魔法の靴

てふてふ

魔法の靴

昔々、まだ魔法使いがいた頃のお話です。

一人の魔法使いが、子供たち一人一人にひとつだけおまじないをかけて回っていました。

なんでそんなことを始めたのか、気まぐれだったのかもしれません。

もしくは、ひっそりと森の奥深くで暮らしていたので、寂しかったのかもしれません。

街に降りてくるたびに、贈り物をする様におまじないをかけていきました。


おまじないのおかげで、ある者は剣の技術が人並みはずれていたり、ある者は美しい髪が伸び続けたり、ある者は鏡と話すことができました。

皆、そのおまじないをなによりも大切にしていました。

自分にしかできないことというのは、人々にとって、とても特別なものだったのでしょう。


しかし、一人だけ、何度おまじないをかけても、なにも変わらない子がいました。

魔法使いも、不思議に思いながらも何度も何度も街に降りるたびにその子におまじないをかけましたが、なにも変わりませんでした。


次第に、人々は「落ちこぼれ」と言ってその子をいじめるようになりました。

おまじないは、ただの贈り物だったはずなのに。

兄弟、家族ですら、家の恥だと言って、物置に隠して、街の人たちには死んだと嘘をつきました。


魔法使いだけは、月に数度こっそりと物置に訪れて、その子供に何度も何度もまじないをかけにきました。

しかし、その子供がなにか特別なことができる日は来ませんでした。

とうとう諦めて、美味しいお菓子と本を持ってくるようになりました。

初めは申し訳なさと哀れみからでしたが、自分が来るたびにニコニコと嬉しそうにする子供を「エラ」と名付けて可愛がりました。


魔法使いは何度も何度もエラのもとに通うので、物置はいくつもの本が積み重なっていました。

それでも一冊も埃を被ることはなく、物置も本も綺麗なままでした。


ある日、魔法使いが独り言を呟く様に、「うちに来るかい?」と聞くと、

エラは今までで一番嬉しそうな顔で魔法使いについて行きました。


それから年月が流れて、エラが年頃になった頃でも魔法使いは、おまじないをあげれなかったことを何度も謝るのでした。


「エラ、エラ、ごめんね。お前にだけはおまじないをあげられなかったね。」

「お婆ちゃん、気にしないで、おまじないの代わりにたくさんのものを教えてもらってるわ。この本も綺麗なお花もお菓子も全部お婆ちゃんがくれたものよ。」


エラには特別なおまじないはありませんでしたが、穏やかで優しい、とても賢い子に育ちました。


エラにとっては魔法使いと過ごす日々は幸せなものでしたが、魔法使いはエラの事をとても不憫に思っていました。



そんなある日、王様から御触れが出ました。

王子のお嫁さん探しのために舞踏会を開くらしいのです。

『誰よりも優れている者』が選ばれるというものでした。

これを見た魔法使いはエラにいいました。

「エラ!エラ!舞踏会に行きなさい!!王子が花嫁を探している。必要なものは全て用意してあげるから!お前はとても賢いから、もしかしたら気に入られるかもしれない。」


そう言ってあっという間に、エラを美しいドレス姿にし、落ちていたカボチャを馬車にし、ネズミを馬に変えてしまいました。


「ちょっとお婆ちゃん!私、舞踏会なんて行きたくないわ!言っても馬鹿にされるだけでしょう」


「大丈夫だよ。この魔法の靴を履いていきなさい。そしたら、誰もお前を馬鹿にはしない。お前自身を変えてあげることはできなかったけれど、この靴はお前の力になってくれるよ。」


