#3 ハンタースⅠ

 目的地のドレイクの街には、『ハンタース』と呼ばれる十年ほど前にできた場所がある。一部冒険者ギルドの機能を有しながら、運営しているのはギルドではないという点で世界的にも非常に珍しい。


 この街は人口に対する冒険者の割合が異様に高いことで有名で、街の経済は冒険者が狩ってくる魔獣の素材、魔物を倒すことで得られる魔力核の交易で成り立っている。


 また、農業や林業はもちろん、野に出て植生の採取を生業なりわいとする者が全くいないというのも、この街の特異性である。


 それもそのはず。このドレイクは魔窟として名高いサントル大樹海に、西大陸で最も近い街だから。ただ単純に、街の外が危険なのである。


 だが、この危険地帯に造られた比較的新しい街なのにもかかわらず、冒険者たちを支える職に就く者が大勢移住して来ているのには訳がある。


 それは、ドレイクに定住することの見返りが大きいからだ。


 一つは無税。民にとってこれがどれほどの利をもたらすかの説明は必要ないだろう。そしてもう一つは、食うに困らぬ程度の資金の援助が全住民になされるからである。この援助はエリス大公領とピレウス王国の予算から出ており、その信頼性はゆるぎない。


 当然、それでも命には代えられないという者はいる。


 だがドレイクはこれまで一度も魔物や魔獣の被害に遭ったことがなく、この事実が移住の選択を後押ししていた。安全が相当に保障されている上に、生活に困ることが無いということである。


 ではなぜそこまで安全を維持できているのか。それはSランクパーティー、竜の狂宴ドラゴンソディアが拠点としている街だから。そもそもこのドレイクの街は、竜の狂宴ドラゴンソディアのリーダーである従獣師テイマー、クロード・ドレイクがエリス大公に直談判し、危険かつ未開の地だったこの場所をもらい受けて造られた街なのである。


 サントル大樹海の攻略をめざす竜の狂宴ドラゴンソディアにとって、この地はうってつけだったのだ。


 聞いた話によれば、まずハンタースの前身となる竜の狂宴ドラゴンソディアの拠点がこの地に造られ、ピレウス王国の大店おおだなが拠点に出入りするようになってから人が集まり、彼らが自主的に拡張して街と呼ばれるほどになったのだそう。


 エリス大公とピレウス王は、脅威の最前線で監視と防衛の役割を担っているこの街に金銭的援助を行うことにより、国の安全を買っているようなものだ。それは大樹海の脅威に対する軍を養い続けるより、はるかに安上がりなのである。


 ◇


 街に着いた俺たちは、まだ日も高いということもあり、早々にハンタースへ足を向けている。道中すでにシリュウにはハンタースがどういう場所なのかは説明してある。理解しているのかはまた別のハナシだが。


「休まなくて平気か?」

「へいき! はやくはんたーす行くです!」


 日が出てすぐに出立し、ここまでずっと歩き詰めだったのだ。にもかかわらず、相変わらず元気な彼女に俺は謎の安心感を得てしまった。


(馬と長時間並走できるという脚力はやはり並じゃないな……)


 街を歩くとどうしてもシリュウは目立ってしまう。彼女はもう人間の視線にも慣れたもので、微塵も気にとめる様子はない。隣を歩く俺まであちこちから視線を感じるのだが、コソコソともしていられないのでさっさと歩を進めた。


「またか……」

「どうしたです?」

「視られている」


 昨晩、俺達は探知魔法サーチを二度かけられていた。一度目をかけられた時に、警告の意味を込めてわかりやすい探知魔法サーチを返してやったのだが、少しして二度目がきた。雑な探知魔法サーチだと思われたのか、逆にあなどられる結果になってしまったのかもしれない。


 何かしてくる訳でもなく、かなり遠くから放って来ていたので昨晩は無視したのだが、今ので三度目。


 魔力の広げ方が同じなので、三度とも同一人物だろう。かなり繊細で魔力反応に敏感なシリュウでも気付かないレベルである。


「もうなれた! お師はシィがまもるです!」


 周りの視線の事だと思ったシリュウは、得意げに俺の前を歩き出す。


(可愛いヤツめ……今はそういう事にしておくか。大勢いる街中で探知魔法サーチの主を特定するのは無理だ。)


 少し歩くと、半ピラミッド状の五層からなる大きな建物に到着する。そのいびつな形は珍しい上に、見事な石造りなのも冒険者ギルドとは一線を画している。もはや要塞に近い印象を受けた。


 『ハンタース』の看板に偽りはないようだ。


 一階は魔獣やその素材、魔物の魔力核が集められている場所らしく、天井が五層の中で最も高い構造になっており、中は多くの荷馬車が行き交っている。冒険者のためというより、出入り業者のやりとりを主とする場所なんだろう。


 外付けの階段から直接二階に上がり、重い鉄の扉に手をかける。


 中には大勢の冒険者たちが思い思いに過ごしていた。談笑する者、酒を片手に煙草をくゆらす者、武器を磨いている者など様々だ。


 見回していると、カウンター向こうで背筋をピンと伸ばして椅子に座る男がこちらに気付いて目が合った。このフロアの構造的にも、あの金髪の優男やさおとこが窓口だろう。もっと殺伐とした雰囲気を想像していたのだが、どうやらそうでもないらしい。


 しかし、男に要件を伝えようと俺とシリュウがフロア中央に差しかかった時、この空間が瞬時に静寂に変わる。



 ミシッ―――



 四方八方から向けられる圧力。中には殺気めいたものまで混ざっている感じがする。受付の優男は脚を止めた俺とシリュウに向い、にっこりと微笑んでいた。


(やはり一筋縄ではいかないか……)


