一章 ハンタース編
#1 冒険者ふたり
竜の襲撃をふせいで帝都アルバニアの危機を救い、ダンジョンにてA級の魔物を単独撃破。
アルバート帝国第三の聖地であるスルト村に生まれた彼の名は、ジン・リカルドという。
これらの功績は冒険者ギルドの認めるところとなり、彼は世界で十四人目のSランク冒険者と認定された。先の十三人は世界に六組しかいないパーティーに属して功を成しており、ジン・リカルドは
わずか三年でSランクと認定された事も過去、例に無い速さである。
そのジン・リカルドには今、共に旅をする者がいる。人間ではない。亜人である。
亜人には最も個体数の多い
兄の仇がすでに死んでいる事を知った彼女は失意の中、竜人の里ドラゴニアには帰らず、ジンの強さに憧れて弟子となる事を願ったのだった。
紆余曲折ありながら、ジンにとってシリュウは良くも悪くもパートナーとして旅の共となっていた。
◇
ここはマラボ地方ダダン群。ジンの故国であるアルバート帝国から遠く南西に位置する、西大陸の南端かつ西端の地域である。
二人は今、ダダン群の主要都市であるポーティマスで依頼を終えたあと、行きつけの食事処で夕食にありついていた。
「さて、シリュウ」
「ふぁい」
高級食材のボーボー鳥をほお張り、彼女は頬をふくらませながら返事をする。手持ちで足らなかった分は俺の金袋から出ているが、もちろんこれは貸しだ。
シリュウはGランクを卒業して間もないFランク冒険者である。Fランク冒険者が受けられる依頼の報酬では到底手の届かない食材だ。彼女の俺に対する借金は日ごとに増えていっており、師弟関係とは別に、自分につながれた負の鎖となりつつあることに彼女は気づいていない。
「そろそろマラボを出て東に向かうぞ」
「ひかしれすか」
ゴクリと口の中の肉を飲み込み、俺が広げた地図をのぞき込む。この地図は西大陸しか載っていないので指し示すことはできないが、東大陸の入り口となるラングリッツ平原を指して言う。
シリュウは文字も不得意でさらに地図も読めない。方角を言ったところで『?』が顔に張り付くので、今いるのはここ、目的地はここ、という感じで地図上に指で直線を引いて教えてやる。
「お師の行くところにシリュウありっ!」
立ち上がり、ダンッと椅子に足を乗せ、勢いよく腕を伸ばして真逆の西を指す。大声と椅子を蹴る音に周りの客が驚いてこちらに視線を向けるが、それがシリュウだと分かると皆はサッサと視線を外す。もう常連客にとって彼女が突然騒ぎ出すのは当たり前になっていた。
そっちは海だと、俺はため息をついて話を続ける。
「だが、このまま東に向かう前に寄りたいところがある。ここだ」
と、地図の右上北東を指した。
「ぜんぜん方向ちがうですよ?」
「ここは俺の故郷、スルト村だ」
「お師の里!? 行きたい! きっと強くなるひみつがあるです!」
急ぐ旅でもない。
恐らく東大陸に入れば当分西大陸には戻ってこないだろう。もう村を出て三年を過ぎるので、そろそろ顔を見せて母上に安心してもらわなければならない。息災なことは手紙でたまに伝えてはいるが、母上はちっとも信用してくれていないっぽい。村にいた頃の母上と、手紙の母上は別人のようにも思える程だ。
(帝都で黒王竜の幼体を倒した辺りからか?)
両親は元々冒険者なので、黒王竜ティアマットという、いわゆる『王種』の危険性はよく知っている。幼体とは言え、村を出て一年もたたずに王種とやり合うような息子に心配が尽きないのだろう。
シリュウに代金をあえて重々しく伝え、食事処をあとにする。『おかねはだいじ!』と、彼女は毎回わかっているのかいないのかよくわからない返事をするのだが……
彼女は宿に戻るなりランタンに口から火を吹いて灯りをともし、懐からくしゃくしゃになった紙を取り出して机の上にあるペンを取る。毎晩お決まりの日課である。
ちなみにこの地方では紙はそこそこ貴重なので、宿に備え付けられていない。
「今日のボーボーどり、だいぎんか一枚。ぎるどでもらったおかね、ぎんか二枚。んっと……だいぎんか一枚がぎんか三枚だから……」
うーん、と悩みながら今日の収支を計算する。まずはせっかくの稼ぎを一食で使い果たした挙句、マイナスになって俺に貸しを作っている事をたしなめるべきなんだろうが、ほんの数か月前まで貨幣の事すら知らなかったのだ。
俺にはどういう順番で教えるべきなのか分からなかった。俺だって村を出立するとき、母上から頂いた大金貨二十枚がどれほどの価値なのか分かっていなかった。最初に訪れた交易都市マイルズで騎士団長のエドワードさんに教わり、初めて細かな貨幣価値と物価というものを意識するようになったのだ。
「今日はぎんか一枚たりない!」
「正解」
「やったー、四れんしょう! シィはさんじゅつをきわめたです!」
先に赤字を嘆いて欲しい。
「はぁ……その調子でもっと極めてくれ」
「はい!」
なお、ここの宿代は全て俺持ちである。シリュウは野宿を苦にもしないし、俺と出会う前まではそれが当たり前だったので、宿に関しては俺のわがままという事にして貸しには入れていない。
元気に返事をしたと思ったらもうスヤスヤと寝息を立てる彼女にあきれつつ、スルト村までの中継地点を確認してから俺も床に就いた。
そして翌朝。
ポーティマス冒険者ギルドに顔を出し、一年近く世話になった感謝を告げて出立の旨を伝えた。海賊の風体をしたギルドマスターに別れを惜しまれつつ執務室を出ると、なにやら階下が騒がしい。
見ると、シリュウが大勢に囲まれていた。
「しりゅ~元気でなぁ」
「椅子やら机やら壊しまくってたのが懐かしいぜ」
「シィちゃんまた会おうね!」
「つーことはジンさんも行っちまうんだよなぁ。ギルドの格が下がっちまうよ!」
半ベソをかいている者、カラカラと笑う者、手を取り抱きしめている者など様々だ。
シリュウが初めてポーティマス冒険者ギルドを訪れた当初、気にいらない事があると途端に暴れ出し、他の冒険者に暴君と恐れられていたのがウソのようだ。
日を重ねるうち、明るく元気で案外素直な面があるシリュウはギルドの人気者になっていた。本人は強者以外認めない、とくに人間を見下す嫌いがあるのだが、それも一つの愛嬌として受け入れられていったのだ。
「おわかれだ、ぼうけんしゃ人間ども! シィはたびにでる! つぎ会うときはえすらんくになってるからいっぱいほめるがいい!」
彼女らしい別れの言葉を残し、俺達はポーティマスを後にして一路東へ。
一度は滅んだが、アルバート帝国より一部領土を
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