#2 随に

「おっ師の里~ おっしのさと~ ふんふんふ~ん♪」


 数歩先を大股でズンズンと歩くシリュウはとても機嫌がいい。


 その辺で拾ったまっすぐな木の枝に自分の荷袋をくくりつけ、肩にかついで鼻歌を歌うさまに、俺は冒険者になるべく村を出た頃を思い出していた。


 ただの平原をこうまで生き生きとゆける者はそういないだろう。


「楽しそうだなぁ」

「はい~♪ こんな平らなところ里にはなかったですん」


 振り返りながら、とがった犬歯をのぞかせる。


 確かに竜人イグニスの里ドラゴニアは、グレイ山脈が過半を占める険しい場所である。俺が通ってきた道も緑が少なく、ほとんど実りは感じられなかった。聞くところによると、竜人は狩猟を主とし、鉱山資源を地人ドワーフ風人エルフとの物々交換に使用して生活する民なんだそうだ。


 険しい環境で育つがゆえに、竜人族は幼いころからよく鍛えられ、元々の種族としての頑強さも相まって亜人随一の身体能力が育まれているのだろう。


 出会ったころの復讐者特有のかげりもさっぱり無くなり、今は元気があり余っている。絶対に本人には言わないが、シリュウは笑顔がよく似合う。


 魔物や魔獣に遭遇することも無く、見晴らしのよい古びた街道を陽光をあびながら歩き続けた。


 途中、五台の荷馬車とそれを護衛する冒険者たちとすれ違い、休憩がてらにここまでの道のりの情報交換をおこなう。こういったことも冒険者の間では重要なことである。


「ポーティマスからです」

「お、こりゃツイてたな。そこに行くんだよ。こっちはエルダントンからだ」


 四十前後の、ベテランの雰囲気を醸し出すリーダーの男がエリス大公領の領都の名を口にする。エルダントンは目的地のドレイクよりかなり北に位置するが、途中まで街道は同じである。


 多くの場合、道中の情報交換を行う際は出発地は伝えるが、目的地を伝える事は無い。冒険者のふりをして近づく盗賊が、行き先や襲いやすい道中に先回りし、強盗を働く事もあるにはある。それを恐れる慎重な依頼主も多いので、画一的にそういった意向をくみ、積み荷の情報につながりそうなことは聞かないのが冒険者のマナーだったりする。


 だが今回の相手はベテランの冒険者らしく、たかが盗賊の十や二十どうってことは無いと笑い、俺に目的地を教えたことを依頼主も全く気にしていない。


 こうなると俺も目的地を教えて情報収集した方が得なので、さっさと胸襟きょうきんを開く事にした。


「ドレイクか。ハンタースだな?」

「いかにも」


 ベテランリーダーがドレイクに向かう大半の冒険者の目的をいう。


「エルダントンの兵が警戒を厚くしてたな。もしかしたら大樹海が周期に入ったのかもしれん」

「ほぅ。つまり―――」

「(上位)ランカーの稼ぎ時ってやつだ」


 これはいい情報だろう。シリュウが借金を返す好機となるかもしれない。


「そうならありがたい情報です。では私からも」


 と、情報を伝えようとしたその時、


「おわっ!」

「マジで食うのか!?」

「あたりまえだ! ぼーぼー鳥よりマズいけど、えいようがいっぱいなのだ! ぼうけんしゃ人間もたべろ!」


 リーダーの仲間が驚く声と、シリュウの偉そうな声が届く。見ると彼女は相手が嫌がっているのにもかかわらず、肩をグッとつかんで口に何かを押し込もうとしていた。


 これといって喧嘩や険悪な雰囲気ではないので、止める必要はなさそうだ。


「あの子はやっぱり竜人イグニス、だよな?」

「……ええ。お騒がせして申し訳ない」


 会うのは初めてだと、特徴的な紅い髪と耳の上から後頭部に向かって生えている黒いツノ見て、リーダーはシリュウを物珍しそうに見ている。仲間の危機に興味はないらしい。


「むごっ! ……あれ? 案外イケるぞこれ」

「ま、まじで?」

「(ゴクリ)ああ。荒々しい香ばしさと濃厚なクリーミーさがいい感じにあう」

「なははは! そうだろ! お前は今日からわかってる人間だ!」


 シリュウは強引に口に何かを入れられた人の感想を聞きながら土を掘り返し、またもを見つけ出して今度はお前だと言い、不敵な笑みを浮かべている。


 そして手で掴んだに向かって口から火を吹き、手ごとあぶり始めた。初めて見る者からすると大雑把で無茶苦茶な調理法だが、手は無傷。竜人の体が火や熱に対して信じられない耐性を持っているからこそできる芸当だ。


