第12話 初陣は閃光と共に
「え、怪異をつぶしきれなかったの?」
『すいません、槙屋課長・・・!想定以上に怪異の神性が高くて、こちらの力では制御できませんでした!』
「あー、なるほどね。了解。」
即座に目の前のキーボードを叩いて、コマンドを入力する。
ピコン、という電子音と共に、戦力投下申請が通ったことが告げられた。
「・・・一か八か、これで抑え込むしかないね。頼むぞ新人!」
アタシは迷わずコマンド最終執行のためのエンターキーをひっ叩いた。
「ひっ!」
私の手首にまかれたリストバンドが突如振動した。驚く暇もなく、私の点滴を外していた看護師さんが私に槍を手渡してくる。
「えっと・・・」
「もしかして、御存じではないのですか?そのリストバンドが作動したということは、貴方が戦場に向かわなければならないのです。ささ、一刻も早く怪異を鎮めてきてください。」
うながされるままに槍を受け取り、ベッドから立ち上がった。
戦闘?今から?確かにアオイさんにプロセルピアとの契約書を差し出された時から、一応心づもりはしていたが、まさかこんなすぐに戦場へと赴くことになるなんて。
・・・怖いけど、この人が言う様に私が必要とされているなら行かない理由はない。
義務を果たさなければ、権利は手に入らないのだから。
「ありがとうございます。・・・えっと、戦場に行くには・・・」
「この病院棟のエレベーターに乗ってそのまま地下5階まで向かってください。担当の者が待っているはずですから、大丈夫ですよ。」
先ほどの沈んだ顔から一転した明るい声で、彼女は笑った。
そのあまりの変わりように、違和感を覚えるが今は気に留めていられない。
彼女に一礼をして私は槍を抱えたまま、病室の斜め前に合ったエレベーターに乗り込んだ。
「・・・できるかな、わたし。ちがう、やらなきゃいけないんだ、私が。」
零れた言葉に応える様に槍は熱を帯びた。
扉が開いた先に見えたのは、無機質な灰色の廊下と数字が刻まれた電子ドアだけだ。
ドアの隙間にICカードだろうか、何かカードが挟まっている。恐る恐るそれを引っ張ると、ピピッという電子音が聞こえ、そのまま目の前のドアが開いた。
「・・・!」
「やっほー、サクヤちゃん。体は大丈夫になってる?」
大きなスクリーンがよく見渡せる中央で仁王立ちしたアオイさんが、私に手を振った。
「はい、多分なんとか・・・。」
「おー、それなら上々。ま、そうでなきゃ困るしね。とりあえずこっち来てもらっていい?」
「はい!」
私は手前の階段を下ってアオイさんの隣に立つ。そこから見える景色は赤だった。燃え盛るマグマの海と赤土の大地。その中央で咆哮を上げる巨大なナニカが一つ。恐怖で思わず叫びだしそうになるが、とっさに口をふさいだ。
「こいつが今ちょーっぴし手こずっている怪異。なかなか立派な体つきだよねー。」
アオイさんはまるで美術品を鑑賞するかのように、うっとりとした視線を向けた。でも、その手は机に指が食い込んでしまいそうなほど強い力で画面の向こうを斬りつけようとしている。彼女の言葉と動き、どちらを本音とみればよいのか私には見当もつかなかった。
「一応こいつの弱点らしきものは、他の執行人が突いてみたんだけどさー、どうにもこうにもこいつの表面がすんごく固いらしくてね。」
私の近くにあるモニターに他の執行人だろうか、剣や弓を携えた大人や子供が怪異に向かって武器を振り下ろしている。しかしその攻撃は全て跳ね返されてしまい、その衝撃波に耐えるのが精いっぱいの状況だった。
「・・・」
「ま、実戦経験なんて現代人にあるはずないし・・・サクヤちゃんが何にも言えなくなっちゃうのも分かるよ。」
アオイさんの声を聴いても、私の思考は真っ白なままフリーズしてしまった。そんな私を見かねてか、アオイさんはモニターを見つめたまま続ける。
「でもね、それでもアタシたちはこの厄災をどうにかしなくちゃいけない。何でもない誰かがやらなきゃいけないことはそこら中にあるけど、誰もやりたがらない事もある。そんな時に率先してやんなきゃいけないのが、アタシたちみたいな人間なの。
それだけは・・・無理やりにでも理解して。」
「・・・わかり、ました。」
生返事しか返せない私は、もう一度エレベーターの中で槍を握った時の様に、ぎゅっと力を込めた。
『じゃ、サクヤちゃん。準備は大丈夫?まぁ今更戻れないんだけどね~。』
