始の合図もない。奇襲よし、罠よし、軽口よし。なんなら飯を食っても構わない。位置についた時点であらゆる手段が許されるのが、騎士の決闘と冒険者同士の戦いの大きな違いである。


 周囲のざわめきが消えた瞬間、先に仕掛けたのはやはりシリュウだった。


「ふっ!」


 踏み込んだ瞬間に最高速度に達する加速と初撃の鋭さは、狩猟民族特有のものだろう。


「っ!?」


 予想を上回る驚異的なスピードと鋭さに男は驚きつつ、ギリギリでシリュウの爪撃をかわす。鎧のたぐいは装備していないので、当たっていれば腹はえぐれていただろう。完全に殺しにかかっているシリュウの初撃を見た周囲の冒険者たちは、ゴクリと息を呑んだ。


 男はかわした体勢のまま、右手手刀をシリュウの首筋に振り下ろす。


 ゴッ!


 あの体勢から瞬時に攻撃に転じたのも驚きだが、少女相手に全く油断なく一撃で終わらせようとした男に俺は感心した。まともに入った手刀は、普通の人間なら一撃で昏倒する威力だ。


 だが、相手は高みを目指す竜人。その首筋はいつのまにか強固な鱗で覆われており、シリュウの意識を刈り取るには不十分だった。


 首筋への一撃で前のめりになった姿勢に逆らうことなく、両手を地面につき、逆立ちの状態で旋脚を繰り出す。


 シュバッ!


 両脚の二撃は空を切るが、しゃがんでかわした男の頭上にシリュウは追撃の右足を振り下ろした。


 ガコン!


 男は振り下ろされた脚を、今度はしゃがんだまま腕で受け止める。


(強化魔法なしにこの威力。やはり竜人の身体能力は人間とは比べ物にならない。手加減していては一向にダメージは与えられませんね!)


「っ!?」


 脚撃を防がれたシリュウが次弾を打ち込もうと体勢を戻した瞬間、男の左手に強力な圧力を感じ取った。


(よけれないっ!)


 ドンッ!


「ぐっ!」


 繰り出された拳はシリュウの両腕のガードを貫き、腹まで衝撃を伝えた。その威力にシリュウは後方まで吹き飛ばされ、元居た位置から両足でできた二本の線が深くえぐられる。


 反撃は許さないと男はシリュウに駆け寄って跳躍しつつ身をよじり、後ろ回し蹴りを繰り出す。


 迷いのない追撃、繰り出す攻撃の練度。一撃一撃が重く、一切の手加減が見えない。


(この動き……この男、生粋の武闘士ファイターか)


 かくいう俺は体術に関してはシリュウに遠く及ばない。今のところ優勢に勝負を運んでいるこの優男のレベルは相当なものだ。


「きゃはっ!」


 襲い来る蹴りに、シリュウは笑った。


 ギャゴッ!


 先程の左拳は腹、次は容赦なく顔面に蹴りを入れられ、シリュウは大きく仰け反った。


「(手ごたえがない……?)なっ!?」

「にしし」


 反り返ったまま含み笑い、男は今陥っている状況を即座に理解。とっさに両腕を後頭部に滑り込ませた。


「どりゃぁっ!!」


 シリュウは蹴りが顔面に命中すると同時に仰け反り、男の蹴りの威力を軽減していたのだ。そして振り抜かれ、伸び切った脚を掴んで力任せに男を地面に叩きつけた。


 ドガッ!


 砂塵が舞い上がり、この一瞬の攻防に呼吸を忘れていた見物人から大歓声が沸き起こる。


 ―――うおぉぉぉぉっ!!


「何だ今の!」

「あいつハンパねぇぞ!」

「ギルドは馬鹿なのか!? これのどこがFランクなんだ!」


 方々から驚きの声とシリュウをほめそやす言葉が行きかう。


 確かに今の攻防は至極だった。だが、両者ともまだ本領には程遠い。


(さて、どこまでやるのか……)


 俺は若干の不安を覚えつつあった。これほどの相手にシリュウがここで満足する訳がない事は分かりきっている。男がどこまで付き合ってくれるのかは、さすがに分からなかった。


「いやぁ……お強いですねぇ」


 砂塵が晴れると同時に、男は仰向けに寝そべったまま嘆息をもらした。そしておもむろに立ち上がり、腕を後ろに組んでシリュウを見据える。あれだけの衝撃で叩きつけられたにもかかわらず、驚いたことにダメージは微塵も見えない。


 シリュウは口からペッと血を吐き、髪を沸き立たせた。


「金色人間強い! シィはシリュウ。名前なんていう?」


(気に入られてしまったか……気の毒に)


 シリュウは好き嫌い関係なく『〇〇人間』と言ってはばからない。唯一、強いと認めた相手の名前は覚えようとらしいが、俺もシリュウが俺以外の人間の名を彼女の口から聞いたことが無かった。


「これはご丁寧に。シリュウさんですか。私はイェールと言います。よろしくお願いします」

「いえーる……いえる……える……エル! エルおぼえた! しょうぶだ、エル!」


 まぁ、彼の友人の間ではそう呼ばれていそうではある。


 少なくともシリュウはそう呼んじゃダメだろと頭を抱えたが、何度もあだ名のように呼び捨てられても嫌な顔をすることなく、イェールさんはにこやかに微笑んだ。


(せめて、敬称だけはあとで叩き込んでおきます)


「えー、シリュウさん。そろそろ僕は仕事に戻らなければなりません。もう終わりにしませんか? もう十分あなたの強さは皆に知れましたし、誰も文句は言いません」


「いやだ! エルまだ本気だしてない!」


「はぁ……本当に仕方のない人ですねぇ。なら、」


 ズズズッ


「終わらせましょうか」



 ……――――


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