そう言ってエラを半ば無理やり椅子に座らせました。

ドレス姿のエラを眺めながら、「本当に、お前はいい子だよ。だから、ちゃんと幸せになるんだよ」そう言って魔法の靴を履かせてくれました。


エラはため息を飲み込んで、舞踏会に向かいました。


さて、舞踏会では、それこそお祭り騒ぎです。

「私の美しい髪を見てください」と髪を何度も何度もハサミで切り落として床中が金色の髪で絨毯が敷かれた様になっています。

その上で「私の強さを見てください」と檻に入ったライオンと大きな剣を用意して、今まさに闘おうとしている者がいます。

上を見れば、シャンデリアの周りをぐるぐると飛び回って「見て見て」と叫んでいる人がいます。

「舞踏会というよりはサーカスね。実際に見たことはないけれど‥‥」


それを玉座で眺めているのがおそらく王子でしょう。


「つまらなそうな顔‥‥」


そう呟くと王子がエラを見つけました。

一瞬、もしくはしばらく見つめ合いましたが、エラは気にせず、その場を立ち去ろうとしました。

すると、王子が玉座から立ち上がり、エラを追いかけました。


「来たばかりでしょう?あなたはどんな能力を持っているんですか?」


「何も持っていませんよ。」


「そんなことはないでしょう。さぞかし素敵な能力をおも‥‥」


エラは王子の目の前でスルリと靴を脱ぎました。

王子は驚いた様に目を見開いたあと、怪訝な顔でエラをジロジロとみました。

エラはペコリとお辞儀をして「さようなら」と一言いいました。


靴をつまみ上げ、裸足のまま出口へ歩いて行きました。

王子は階段を降りていくそれを見えなくなるまで眺めていましたが、ふと我に帰った様に玉座に戻りました。


煌びやかなお城を背にして、エラは裸足のまま歩いていきました。

夜空を眺めながらしばらく歩いていくと、懐かしい通りに出ました。

ある家の前で立ち止まり、もう一度靴を履き直しました。

扉をノックをすると一人の女性が出てきました。

その女性はエラの姿を見ると、ニコニコと嬉しそうに、出迎えてくれ、暖かい料理を用意してくれました。

席に座っている男性はエラの容姿やドレス姿を何度も褒めました。


「‥‥姉さんは食べないの?」

「御触れが出てから、毎日鏡に話しかけて、部屋から出てこなくなってしまったんだよ。」

「そう」


エラは食事を食べ終わると、お姉さんの部屋に向かいました。

そっと扉を開けて覗き込むと、鏡に向かって泣きながら話しかけている女の子がいました。


「一番優れてるのは誰?美しいのは?私は美しい?」そうボソボソと話しかけては、涙を流し、泣き崩れてしまいました。


エラは女の子に駆け寄って、宥めました。

「大丈夫。大丈夫。泣かないで。魔法の靴をあげる。この靴を履いて、舞踏会に行っておいで。あなた自身は変えてあげられないけれど、この靴はあなたの力になってくれるから」


そう、魔法使いの真似事をする様に、女の子に魔法の靴を履かせてあげました。




エラはそっと家を出て、今度こそ魔法使いの家に帰りました。

魔法使いが嬉しそうに話しかけてきます。


「楽しかったかい?王子様はなんて?」


「楽しかったわ。でも、ごめんなさい。はしゃぎすぎたのか、靴をどこかに落としてきてしまったの。」


「あぁ、大変だ。怪我はしてないかい?靴はまた用意してあげるから、大丈夫だよ」


「お婆ちゃん、とても楽しかったけど、どんな靴を履いてもは私自身は何もないんだもの。きっと、王子様にもすぐバレてしまうわ。それに、お城よりも前の家よりもここが好きよ」


そういうと魔法使いは泣きそうな顔をしながら、エラを抱きしめました。

甘いお菓子の匂いと古い紙の匂いがしました。

エラは微笑みながら抱き返しました。



"私は何も持ってない。

何も持ってないから、一番大好きな人を手に入れられた。"



エラは心からそう思っていました。

ずっとずっと昔、物置を出た頃から。

その時と変わらず、魔法使いからはいつも、甘いお菓子と古い紙の匂いがしていました。

エラはずっと幸せでした。


おしまい

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魔法の靴 てふてふ @tehutehu1215

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