「あれは何かの幼虫かなんか……だよな」

「ええ。の幼虫です。彼女にとっては菓子のようなものですね」


 ははは、と苦笑いのリーダー。


 指先でつままれたままグニグニと動く乳白色の幼虫は、チーチーと小さな鳴き声を上げながら容赦なく火あぶりにされ、もう一人の仲間の口に運び込まれていった。


 一人目の犠牲者と同じ感想とシリュウの満足そうな声は、このあと三回聞こえて来ることになる。


「パッハロという店で私の名を出してもらえれば、値は張りますがボーボー鳥を出して頂けるはずです」

「おおっ、あの希少な特産品を!? これはありがたいな!」


 マンサムと名乗ったリーダーと握手を交わし、商隊と逆方向に歩き出す。


 シリュウの腕には楽しい時間をありがとうとの言葉を添えて、商隊を束ねる商人からもらった果物がどっさり。ポーティマスで見たことのある果物で、たしか安くは無かったはずだ。国境を越えてきた交易品だったのなら、今更ながらあの値段にも納得だ。


「さらばだ、わかってる人間ども!」

「じゃーなー!」


 休憩時間を延長してまで皆とワイワイやっていたシリュウ。にもかかわらず、あっさりと別れられるのは、旅に向いた性格であることの証左と言えるかもしれない。


 カシュン、と新鮮な果物にかぶりつくシリュウがにっこりと笑って俺に一つ差し出すので、遠慮なくもらっておく。


 にしても、だ。初めて会った商人に気に入られるのは簡単ではない。


「虫を果物に変えるとは。なかなかやるじゃないか」

「ふぇ? なんのことれふ」


 もごもごと口いっぱいに頬張りながら、パンパンになった荷袋を木の枝に結んでいる。


 何のことかと問われ、彼女に説明しそうになったが、ここで俺は思い直す。


(この場合の損得勘定を教えるのはどうなんだ? あの奔放さがシリュウの魅力、のはず。ここは……)


「いや、なんでもない。ただ、簡単な算術と文字くらいはできるようになろうな」

「え゛ーっ! 外でもべんきょう!?」

「何か方法を考えとく」


 がぶりと果物にかぶりつき、あと五日ぐらいの道のりだと伝える。


「うまいなこれ」

「つ、強くなるなら外でもべんきょうやるです!」



 ◇



「口は悪いけどいい子だったな」

「だな。口から火ぃ吹いたときは焦ったけど」


 馬車を囲んで歩きつつ、リーダーと仲間たち、依頼主の商人が荷台越しにひと時を振り返っている。


「マラボも奴隷やめりゃいいのにな」


竜人イグニスの奴隷はさすがに見たことねぇが、亜人の戦奴は深く根付いてるからな……戦いたくて自分から売りに来るヤツもいるらしいし、元々ジオルディーネの奴隷とは扱いが全然違う。そこまで悲観するもんでもないだろ」


「ええ、マラボの奴隷商たちも帝国に気を使って、奴隷の扱いにはかなり敏感になっているようですね」


 商人は同じ商人として、奴隷商の情報も少しは持ち合わせている。


 一年ほど前に端を発した、ジオルディーネ王国と亜人の国が集まるミトレス連邦の戦争。『ラクリの日』と呼ばれるミトレス連邦の大敗北は、結果的にアルバート帝国にジオルディーネ王国へ進軍するための大義名分を与えることとなった。


 大義名分を得た帝国は、わずか一年あまりでジオルディーネ王国を蹂躙じゅうりんし、今や旧ジオルディーネ王国の領土全てがアルバート帝国領となっている。


 これによりマラボ地方とアルバート帝国は隣接する事になり、マラボ地方の為政者は帝国に目をつけられぬよう立ち回り始めたのだ。


「ミトレスと同盟でピレウス王と皇帝は血縁。エリスはピレウスの言いなりだし、サーバルカンドに至っては属国だ」


「西大陸は完全に帝国一色なったなぁ……」


 皆は空を見上げ、この先西大陸に戦乱が訪れることはないと言える状況に思いを馳せた。


 ちなみにジオルディーネ王国王都イシュドルは名を『エレ・ノア』と改められ、復興と区画整備に加え、大拡張が急ピッチで進められている。


 これらの作業は地人ドワーフが自身らの里であるドルムンドへの帝国の援軍の対価として加わっており、その都市計画は帝都アルバニアに匹敵するとも言われていた。


 古代種の戦いの影響で魔物が寄り付かなくなったエレ・ノアは数年後、竣工と同時に帝国第四の聖地として認定されることとなる。


「そぉいやさ、ジンって名前。最近どっかで聞いたんだよなぁ」

「あ、お前もか。俺もなんとなく引っかかってんだよ」


 うーんと仲間があごに手をやるなか、先頭をゆくリーダーも同じことを思っていた。


(ジン、ジン……)


 ―――!?


「まさか……っ!」


王竜殺しドラゴンキラージン・リカルドか!! い、いや……御仁は四称よんしょう(四つの称号を持つ)のSランク。彼はどう見ても十代だった。別人だろう……)


「マンサムなんか知ってるか?」


 後ろから仲間が問いかけてくるが、彼は『いいや』と返すのであった。


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