 さすが上位ランカーだけが出入りを許されると言われているだけあり、感じる圧力から結構な実力者ぞろいのようだ。


 俺の後ろにいるシリュウにも圧力と殺気が向けられているようで、彼女は腕を組んで指をトントンと鳴らし、かなりイラついている。


「お師、こいつらぶっ殺していいです?」


 口が悪い。


 ポンとシリュウの肩に無言で手を置いて制すると、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。一時の事を思えば、かなり大人になったと言えると思う。


 だが試されている以上、向こうもこっちの待ちだ。


 俺は全方位に向かって、そっくりそのまま……いや、殺意を向けてきたヤツらにはシリュウではないが、少し腹が立ったので『竜の威圧』を五割増しで返してやった。



 ズンッ―――



「うおっ!?」

「おわっ!」

「ひっ!」


 その場の過半数の者が思わず声を上げて視線をそらす。そして冒険者たちの中から、威圧に全く屈しなかった大柄の男が俺とシリュウの前に立ちふさがった。


 四十前後だろうか、身体と同じ大きさの盾を背負っており、盾の周囲は鋭い刃となっている。刃盾エッジシールドと呼ばれている武器だが、これほど大きなものは見たことが無い。


「悪かったな。これがここのやり方なんだ。今のを食らって文句を言うヤツはここにはいない」


 男は素直にジンの力を認め、合格だと言わんばかりにフッと笑みを浮かべるが、再び眉間にしわを寄せ、続けざまに言い放つ。


「しかしなぁ、たとえ竜人イグニスだろうが子供はダメだ。ましてFランクでは話にならん。連れて帰るか、一人出ていってもらおうか」


 大抵の場合、初級ランクの者に限らず、ギルドカードは服の中にしまう者がほとんどである。


 しかし、シリュウはギルドカードを綺麗だと言って首飾りのように思っており、普段から見えるように首から下げ、今も黄色に光るカードが胸元で淡く輝いていた。


 Fランクである事は一目瞭然なのだ。


 先にギルドカードをしまうよう言っておけばと、ついため息が出てしまった。おかげで余計な手間が増えてしまった。


 だが、ここでシリュウが叫びだす事はこの場の誰も想像できなかっただろう。


「お師の行くところにシリュウありっ!」


 ババン!と効果音が彼女の脳内で鳴っているに違いない。慣れているはずの俺でさえ、この雰囲気の中そんな事を叫べるシリュウを尊敬しそうになった。


「あとシィはこどもじゃない。わかったか? おまえが出ていけ! ツルっぱげ人間!」


 そして大柄の男にビシッと指差し、この悪態である。シリュウは男の視線を真向受け止め、睨み返している。


 俺は頭を抱えそうになったが、あえて何も言わず、無をつらぬいた。シリュウも冒険者であり、俺についてくると言ったのは彼女自身だ。いつも事が収まるよう助け舟を出していては、いつまでたっても彼女は成長しない。ここは自分自身でつかみ取ってもらいたい。


「つるっぱげ……だ、と?」


 ビキビキビキ!


 と、音が聞こえてくるかのように、男の頭に青筋が浮かび上がる。普段は兜でもかぶっているのか、手や顔にくらべて頭は色白い。


 ……今はそんなことどうでもいいか。


「あー……言っちまった……」

「ドーザにハゲは禁句なんだよなぁ」


 周りの反応から、シリュウが言ってはいけない事を言ったのがよく分かる。ドーザと呼ばれた男は青筋を何とかおさめ、殊更に落ち着いた口調で返す。どうやら子供の挑発で激怒するような輩ではないようだ。


「よ~っく、聞け。俺は禿げてない。自ら剃っている。この切れ味がわからんから子供なんだ」


「なにっ!? ぼうぎょ力をすててこうげき力にかえたのか! それはどんな修行だ!?」


 そっちにいくのか……子供と馬鹿にされることを何よりも嫌う彼女だが、強くなる事にくらべればそれをも凌駕し、向上心が優先されるのは彼女の優れた一面、だと思う。


「ふっ……その根性に免じて教えてやる。自ら防御を捨てることで、己の危機管理能力を―――」


 これ以降は痛々し過ぎて耳に入ってこなかった。


 この御仁ごじん、案外おもしろい人なのかもしれない。実力があるのは間違いないし、俺にはあっさりと謝罪した。禁句にさえ触れなければ、器は大きそうだ。


「と、とにかくだ! 少し試せばわかるだろう。表に出な」


「いいぞいいぞ! そのあんちゃんのツレならちょっとはやれるかもな!」

「応援してっぞー! 竜人イグニスの嬢ちゃん!」


 ドーザはニヤリと笑い、周りはおもしろそうだとはやし立てている。


 シリュウの力を一目見れば、ここにいる冒険者たちのほとんどが一対一では彼女に敵わないことが分かるだろう。俺も見届けようと無言で外へ身を翻すが、シリュウは俺の想像をまた超えてきた。


「つるつる人間とは戦わない」


「ハゲでは無くなったか……まぁそれはいい。少しは見所があると思ったが、怖くなったか? なら大人しく出て―――」


「あいつと戦う」


 と、男の言葉をさえぎり、ある方向を指差してにししと笑った。


「シリュウ……お前……」


 彼女は気付いていたのだ。この冒険者が大勢集まる中にあって、飛びぬけた力を持つ者の存在に。


「えっと……私、ですか?」


 カウンターの向こうで終始ニコニコしていた優男が、自分を指差すシリュウに向かって驚いた表情を浮かべている。


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