「もう、アオイさんたら冗談やめてくださいよ・・・私はあの契約書を書いたときから一応腹はくくっているつもりなんです。だから、たとえ私が使い物にならなかったとしても、最後まで戦場に立たせてください。」
耳に付けた通信機から聞こえるアオイさんの軽口に、私はわざと強がって応えた。
誰もいない更衣室でプロセルピア支給の戦闘服に着替えるたら、少しはマシになるかと思ったけど・・・逆効果だったようだ。むしろ色んな意味で思考がまとまらなくなった。制服を汚すわけにはいかなかったので、プロセルピアの支給品である戦闘着を借りたのだが・・・これ色々と体のラインがわかりやすいデザインだな。私の貧相な身体には不相応だが、仕方ない。無駄な飾り気もないし、意外と伸縮性は良さそうだ。これを着てしまったからには、もう後には逃げられない。私が私であるために、生きている赦しを得るために、私は戦わなければならない。腕の中で槍が熱を帯びていく。どんどん熱くなっていく槍の熱が、私をなぜか落ち着かせていった。
「・・・アオイさん、霧嶋咲耶出れます。」
『オッケー、じゃ転移装置乗って!』
更衣室の一番奥に置かれた筒状の装置の内、真ん中の装置に入ってのドアを閉める。
次目を開いたら、そこは灼熱の戦場だ。泣いても誰も助けてくれない、本物の戦場。
私は今まで沢山のものから逃げて、逃げて、逃げ回ってきた。でも、この戦いからは逃げたくない。私が私になるために、私は槍を振るうしかないんだ。
『サクヤちゃん、もうすぐ戦場だよ。指示は・・・あえて出さないから、思うがままに神器を振るって!この地下深くから湧き出る虫けらどもを、蹴散らしちゃえ!』
「はい!」
熱風が瞬時に私を襲った。とっさに槍を盾に姿勢を保つが、肌が焼き切れてしまいそうな熱量は素人の私には躊躇させる。
「あれが・・・怪異。」
他の執行人たちは何度も食い下がることなく、難攻不落の怪物に武器を振り上げている。彼らと同じ執行人なのが、少し誇らしく思えた。
「私も、やらなきゃ。」
眼鏡を上げようとして、私はその上に固定するためにつけた分厚い断熱ゴーグルに触れた。槍を両手で持って、対象を見据える。怪異の注目がない今なら、もしかしたら急所を突けるかもしれない。他の執行人たちが絶えることなく攻撃を浴びせかけている今なら、あるいは。もう一度槍を握りなおす。戦闘訓練も何もしていないし、体育の成績はお世辞にも良いとは言えない私だけれど、今あれを傷つけられるのは、誰かを救えるかもしれないのは、私だけだ。だから、行かなきゃ。
『サクヤ、行くぞ』
「うん、いこうカムヒ・カイネス」
少女の目に金色が瞬いた。
それはまるで燃え盛る炎の中羽ばたく不死鳥の様だった。
「はぁぁぁっ!」
自分より幾分も小さな少女が、体二つ分は優に超えるであろう長い凶器を怪異にむかって振り下ろした。その一撃は黄金の閃光となって形すら覚束ないナニカへ突き刺さる。
「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
「まだまだっ・・・!」
彼女は槍を引き抜くと、もう一度腕を振り上げて怪異の頭めがけて槍を振り下ろした。怪物の咆哮をきっかけに、さっきまで見えてこなかった怪異の弱点が頭に直接伝達されていく。瞬き程のビジョンだが、この一瞬が自分たちに何をすべきなのかを教えてくれた。これならやれる!
他の仲間たちも同じことを考えたようだ。次々に自分の神器を奴の弱点目掛けて開放していく。
隊長の掲げた剣がその地形を生かして炎を纏った。
「さっすが、期待の新人サクヤちゃんだねぇ・・・。」
アタシは一人モニタールームで彼女の槍さばきを見ていた。振るい方は素人のそれだが、やはりカムヒ本人が彼女を欲しただけある。神器と彼女の親和性が他の百戦錬磨の執行人たちにも劣らない数値をたたき出していた。カムヒは執行人に対して圧倒的優位を誇るのが常だが・・・。
「そういや、あの子のカムヒは・・・あぁカイネス様か。あの槍検査した時もかっこいいって思ってたけど、やっぱり戦場の中でこそ映えるんだなぁ。」
思わずほれぼれとその造形を眺めてしまう。それほどに少女と槍は一体化していた。
「この調子で頼むよ?君のカムヒ様は君にしか扱えない、これ以上ないって程の曲者なんだから。」
画面の向こうで、彼女は安心したように地面に座り込んでそのまま気絶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます