メスガキの季節は短くて

逆塔ボマー

あるいは奔放な季節が駆け抜けた後の話


 …………飽きた。


 夏の真っ盛り。どこか遠くからセミの鳴き声の聞こえてくる街中で。

 狩り入れ時(※誤字ではない)の夏休みをまだ一ヵ月弱ほど残した時点で、彼女は唐突に呟いた。

 絵に描いたようなメスガキである。ロリコン好みの金髪ツインテールに、気の強そうな顔立ち。露出度の高いカラフルな服。手にしたアイスキャンディーが、酷暑に耐えかねてぽたりと雫を垂らす。

 およそ一年半の間、比喩でなく股が乾く間もないほどにありとあらゆる男性と関係を重ねてきた彼女は、夏の日差しの中、ビルの合間から白い雲を見上げて、唐突に悟ってしまったのだった。


 自分はこの歳にして、

 もうこの先、誰と何をしようとも、「以前にも見たようなもの」としか、出会うことはない。


 それは理屈ではなかったが、確信を伴う天啓だった。

 走り始めてからは常に全速力。時にきわどいことはあったが、補導も暴力も犯罪も家族会議も紙一重で逃れてきた火遊び。そんな暴挙を支えた神域の直観力が、彼女にその残酷な真実を告げていた。

 こんな短期間に千人を優に超える経験を重ねれば、そうなってしまうのも道理だった。

 まだ知らないことといえば、違法薬物ドラッグと妊娠出産くらいか。そんなモノをあえて確認してみる気にもなれなかった。そんなことでこの絶望的な諦観を超えられる気はしなかった。


 もう一度空を仰ぐ。さっき見た白い雲は、音もなくどこかに流れ去っていた。

 メスガキと呼ばれ、そう振舞ってきた自分も、違う方向に流れてみる頃合いなのだろうか。

 少女は踵を返す。

 その日の男漁りの予定を変更し、子供なりに新たなる人生の可能性を考える。



 まず最初に彼女が声をかけたのは、塾の講師たちだった。

 無論、とっくに全員関係済みの穴兄弟である。篭絡を済ませ、徹底的に上下関係を教え込み、どんな無茶でも聞いてくれる便利な飼い犬に成り下がっている。

 年齢に似合わぬ夜遊びの、アリバイ作りに利用していた学習塾。そこで彼女は、呼び集めた犬たちに向かって深く深く、精一杯の誠意を込めて頭を下げた。


 改めて、わたしに一から勉強を教えてください。


 男たちは驚き、疑い、そして笑った。

 最初はまた何か新しいプレイか悪戯か、と考えた。

 受験を考えたらもう最後の夏。今さら本気を出したところで到底間に合う訳がない。腐っても受験指導のプロである彼らは、誰もがそう思った。

 しかし。

 一週間が過ぎ、男たちは少女が本気であることを知った。

 二週間が過ぎ、男たちは少女の飲み込みの良さに驚愕した。

 三週間が過ぎ、男たちは完全に教育者として燃え上がっていた。

 短い夏が終わる頃には、講師たちは自分たちの先入観を全て捨て去り、全力で少女の学習を支援し、指導し、応援していた。

 ただの馬鹿なエロガキでは、一流のメスガキにはなれない。大人の本性を見抜き手玉にとる察しの良さを、卓越したテクニックを支えた学習能力の高さを、そして十数人相手のマルチプレイにも余裕で耐えるほどの体力を。少女は全て学力に変換し、点数と偏差値として出力し続けた。


 夏の半ばから始めた勉強で、冬が終わる頃には、彼女の学力は完成していた。

 危なげもなく、エスカレーター式の一流校に入学した。



 制服に身を包み、黒髪を三つ編みに編んだ彼女は、文学少女の道を進んだ。

 進学先には過去に関係を持った男たちが複数、教師として在籍していたが、力関係として上にあったのは彼女の方だった。発覚したら困るのは教師たちの方だった。余計なことは言わせず、未練がましい誘いは断り、しかし要所要所で上手く協力を引き出し、平穏で快適な学生生活を手に入れた。

 数学は苦手ではなかったが、どちらかというと科学よりも歴史の方に興味が向いて、文系の進路を選んだ。

 優等生として勉強を進めながらも、かつてのおじさん狩りと同等の熱意で古今東西の文学作品を読み込んだ。真実の愛がどこかにあるのなら、それはきっと肉の交わりの中ではなく、数多の書物の中なのではないか。そんな浅はかな期待からだった。

 期待していたような愛は見つからなかったが、どの本もそれなり以上に面白く。

 また、読書感想文を書けば絶賛を浴びて、いくつもの賞を取ることとなった。


 せ、先輩……好きです! 付き合って下さい!


 言われた時には目を丸くした。いつの間にか先輩の立場になっていて、そして、文学部で親しくしていた後輩から告白されてしまっていた。

 久方ぶりに悪戯心とムラムラするものを覚えて、告白への返事は曖昧なままに押し倒した。自慢の技術は数年のブランクを経て何一つ衰えておらず、哀れなチェリーボーイは全てが終わった時には完全に白目を剥いて気絶していた。

 そのまま勢いで、手あたり次第に十人ほど、目についた後輩を弄んで童貞を散らして回って…………すぐに飽きた。先輩と呼ばれる立場も最初は面白かったが、最初だけだった。どの子もどの子も似たようなものだった。

