【前章『入』】
「ざけんな、クソが」
「終わったらさっさと金払えよ」
唾を眼鏡の靴に向けて吐く。
そのまま靴に付いたら良かったが、罅割れた地面に掛かるだけだった。
俺は奴らを背中に向けて歩き出す。
柱が崩れて屋根が地面に向けて倒れてやがる。
こういうのは、普通管理者みたいなのが居て、掃除とか改築とかするもんだろうが、それが無いって事は此処は完全に棄てられたんだろうな。
ザマぁねぇな、誰も救おうとしねぇから、見捨てられんだよ。
「チッ……何処から入るんだよ」
屋根が倒れて入り口が塞がれてやがる。
回り込んで多少穴が開いた壁があったから蹴り破って中に入る。
うわ、クセェな……糞尿が混じって腐った臭いだ。
吐き気がしそうで、こんな空気吸い続けていると、病気になっちまう。
祠にお参りなんざ言ってたが……奥の方に、匣みたいなもんがあるな。
「あ?なんだよコレ」
匣の中には木で削られた人形が入ってる。
それも沢山の人形だ。女を模したみてぇな人形が並んで、その中心に小さな卵みたいな木の塊が置かれてやがる。
「こんな変なモン見せる為に」
「こんな所に来たってのか?」
「クソがッ……ッ」
無性に腹が立ってきやがった。
俺は足を上げて匣を蹴り上げる。
中にあった木の人形が腐った床に転がった。
ざまあねぇな。そう思いながら鬱憤が晴らされたと思ったが、前々苛立ちは止まらねぇ。
「八峡、此処か?」
背後から声が聞こえて来やがる。
眼鏡と、複数の足音。
デブとソバカスもやって来たみたいだ。
「おいッ!もうお遊びは終わりだ」
「祠は壊したからよォ!」
叫んで俺は首を傾げた。
なんでコイツら、神社に入ってこねぇ?
部屋が臭いからか?いや……違うな。
ソバカスが俺に何かを向けてやがった。
それは、黒色の回転拳銃だ。
あのソバカスは香港のマフィアの下請けで近代阿片を売っていると騒いでやがった。
ついで、ヤクザもんにも商いをして、マフィアから買った拳銃を売り捌いてると。
そんなもん、あいつの妄想話だと思ってやがったが。
「ああ、お遊びはおしまいだな」
「なあ、八峡義弥」
眼鏡がそう言って俺の方を睨んで来やがる。
俺はハメられたんだと、今更ながらそう思った。
「テメェ、なんのつもりだ」
「そろそろ本格的に商売を始めようと思ってね」
「それで必要な人材を揃えて」
「不要なモノからは手を切ろうとしているんだ」
商い。
あの眼鏡は裏の社会に顔が効く。
奴の親父はは風俗経営者で、ヤクザや半グレと連携している。
酒、女、薬。現代で言う暗黒街の顔役とでもいうべきか。
そんな親父を持つ眼鏡は親の脛を齧りながら親の伝手で裏ビデオの売買をしてやがった。
本格的にその道へと向かうのならば、必要なものだけを持って次のステージへ、という事なんだろう。
「だから俺を殺すってか?」
「あぁ、お前は金にがめついからな」
「手切れ金を出しても……」
「どうせ後で金をせびるんだろう?」
なんだよクソ眼鏡。
良く分かってるじゃねぇか。
「裏ビデオで生計建てるのかよ」
「そこらの女ぁナンパして」
「薬飲ませて車ん中でヤッたモンをよぉ」
「みみっちい人生だなぁオイ!!」
「頭ん中お花畑で目も当てられねぇよ」
「まあ?尤もぉ?」
「そのお花に栄養吸い取られて」
「オツムは足りてねぇから仕方がねぇけどなッ!」
「ぎひ、ひ、ひゃひゃひゃっ!!」
手を叩いて大笑いだ。
そもそもお前らがビデオを売れたのは俺が居たおかげだろ。
考えてもみろ。
素人モンの作品で女を引っ掛ける事がどれだけ大変か。
俺の様な顔が良くて女心が分かる生粋の誑しじゃなきゃ難しいんだぞ。
そもそも、本来は違法行為だ。
女が訴えれば芋蔓で俺もお前らも警察に行く事になるってのに。
そうならなかったのは俺がアフターもやってた為だろうが。
そこんところ、分かってねぇのが本当に頭が悪い証拠だな。
俺の笑い声に感化してかソバカスが顔を赤くしていやがる。
「クソ、クソがッ」
「殺してやるっテメェ!!」
「あぁ?んだよ」
「三下は引っ込んでろって」
「お呼びじゃねぇんだよバーカ」
適当に煽ると、野郎は銃口を俺に向けて発砲しやがる。
パン、と腐り切った部屋の中で響きやがる。
クソ、ビビった。つか、音がうるせぇ、耳が痛ぇ。
「てめ、てめえがッ」
「おえ、俺の、おれの女を」
「寝取りやがってッぇぇ!!」
………ああ?
