第13話 戦場のエピローグ

無我夢中で槍を振るった。

あの槍を正しく握った時からずっと、私はずっと時が止まったようだった。

槍を突き刺した先から、眩い光がこぼれて爆ぜていく。

それを見た瞬間、嗚呼これでもう大丈夫だと思った。

その後は他の執行人の皆さんが自分の神器で怪異に次々と攻撃を浴びせかけていって・・・そのまま怪異は消えていった。砂浜に作った砂の山が崩れていくように、さらさらと炎にまかれて壊れていった。

それから、それから私は、


「っ!」

目を開けば、そこには星図が瞬く天井があった。

中心に北極星が瞬く星の羅針盤は、中学生の頃一度課外学習で島を出たときに行ったプラネタリウムとよく似ている。一等星の周りにはその名称が英語に似た言語でつづられており、星をつなぎ合わせてぼんやりとモチーフとなった神話生物や神話の主人公たちを描き出している。

「ほし・・・?なんで、こんなところにあるんだろう。」

そんなことを考えていた時、春一番の様な強い風が吹き抜けていった。

少し乱れた前髪を整えて視界を取り戻した後、強風の発生源の方向をみると、いつか見た男の人が息を切らしながら立っていた。

「カムヒ・カイネスさん・・・?」

小さな声で彼の名前を呼ぶと、ようやく安心したように彼は顔の緊張を解いた。


「・・・えっと、私はどうしてまたここに・・・?」

「ここは・・・俺とサクヤの精神が深くつながっていることで、新しく生まれた空間。いわば夢の様な、あやふやなものだと思ってくれていい。ここで起きたことは現実のお前の身体には一切の影響を及ぼさないから、安心してくれ。」

そういうと、カイネスさんは手を差し出した。

その手は私より幾分も黒く焼けており、所々傷があった。こんなに間近で男の人の手のひらをまじまじと見たことがなかったので、思わず観察してしまった。それでも彼は文句ひとつ言うことなく、私を海に日の光が射しこんだ時の様な穏やかな目で私の一挙手一投足を見つめている。

「・・・この前は、驚かせてすまなかった。」

「え?」

「あの時は自分が抑えきれずに衝動のままお前に近づいてしまったから・・・だから、怖かっただろう?」

彼は先ほどとは打って変わって、何か怖いものが忘れられず、何時までたっても怯えている幼い子供の様な表情を見せた。その様に私は驚いた。男の人がこんな顔をするなんて、知らなかったから。おとなが弱っているところをこどもに見せるなんて、考えたこともなかったから。だから、この人は今まで見てきた人とは違う、そう感じた。嫌われるかもしれないけど正直に話そうと私は心に決めた。

「・・・わたし、確かに初めて貴方に会ったとき、びっくりしたんです。知らないところにいるし、男の人だし、頭の中がパニックになっちゃって、それで泣くしかできなくて」

伏せられた瞳の下で青が瞬いている。その目に私の全てを見透かされてしまいそうだと思った。次いで零れた言葉は彼と同じただの幼い子供の戯言の様に泡となって落ちていく。

「でも、いまは不思議な気持ちなんです。あなたがわたしの知っているおとなと違うから。だからあなたのことをもっと知りたい・・・そう、思う。」

この時初めて彼と目線を交わせた。その蒼眼が大きく見開かれ、ゆっくりと熱を解いていく。いつまでも見つめていたら、瞳孔すらも貫かれてしまいそうに思ったけれど、今逸らしたらまた元の私に戻るだけだ。だからただじっと彼の言葉を待った。

「俺がその言葉を聞けて嬉しいよ、サクヤ。これからも傍らでお前の輝きを見守らせてほしい。」

彼は優しく微笑んで、私の手を握った。震えを上手くごまかせていたかは自信がなかったけれど、彼は何も言うことなくそのまま自身の額に手を押し付ける。

「嗚呼、よかった。本当に、よかった・・・」

ゆっくりと瞼が下りてしまう。まだ何か言葉を交わさなければと思うのに、体はそのまま混沌の暗闇に沈んだ。


「初任務お疲れ様~」

ひらひらと手を振りながら、アオイさんが私のベッドまでやってくる。その手には私の槍とコンビニの袋が握られていた。

「アオイさん、槍預かってくれていたんですね。何から何まですいません」

「いいのいいの、今日の功労賞は間違いなくサクヤちゃんだからね~。」

よっこいしょ、と近くにあった丸椅子に腰かけると彼女は槍を手渡してくれた。つい数時間前まで握っていたはずなのに、その冷たさに酷く安心した。欠けていた自分の中身を槍の存在でようやく埋められた、そんな感覚を抱いて。

「ま、これでサクヤちゃんも正式な執行人として周知できたし、これから忙しくなるよ。頑張ろうね。」

「はい!」

よかった、これでまた生きていられる。私が私であり続けられる。これからも頑張らなきゃ。頑張って、頑張って、頑張って、それで。

いつか しぬのを ゆめみてる


―ラボスペース最深部―

けたたましいサイレンの音が耳を刺す。

ゆっくり目を開けば視界は緑に染まっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ずっと長い間眠っていたせいか、発声方法を忘れてしまった。だけどポッドの側面のタッチパネルに掌を認証させれば、エラーメッセージは消え失せ、次第に培養液も足元から排出されていく。

ピピッという電子音と共にポッドのドアが開くと、一気に風が入り込んできた。長い時間は自分から触覚を敏感にさせていた様で、少しの気温の変化が体を大きく震わせていく。ゆっくりポッドから出ると、左右を人型ロボットが取り囲んでいることに気づいた。その顔は一様に無機質で、常人には薄気味悪さすら感じさせるだろう。

「警報が鳴ったから、そうだろうと思っていたけれど・・・長い眠りから覚めた気分はどうだい、チヒロ?」

ふと正面からこちらにやってくる男性が微笑をたたえてそう言った。

「・・・・・・三上所長、お久しぶりです。10年もの間眠っていたので、あなたにお会いするまで、言葉というものを忘れてしまっていました。」

「ふふ、僕の存在で君の美しい声が戻ったのなら光栄だよ。」

所長が手に持っていたタオルを受け取り、体の水滴をぬぐい取る。

そして僕はずっと疑問に思っていたことを彼に尋ねた。


「所長、霧嶋 咲耶という人間をご存じですか?」


僕の言葉に、彼は口角を上げた。





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盁月のプロセルピア:Re 美紅李 涼花 @licaisugishan

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