 すっぱり悪い遊びをやめて、修道女のように貞淑な学園生活に戻り、何の問題もなく卒業し、大学へと進んだ。



 大学生ともなれば軟派なサークルからも誘いが来るが、彼女の目にはどれもチェリーボーイに毛が生えた程度の小僧が無理しているようにしか見えなかった。

 気まぐれに自信満々といった風のチャラ男の誘いに乗ってみたら、最初は喜び、すぐに驚き、やがて怯えだし、最後には泣きながらごめんなさいごめんなさいと壊れたレコードのように吐き続ける存在になり果てた。彼女は淡々と手を動かし続け、男の身体だけが限界を超えてなお機械的に跳ね続けた。風の噂によれば、そのナンパ男は理由も告げずに大学を退学し、頭を丸めて僧侶になったという。


 馴染みの教授にその顛末を話すと、教授は可哀想にと首を振った。この教授もまた、かつてメスガキだった頃の彼女を良く知る存在だった。再会までの数年の間に精力絶倫だったおじさんは不能インポテンツの老人となっていたが、そうであればこそ、気兼ねなくこういう話もできる相手になっていた。

 AVにでも行かないと満足できる相手には出会えないのかな。彼女のつぶやきに、教授はAVでも無理だろう、と返す。教授はかつて汁男優としてこっそりAVに出た経験があった。最低過ぎる経歴ではあるが、それだけにその世界は良く知っている。あれは映像として見せるための世界であって、別方向にホンモノの君とは違うものだよ。

 さてしかし、君はだからと言って、文筆業で身を立てる気も、学問の世界を極める気もないのだろう?

 教授からの問いに、彼女は頷くしかなかった。なまじ作文が上手かっただけに自分の限界は良く理解できていた。数多の書物で見つからなかった真実の愛を、ならばとばかりに自らの手で描き出そうにも、それだけの創造力はない。大学院に進み、アカデミズムの世界に残り、さらに広い世界を調べ続けて、真実の愛を探し続ける気にもなれない。

 ならば、凡庸な幸せを探したまえ。

 老教授は穏やかな顔で言った。凡庸で、一見どこにでもあるような人生の、穏やかな幸せを掴みたまえ。どうか普通に当たり前に幸せになりたまえ。それがかつて君の足元に跪いた一匹の老犬が抱く、唯一の願いだよ。

 教授に妻子は居なかった。ながいこと荒淫を極め、ありとあらゆる性を探求し、時にメスガキにまで手を出し返り討ちに遭い、しかし真に満足できる相手には巡り合えず、果てに性的不能インポテンツに至った孤独な老人だった。本音でものを言える相手など、かつてメスガキだった学生ひとりしか居なかった。


 普通に大学生活を送り、普通に就活をし、普通に就職した。



 面接に当たった人事担当も、新人としてつくことになった上司も、いずれも既に知った顔であったが、メスガキであった彼女にとってもはや当たり前の世界の一部である。

 どうせまともにキャリアを重ねていく気なんてないんだろう。一発で見抜かれてしまっていたが、互いに気楽でもあった。


 相手は慎重に検討した。人事や上司も協力させて調べ尽くした。

 優しく、真面目で、女の子と付き合った経験はあったが、現在は交際相手のいない若手。

 誰かを自分から誘惑するのは久しぶりだったが、かつて道を極めた彼女の手管は全く鈍っていなかった。誘惑したということにすら気づかれないほど自然な、しかし計算されつくされた仕草で、向こうから交際の申し込みを引き出した。

 そこに恋心はなかったが、しかしせめてもの想いとして、誠実ではあり続けた。狙って言わせたからにはちゃんと責任は取ろうと思っていた。その先に家族愛が芽生えることを期待した。

 数ヵ月の交際期間を経て、プロポーズ、結婚と全てがスムーズに進んだ。夫との仲は良好であり続けた。慈愛でもって包み込み、かつてのようにやり過ぎることも決してなかった。



 やがて生まれた娘は性に早熟な子だった。いったい誰に似たんだ、と思ったが、どう考えても母親似でしかありえなかった。

 言葉を言えるようになっては淫語に執着をみせ、幼稚園に通うようになっては誰が好きだとか誰とチューしたとか、そんなことばかり言う子だった。

 母親の身になってみれば複雑な気分でもあったが、決して性を悪いことだと思わせないように心掛けた。無闇にダメだとは言わなかった。

 代わりに正しい知識と、自分の身を守るための心得だけはきちんと教え込んだ。赤ちゃんはどこからくるのか。人の身体の構造。男女の関係。段階を踏んで、避妊や性病予防の心得まで。ぶつけられた疑問には真摯に答え続けた。

 ネットの普及もあって、安易に自分の情報を世の中に流さないことも教えた。写真や名前がいったん出回ったら取り返しがつかなくなる。匿名や目線でも守り切れるものではない。

 娘は時に反抗的で、バカなこともやって、たまに叱らねばならないこともあったが、基本的には聡明で素直で飲み込みが良く、本当にマズいことだけはしなかった。そういう部分も母親似だった。


 ねえ、ママ。その……そろそろ私も、塾に、通いたいんだけど。


 ためらいがちに言い出した娘の姿に、一瞬で裏の思惑まで全て透けて見えたが、母親となったかつてのメスガキはおくびにも出さずに笑顔で頷いてみせる。

 つい先日、早すぎる初恋がしたらしいことは母親として察知できていた。

 かつて世話になった塾講師の一人が、塾の塾長にまで出世していた。連絡を取って娘の身を預ける手配をする。全てを私に報告する必要はないですよ、ただ、娘を守ってやって下さいね。向こうは分かっているのかいないのか、了承した旨を伝えてきた。

 いつの間にやら梅雨が明けて、夏が始まろうとしている。青空の下、あまりにも薄手の服に身を包んだ娘がツインテールを揺らして街へと飛び出していく。洗濯物を干しながらその背を見送る。青い空には白い雲が浮かぶ。

 

 メスガキの季節はあまりにも短くて、けれど周期的に巡りくる。

 貴女はどんな結論を見つけるのでしょう。

 願わくばあの子にも……幸せな頂点エクスタシーを。

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