お前の女を寝取る?
おいおい。
「お前に女居たのかよ」
「いや、初耳だわ」
「つかその顔で女出来るのかよ」
「どんなボランティア精神してんだぁ?その女は」
「まあお前程度の男に引っかかる女なんざぁ」
「顔も性格もブスな女だろうなぁ……」
「ぎひゃひゃッ!!」
いやぁ。
危ない状況であるのは分かっちゃいるが……。
しかし愉快な話だ。
まさか顔も性格も悪い野郎に女が居たなんてなぁ。
「ちょ、調子こいてんじゃねぇ、死ね」
「死ね八峡ィ!!」
銃口が再び此方を向いて。
発砲音と共に俺は尻餅を突いた。
「……あ」
「が、ひ、ぐぁ」
「あぁあああああッ!!」
「く、そやろうッ!当てがっ」
「当てやが、っがた、がったな、このクソ野郎ォ!」
「ぎ、いッ!は、あぁッ」
俺の腕に穴が一つ。
あのクソ野郎。俺の体に穴を開けやがった。
畜生、腕が痛ェ、血が溢れて熱ィ!
ソバカスが部屋に入って来る。
「おい、殺して良いだろ、コイツ」
「神社の中だったら、証拠隠滅しやすいんだろォ?!」
ソバカスがそう叫んだ。
そうか、俺をこの神社の中に入れる様にしたのは、そんな理由だったからか。
「そうだな、もういいだろ」
「さっさと殺して戻ろう」
そう眼鏡が呟くと、ソバカスは笑みを浮かべて俺に向かって来る。
憎い相手をようやく殺せるって事で、にこやかな笑みを浮かべてやがった。
「クソがッ」
「来んじゃねぇよ、ボケがッ」
あぁクソ。
ヤベぇな。
こんな所で死ぬのかよ俺は。
ざけんなクソが。
別に、俺は俺が死んでも良いと思っているが。
こんなクソ野郎に殺されて死ぬなんざごめんだ。
這い蹲って、俺は腕の痛みに顔を歪ませながら這う。
逃げて、逃げて、逃げ続けて。
その先には腐った壁がある。
「ひ、ひひっ」
「無様だなぁ八峡ィ」
「俺の女をヤッた罰だ」
「死ねやぁ!」
「クソが、おいッ!やめろ、オイッ!」
「……待て、マジで待て、殺すんなら、アレだ」
「……お前の女の名前、なんだっけ?」
額から脂汗を流しながら奴に聞く。
それが最後の遺言だと思ったのか、ソバカスは女の名前を口にする。
「エリコだ」
「俺の女を抱いた事を後悔しながら死ねッ!」
「……エリコ」
「あぁ……思い出したわ」
「ベッドの中で言ってたぜ?」
「『ATMがウザくて』」
「『モノも小さいから全然満足出来ない』ってなぁ」
「女ぁ一人満足にイかせられねぇって……」
「お前男なのに何の為に生きてんだよ!!」
「ぎひゃ、ひゃひゃ、ひゃーひゃっひゃひゃひゃッ!」
最後の最後で煽り倒してやる。
俺が最後に見る顔がソバカスの怒り狂った顔なんざ最悪だが。
まあ、胸糞の悪さは取れた。
勝ち誇った笑みを浮かべて、俺は銃口を見詰めた。
発砲音が鳴る……筈だった。
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